のんびりお散歩へ
別荘へ来て三日目。
私はいつもより早く目覚めると、服を着替え、そっと部屋を後にした。
廊下でると誰もおらず、辺りはシーンと静まり返っている。
私は足音を殺しながらゆっくりと玄関へと向かうと、音を立てない様慎重に、外へと続く扉を開いた。
別荘を出ると、まだ朝日が昇り始めようとする海へ、足を進めていく。
心地よい海風が私の髪をなびかせる中、波打ち際に足を運ぶと、私は壮大な海を呆然と眺めていた。
立花さくらが何を知っていて、これから一体誰を攻略していくのかわからない。
でもきっとここで、その人との親密度を上げていくのだろう。
昨日の様子から彼女の狙いは二条になるのかな……。
私は胸の奥からこみ上げてくる感情を抑え込むように、潮風を大きく吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。
どれぐらいそうしていただろうか……次第に朝日が昇り始めると、私は静かに別荘の中へと戻っていった。
別荘へ戻ると、皆ダイニングキッチンへ集まっていた。
私も皆に交じると、そっと兄の隣へと腰かける。
朝食を食べ終え今日はどうするのかな……と考えていると、兄と二条、奏太君は用があるとの事で外出していった。
そうして、暇を持て余していた私は花蓮に声をかけ、一緒に別荘を出ると、ブラブラと散歩へ赴いた。
あまり遠くへ行っちゃダメだよ!と日華先輩から注意され、私たちは静かな堤防沿いを二人で歩く。
「だれか、誰かぁぁぁぁ!!!」
遠くから聞こえた女性の叫び声に顔を向けると、小さな人影が切羽詰まった様子で必死に叫んでいる様子が遠目に映った。
私たちは慌てて声のする方へ足を向けると、女性の泣き叫んでいる声がはっきりと耳に届く。
「お願いします……!!!息子を助けて!!!」
その声に慌てて海へ目を向けると、そこにはバシャバシャと水をひっかきながら、溺れている少年の姿があった。
私は素早く女性の元へ駆け寄ると、後ろから花蓮の声が耳に届いた。
「彩華様!!!」
「お願いします!!息子を……、私泳げなくて……どうすることもできなくて……どうか、どうか……」
私は振り返らず、涙を流し憔悴しきった女性の体を支えると、近くにあった浮輪を拾い上げる。
上着に来ていたパーカーとサンダルを脱ぎ捨てると、勢いそのままに海の中へと飛び込んだ。
「ダメですわ、彩華様!……ッッ、嘘でしょ。彩華様!!!あぁ……ダメ……私が行っても助けられない……どうすれば……。……しっかりしなきゃ……とりあえず助けを……別荘にいけば……」
花蓮は狼狽しながら踵を返すと、急いで別荘へと走っていった。
海の中へ入った私は、穏やかな波の中少年の元へ浮輪を片手に、ゆっくりと泳いでいく。
溺れもがき苦しむ少年の姿が目に入り、私は浮輪についている紐を固く握りしめると、慎重に少年へ浮輪を投げた。
「君、これに捕まって!落ち着いて、もう大丈夫だから。暴れると助からないわよ!!!」
きつい言葉を投げると、少年は藁にも縋る思いで、浮輪へとぶら下がる。
少年は激しく咳き込みながらも、しっかりと浮輪を持ったのを確認すると近づいて行く。
水を吐き出す彼の背中を優しく撫でながら、少年が落ち着くのを持つと、私はほっと息を吐いた。
「このまま浮輪を、しっかり持っていてね」
そう優しく諭すと、少年は目を真っ赤にしながらも小さく頷いた。
ゆっくりと浮輪を引っ張って岸へ進んでいくと、突然大きな波が迫ってきた。
私は咄嗟に浮輪を強く岸まで押すが、高波は私たちを軽く飲み込むと、浮輪の紐が手から滑り落ちていく。
波が収まると、私は急いで水面へと顔を上げた。
辺りをキョロキョロ見渡すと、少年はしっかりと浮輪にしがみ付いている。
よかった……。
「そのまま足をばたつかせて、岸まで頑張って!!」
声を張り上げた瞬間また大きな波が私を襲った。
さっきまで緩やかな波だったはずなのに……。
水の中へ押し込まれ、私は慌てて口を閉じると、水の中から見える、浅瀬まで泳いでいく。
波に抵抗するように水を掻き分ける中、突然変わった海流に私の体は岸からドンドン離されていった。
嘘でしょう……、ダメ……てんぱっちゃダメよ、落ち着け……落ち着きなさい……。
恐怖が胸の底からこみ上げてくるのを必死に抑え込むと、私はまた水面へと顔を上げる。
ふと視界には先ほどの少年が岸にあがり、お母さんと抱き合っている姿が小さく見えた。
二人はこちらへ視線を向ける中、私は大丈夫だとアピールするように、水面から手を振った。
まずいな……、離岸流にのっちゃったかも……。
とりあえずこの流れから出ないと……。
私は岸と平行に大きく手をかこうとすると、また大きな波に体が飲み込まれていく。
波に逆らい泳ぎ続けた為か……思うように体を動かせない。
私は波に抗う事ができず、そのまま強くうちつけられると、恐怖に体を震わせた。
怖い……怖い……このまま……、ダメダメ……助かることを考えないと……。
必死に海面に上がろうとするも、波に押され次第に意識が遠のいていく中、ふと人影が視界によぎった。
私は咄嗟にその人影に手を伸ばすと、そこでプツリと意識が途切れた。




