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すれ違う思い

兄はゆっくりと私の方へ歩いてくると、そっとベッド脇へと腰かける。


「彩華、大丈夫かい?」


「えぇ、心配をかけてごめんなさい。お医者様が言うには一日安静にしていれば良くなるっておっしゃっていたわ」


私の言葉に兄はほっと息を吐くと、髪を優しく撫でる。

その心地よい手にそっと瞳を閉じると、暗闇の中に立花さくらの姿が現れる。


「……お兄様ももう出かけるのよね?……そんな格好して……お父様のお仕事かなにか?」


「あぁ、まぁ……急な来客があったみたいでね、すぐに戻って来るよ」


急な来客。

それなら仕事の後に彼女に会うのかな……。

二人が楽しそうに話す姿が頭をよぎると、ギュッと胸が締め付けられるように痛む。


「…………行かないで……」


熱で頭がぼうっとしている為か、思わず本音が零れ落ちると、私は慌てて体を起こした。


「違うの!今のは……何でもないの!!気にしないで!!」


慌てて取り繕ってみるも、兄は大きく目を見開いたまま私をじっと見つめていた。


「……彩華がそう望むなら、僕はずっと彩華の傍に居るよ」


「ダメダメ!違うの……熱でちょっとおかしなこと口走っちゃただけなの……私は大丈夫だから!」


慌てふためく私の様子に兄は小さく笑みを浮かべると、部屋にノックの音が響いた。

兄はベッドサイドから立ち上がると、扉へと足を向ける。

そんな兄の様子を横目に、私は混乱する意識の中、布団の中へ潜り込んだ。

何言っているのよ……自分。

こんな事言ったらお兄様が困ってしまうでしょ!

暗闇の中で自問自答する中、フワッと布団が持ち上げられた。


「彩華、お粥を持ってきてくれたみたいだ。これを食べた後、薬をのんでゆっくり休みなさい」


思考回路が低下する中、私はコクリと頷くと、お粥に手を差し出した。

すると兄は私からお粥を遠ざけると、そっとスプーンでお粥を掬い上げる。

熱い湯気がのぼるお粥をフーフーと冷ますと、兄はゆっくりと私の口元へスプーンを寄せた。

いつもなら恥ずかしいと思うところだが……弱った私は自然と口を開けると、お粥を食べる。


「美味しい」


そう呟くと私はもっと欲しいと徐に口を開ける。

そんな私の様子に一瞬兄の動きがとまった。

ゆっくり兄へ視線を向けると、なぜか兄が頭を抱えこんでいた。


「お兄様……?」


そう兄へ呼び掛けてみると、兄はいつも優しい笑みを浮かべ、気を取直し、何事もなかったかのように、スプーンを私の口元へ寄せた。



そうして兄にお粥を食べさせてもらい、薬を飲むと、一気に眠気が襲ってくる。

私はゆっくりとベッドへ横たわると、側にいた兄の手を握りしめた。

行かないで……。

そう何度も考える中、居るはずのない立花さくらの笑い声が耳に響く。

心細い気持ちをギュッと隠す様に、冷たい兄の手を握りしめると、私は深く目を閉じた。


「お兄様、さっき私が言った事は気にしないで。でも……眠るまで手を握っていてほしいの……。お仕事はちゃんと行ってね……今だけで大丈夫だから……行かなかったら怒るからね……んっ」


弱々しくそう口にすると、兄はギュッと私の手を握り返してくれる。

兄は空いた手で私の体に優しく布団をかけなおすと、そっと私の髪を優しく撫でた。


兄の大きく冷たい手に私は心地よさを感じると、徐々に体の力が抜けていく。

そういえば、お兄様には好きな人がいるんだよね……。

立花さくらの事だと思っていたけど、花蓮からあの話を聞いた兄が立花さくらの事を好きになるのかな……?

そんな事を考えながら、硬くかくばった彼の大きな手の感触を感じていると、私は小さく口を開いた。


「お兄様、好きな人とは上手くいっている……?」


そう口にすると、不思議と立花さくらの顔が頭を過り、チクリと胸の奥から嫌な感情が顔を覗かせる。


「……どう……だろうね……」


珍しく歯切れに悪い兄の言葉に、私はぎゅっと兄の手を握りしめる。

やっぱりまだ好きなんだ……。

もしかして、ひとめぼれした相手が私を虐めていた首謀者だから、思い悩んでいるのかな……。

……これ以上聞きたくない……。


「そっか……でもお兄様の彼女になる人は大変ね……。だって妹にもこんなに甘いんだから、彼女だともっと甘やかしてしまうでしょう……?お兄様に甘やかされて、わがままになってしまいそうで、きっと彼女は大変な思いをするわ……ふふっ」


私は徐に寝返りを打つと、お兄様の手をグッと引き寄せ、自分の頬へ添わせる。


「そうかな……彩華はもっとわがままになっても良いんだよ」


「ダメよ。今もこんなわがまま言って……お兄様を困らせているのよ……私はお兄様に嫌われたくないわ……昔のように無視されたら生きていけない……」


弱っている為か、本音がポロリと零れ落ちる。

ヒロインに兄を奪われる嫉妬に駆られた自分が頭を過ると、私はぎゅっと目を閉じた。

暗闇の中現れたのは、ヒロインに罵声を浴びせ、彼女が涙を流す姿を嘲笑っている彩華がいた。

ダメ……イヤ……、私はこんな風にならない……。

醜い私は兄に見捨てられ、もう側にいることもできなくなってしまう。

寂しさで心が壊れそうになっても、私は絶対にお兄様の恋を応援するんだから……。


「お兄様、私ね……お兄様の恋をちゃんと応援するから……だから…………嫌いにならないで……」


そう口にすると、暗闇浮かんでいた彩華の姿が薄れていく。

その様子に私はほっと胸を撫で下ろすと、そのまま夢の中へと沈んでいった。

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