苛立つ彼女
短編の投稿を21時に設定したので、いつもより早めて投稿致しました。
静寂が私たちを包み込む中、私は徐に立ち上がる。
すると足場の悪い岩場で、バランスを崩しそうになると、彼が私の体を支えた。
「すみません、ありがとうございます」
彼は何も言わず、大きな手が私の腰に回されたかと思うと、私の体が固定された。
そっと彼から離れようと足を動かすと、突然ふわっと体が浮き、私は彼に横抱きに抱き上げていた。
えぇ!?
ちょっと待って!これ俗にいうお姫様抱っこ……!!!!
恥ずかしさに焦った私は一人で歩けます!と声を荒げてみるが、日華先輩は私に視線を合わせる事無く、じっと前を見つめている。
何度声をかけてみるも、下す様子を見せない彼に、私は力なく項垂れると、彼の腕の中に身を預けた。
そうして彼は私を抱いたまま、ゆっくりと洞窟の中を進んでいく。
ふと顔を上げると、彼の表情に変化はないが、獣耳はピクピクと動いている。
ボソッと重くないですか?と呟いてみると、彼は小さく首を横に振った。
そのまま洞窟の内を進んでいく中、突然日華先輩が立ち止まった。
徐に顔を上げ視線を向けると、彼はなぜか深く目を閉じている。
暫く彼の様子を覗っていると、彼の頭上にあった獣耳が消え、お尻にあったふさふさの尻尾もなくなっていった。
その様子を呆然と眺める中、洞窟の奥から微かに人の足音が聞こえてくる。
こんな場所に一体誰が……?
次第に大きなる足音に緊張した面持ちで目を凝らしていると、そこに現れたのは、見覚えのある可愛らしい笑みを浮かべた彼女の姿だった。
どうして……立花さくらがここに……?
突然現れたその姿を凝視していると、彼女はわざとらしく大きく目を見開いてみせる。
「お二人ともこんなところで、どうしたんですか?」
「あぁ、ちょっとトラブルに巻き込まれたんだ。そういう君は……?」
「私は……ちょっと休憩に!!この洞窟、海の家の裏側にある私のお気に入りの場所なんです!」
楽しそうに話す彼女の様子になぜか違和感を感じると、私の体から体温が引いていく。
そんな私に気が付いたのか……日華先輩は抱く腕の力を強めたかと思うと、彼女から守る様に私の体を抱きしめた。
「そうだったんだ……。じゃぁ、悪いんだけど、彼女を海の家で休ませてもらっていいかな?」
「もちろんですよ!一条さん……大丈夫ですか……?」
心配そうな視線を向ける彼女に私は逃げたい気持ちをグッと堪えると、大丈夫ですとニッコリ微笑みを返した。
そんな私の様子に、彼女はスッと目を細めたかと思うと、ニッコリ日華先輩へ微笑みかける。
笑みを浮かべた彼女の後に続くように、日華先輩は足を進めると、洞窟の出口が見えてきた。
ようやく熱い日差しの下に来ると、私は慌てて日華先輩の腕の中から逃れたのだった。
そのまま私たちは海の家に向かうと、千歳おばあ様に挨拶し、休ませてもらいことになった。
スマホをも持っていなかった私たちは、千歳さんに頼み、二条へ連絡をしてもらう。
別荘では私と日華先輩が居なくなったことで、てんやわんやの大混乱だったようだ。
申し訳ない気持ちで、何度も電話越しに謝る中、突然兄の声が受話器越しに響いた。
「彩華、気を付けて帰って来るんだよ」
ひぃぃぃぃぃ!!!
