海の見える展望台で(歩視点)
彼女の部屋を出た僕は急いで車に乗り込むと、待ち合わせ場所へと急いだ。
海が一望できるタワーホテル前に到着すると、緊張した面持ちで立つ、化粧の濃い着物姿の女性がこちらにチラチラと視線を向けていた。
はぁ……あの女か、全く面倒だな……。
先ほど彩華には嘘をついたが……今日会うのはお見合い相手だ。
正直に言えばきっと……彩華は僕を応援するだろう。
さすがに前回、偽の恋人役をしてもらった時のように、改めて僕の事を(兄)だと突きつけられるのは、どんなに自分を納得させていようが、受けるダメージは大きい。
昨日当主から付き合いの深い令嬢が私に会いたい、と言っているとの連絡が入った。
適当に理由をつけて断ろうと思っていたのだが……どうやら先方の女性は、僕がここの海に居る事を知っているらしい。
近くまで来ているから是非に!と……。
全く気が乗らないが、当主から令嬢の名を聞くと、無下にも出来ない相手だった。
僕は不承不承、了承の意を示すと、すぐに電話を切ったのだった。
はぁ……、そんな事を思い出しながら徐に顔を上げる。
僕は渇いた笑みを浮かべ遅れた事を謝罪すると、和装の女性は気にした様子もなく、笑みを浮かべ僕の手を取った。
そのまま彼女に連れられるように、レストランへと案内されると、女の両親だろう年配の男女が、僕の姿に深く礼をとる。
またも愛想笑いを浮かべ席へと着き、令嬢とご両親の話に耳を傾ける中、僕の頭は彩華の事でいっぱいだった。
…………やはり彩華の傍に居ておくべきだった。
はぁ……早く終わらせて戻りたいが……全く、この令嬢の母親は話好きだな……。
永遠とも思われるマシンガントークに、次第に僕の頬が引きつってくる。
はぁ……もう十分だろう……。
僕は適当に理由をつけ席を外すと、徐にラウンジへと足を運ぶ。
ラウンジを抜け、そのまま海が一望できる展望台を上ると、そこには誰の姿もなかった。
目の前に映る大きな海を見つめる中、太陽はかなり傾いているが、まだ日差しは暑い。
僕は小さくため息を吐くと、徐に背広を脱いだ。
彩華は大丈夫だろうか……。
別荘にいる二条家のメイドに、彼女の様子を見てもらう手配してある。
それに彩華の眠りを邪魔しないようにと、別荘に居る他の連中には言い聞かせておいた。
一番問題はあの二条妹だ。
念には念をと、花蓮に香澄が彩華の邪魔をしないように見張れと指示している。
加えて、花蓮の弟も部屋に近づかせるなと……。
さてどうやって切り上げようか……。
手すりに腕をかけそう一人ごちていると、後ろから誰かの足音が響く。
さっきの女か……?
僕は姿勢を戻し、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには立花さくらの姿があった。
「お前は……」
「ふふ、こんにちは一条様。お見合い中にこんなところに居て大丈夫ですかー?」
どうして……そのことを知っているんだ?
可愛らしい笑みを浮かべる彼女に、僕は動揺を隠すようスッと目を細めると、睨みつけるように視線を向ける。
「馴れ馴れしい……どうしてお前がここに居る」
「えへへー、偶然ですよ。ぐ・う・ぜ・ん……」
立花さくらは何が楽しいのか……ニコニコしながら、ゆっくりと僕の方へ近づいてくる。
近づく不気味な彼女の姿を、威圧的に睨みつけるが……彼女が立ち止まる様子を見せない。
「近づくな……、お前は一体何者なんだ?」
「ふふ、私は立花さくらですよ」
「それはわかっている……なら質問を変える。お前は一体何がしたくて、彩華を陥れ、怯えさせようとするんだ?」
彼女はその言葉に笑みを深めると、僕の瞳をじっと見つめた。
夕日の為か……彼女の瞳に薄っすら紅色が浮かび上がっていた。
「……まだダメかぁ……」
そうボソッと呟いた彼女に、僕は訝し気な視線を向けた。
「ねぇ一条様、私の事調べたんでしょ?……何もわからなかったでしょ?ふふふっ、一条家でも私の存在ははっきりとは見えてこない。だから一条様は私に手を下せないんだよね?そんな私が彩華ちゃんの傍に居ちゃ心配だよね~」
彼女は何が楽しいのか、ニコニコとそんな事を話す。
「……彩華に近寄るな」
「嫌よ、私と彩華ちゃんは切っても切れない縁で結ばれているんだからね。もしどうしてもって言うのなら、一条様が私の物になってくれたら考えるかな~、あははっ」
彼女はあざとく僕を見上げるように視線を向ける中、僕はそれを冷たい目で一瞥した。
「今すぐ、ここから消えろ。二度と彩華に近づくな」
そう冷たく言い放つと、彼女はまた小さく笑みを見せる。
「いつまでもつかなぁ……」
彼女がそう呟いた瞬間、別の足音が耳に届く。
徐に顔を上げると、彼女の後ろに、和服を着た女が、青ざめた様子で僕を見つめていた。
あぁ……忘れてたな……、まぁ良い。
もう十分話もできただろう。
「すみません、僕はこれで失礼致します。また後日追手、ご連絡いたします。では……」
僕は令嬢の横を通り過ぎるように足を向ける中、もう展望台には、彼女の姿はなくなっていた。
急いで別荘へと戻ると、僕は勢いそのままに彼女の部屋へと入った。
ベッドにスヤスヤ眠る彼女は熱が引いてきたのか、頬の赤みが引き、安らかに眠っている。
僕はそっと彼女の傍へ静かに腰かけると、覗き込むように彼女を見下ろした。
彼女の姿にほっと胸をなでおろす中、僕は彼女の手を握りしめると、彼女はうわ言の様に何かを呟き始めた。
「……いやぁ……行かないで……お願い……」
彼女は徐々に苦しそうに顔を歪めたかと思うと、閉じた瞼から雫が零れ落ちる。
「……こんな事になるなんて……どうして私は……あの時…………渡してしまったの……」
「彩華……」
僕がそう彼女に呼び掛けると、彼女は僕の手を強く握りしめる。
渡した……?
一体彩華は、何に魘されているのだろうか……。
震える彼女の手を感じながら、僕は彼女の額へと手を伸ばす。
「大丈夫……僕が傍に居るよ」
そう彼女へ呟くと、彼女はまた深い寝息を立て、安らかな寝顔へと戻っていった。