言葉は優しいが……、声色は怒っているとすぐにわかる……。
これは帰ってからお説教だなぁ……、うぅぅ。
自業自得とはいえ恐ろしい……。
私は受話器を握りしめたまま固まっていると、プツリッと電話は切れた。
私は濡れた体を拭くと、千歳さんに連れられるように、店の奥へと歩いて行く。
こじんまりとした和式に通されると、千歳さんと入れ替わるように立花が姿を現した。
彼女は私に着替え用だろうTシャツとバスタオルをそっと差し出す。
私はありがとうございますと深くお辞儀をし、彼女から受け取ると、彼女の冷たい瞳と視線が絡んだ。
彼女の服に袖を通し、濡れた長い髪を乾かしている中、傍にいた彼女が見下す様に、私へ視線を向ける。
「あんた何なの?記憶が何にしてもおかしすぎるわ」
私は彼女の言葉に視線を逸らせると、黙ったまま髪をタオルで拭いていた。
「はぁ……またいつものだんまりね……。そこは変わってないんだ……。それよりも、少年を助けるのは日華先輩だったのに、どうしてあなたがシャシャリ出てくるのよ!記憶がないのは良いことだと思っていたのに……はぁ、まったく想定外だわ」
彼女は大きなため息を吐くと、私の様子が気に食わないのか、突然私からタオルを取り上げた。
「もう、何とか言いなさいよ!あそこの洞窟で、獣耳日華君に会えるはずだったのに!私の予定が無茶苦茶じゃない!!このままだと、私と日華君の関係が進展しないかもしれないのよ!!!」
喚き散らす彼女を無視していると、彼女は私を覗き込むように顔を寄せる。
「まぁ良いわ、でも次は邪絶対魔しないでよね!記憶がないあなたに教えておいてあげる。明日は一条先輩と大切な話をするの、あなたは別荘にこもっていてね」
彼女はそう言い捨てると、ニッコリと笑みを浮かべ、ふんっと勢いよく部屋から出て行った。
あぁ、タオル……持っていかれちゃったなぁ……。
それにしても、彼女は日華先輩の狼姿も知っているのか。
それにさっきのお兄様と明日会うと教えてくれだけど、もし邪魔したらどうなるのかな。
そう考えた瞬間、悪寒が走った。
私は思わず部屋をキョロキョロを見渡すが、誰の姿もない。
はぁ……もう一体何なんだろう。
正直あまり彼女と関わりあいたくない、だって彼女と居るといつも胸が騒ぎ出すから……。
自然とため息が漏れる中、まだ湿っている髪を手櫛で整えていると、静かに扉が開く。
またヒロインが来たの……?
私は恐る恐る顔を上げると、扉の前には千歳さんの姿があった。
その姿に私は胸をなでおろすと、千歳さんは私に湯気が立ち上ぼる湯飲みを差し出した。
「大丈夫かい?何でも人助けをして溺れたと聞いたんじゃが、無理はせんようにな」
私は差し出されたお茶を受け取ると、姿勢を正し深く頭を下げる。
優しい笑みを浮かべた千歳さんに、自然と和やかな雰囲気になると、気が緩んだのか……クシュンクシュンとくしゃみが飛び出した。
「おやおや、夏だといっても濡れたままじゃねぇ……ほれ、ちゃんと拭かないとなぁ。今日は早く休みなさいね」
「すみません……ありがとうございます」
千歳さんは目尻に皺を浮かべると、静かに部屋を後にした。
一人になった部屋で、私はまたじっと考え込んでいた。
彼女は一体誰狙いなんだろう……、私が思い出せるこのゲームのストーリーには逆ハーエンドはなかったはず。
だから彼女はいつか絶対に一人を選ぶはずなんだよね……。
うーん、考えられるのは、まだ一人を決めていなくて、みんなの親密度を上げて行こうとしているのかな。
でも……お兄様は花蓮から話を聞いている。
ならそう簡単に落とせないよね。
だってお兄様シスコン……だし。
彼女は一体どうするのだろうか……。
そんな事を考えていると、トントンと小さなノック音が耳に届く。
私はそっとお茶を机へ置くと、返事をかえし静かに扉を開けた。
「彩華ちゃん大丈夫かな?そろそろ日も暮れてきたことだし、別荘へ戻ろう」
日華はそっと私へ手を差し伸べると、綺麗な笑みを浮かべる。
私は差し出された彼の手にしっかりと重ねると、ギュッと強く握りしめた。




