浜辺で
人がごった返す様子を悄然と眺めながら、私は砂浜に足を踏みしめる。
熱い日差しの中、先ほどの彼女の笑みが頭を掠めると、私はブルッと小さく体を震わせた。
もしかして二条と彼女、二人の姿に嫉妬しているのだろうか……。
そっと胸に手を当て、深く瞳を閉じると、ドクンドクンと波打つ鼓動を感じた。
いや……そんなことはない。
二条の事は好きだけれど、そういった意味じゃないはず。
じゃ……なんでこんなにも苦しいの?
当てもなくフラフラ歩いていると、ふと肩に手が置かれ引き留められた。
振り返ると、日焼けをしたチャラそうな男が、ニタニタと笑みを浮かべている。
「ねぇ、ねぇ、君一人?あっちでさー、俺たちビーチバレーやってるんだけど、君もやらない?」
ビーチバレー……。
男の指さす方へ視線を向けると、4~5人の男たちがはしゃぐ姿があった。
「いえ……結構です」
そう断りを口にするも、男は肩に置いていた手に力を入れると、強引に私の動きを静止する。
「えー、いいじゃん!連れが居るなら、その子も一緒に来てくれていいし!」
しつこいな。
はぁ、これは相手にするだけ無駄ね……。
私は男を一瞥すると、肩に置かれた手を振り払い、男から離れるように足を進める。
「えー、無視しないでくれよー!行こうって!なぁっ」
男はまたも半ば強引に私の腕を捕まえると、強く私の体を引き寄せる。
その行動に私は男を冷めた目で見据える中、男は私の体を嘗め回す様な視線を向けた。
気持ち悪い、顔面に回し蹴りを入れてやろうかな。
私は砂浜を踏みしめ、男の手を振り払おうと身構える。
「……しつこい……はな」
「遅くなってごめん。あー彼女は僕の友達なんです。ですのでその手を離して頂けませんか?」
知った声に顔を向けると、そこには華僑の姿があった。
「あぁん、何だお前。ひっこんでろよ!」
男は私から手を離すと、華僑へ掴みかかる。
すると華僑は迫ってくる男の腕をねじ上げると、砂浜に悲痛が響いた。
「イタタタタッ、いてぇっ……っっ」
「はぁ……穏便にすませたかったのですが。これでもまだ、彼女を連れて行きますか?」
ニッコリと笑う華僑の姿がどこか兄と重なると、私は思わず後ずさった。
苦痛の表情を浮かべた男は、華僑の姿に怯えた様子を見せると、一目散へと逃げ去って行く。
その姿を呆然と眺める中、華僑は私の傍に佇むと、大丈夫でしたか?といつもの優しい微笑みを浮かべた。
「華僑君、今の動き……。何か武道でもやっているの?」
「はい、二条君と一条さんの影響を受けて、僕も中等部から始めたんです。それでもお二人は到底及びませんが……」
「そんなことないよ、さっきの……私躱せるかな……」
うーんと考え込むと、華僑君は小さく肩を揺らす。
そんな華僑の姿に私も自然と頬が緩んだ。
「ところで、華僑君はどうしてここに?」
「一条さんがなかなか戻らないので、心配で見に来たんですよ。やはり来て正解でしたね」
華僑は私へ手を差し伸べると、ゆっくりと木陰へと誘っていく。
彼に連れられるまま木陰へと移動すると、浜辺から道へと続く階段の上へと腰かけた。
「体調が悪いようでしたら、ここでもう少し休みましょうか」
私は華僑の優しさに甘えるように頷くと、木々の隙間からサンサンと照らす太陽を見上げる。
そういえば……こうやって外で華僑君と二人っきりになるのは初めてかもしれない。
いつも学校の下校だったり、マンションで顔をあわせる程度。
後はだいたい二条がいるし、二人ってのはあんまりない。
ふと彼へ視線を向けると、昔のあどけなさは消え、大人びた華僑の姿に、胸の奥がトクンと小さく音を立てた。
華僑君ってこんな男らしかったっけ……、何だかいつもと違って……。
戸惑う私の様子に気が付いたのか、華僑は不思議そうにこちらへ顔を向けるとニッコリと微笑んだ。
ダメだ、ダメだ!意識しすぎ!!!何か話して誤魔化そう……。
「あっ、そういえばね。この間、華僑君が読んでいた本を、私も買って読んでみたんだ!すごく真剣に読んでいたから、面白いのかなぁと思ってね。あれとっても面白かった。親友と同じ人を好きになった男の子気持ちに、ドキドキしちゃった」
「あー……あの本ですか。……楽しんで頂けて嬉しいです」
私はゆっくりと顔を海の方へ向けると、海辺でははしゃいでいる子供たちの無邪気な姿が見える。
「でもあの本を読んでいて、実際に友達と同じ人を好きになってしまったら、自分ならって考えちゃった」
華僑は私の言葉に、そっと視線を落とす。
「……一条さんならどうするんですか?もし親友と同じ人を好きになったら……」
「うーん、そうね。私は親友に正直に話すかな。同じ人を好きになってしまったって」
前世ではできなかったから……。
そう口にすると、私は前世の苦い思いでが蘇る。
高等部の頃、前世の私は大好きだった親友と同じ人を好きになった。
でも私はその気持ちを隠して、彼女をずっと応援していた。
そんな彼女が彼と付き合って、その姿を寂しいながらも祝福していたんだ。
でも……ある時私の気持ちがばれてしまった。
すると彼女は怒って……大好きだった彼と別れてしまって……。
……それから友達とも、気まずくなったんだよね……。
彼女の事を思い出すと、胸がギュッと苦しくなる。
親友だと思っていたのに、どうして言ってくれなかったの!!!
彼女の悲痛の言葉が、ふと鮮明に蘇ると、私は強く胸を掴んだ。
私はどこかで、彼女の事を信用してなかったのかな……。
よく考えてみれば、彼女は私が本当の気持ちを伝えても見捨てるような人じゃないと、わかったはずなのにね。
今更後悔しても、もう遅い。
周りの音が騒がしい中、私たちの間には静寂が流れる。
そんな中、華僑は沈黙を破るように徐に口を開いた。
「そうですか、僕には難しいかもしれません……」
「あれ、華僑君も好きな人がいるの?」
私は慌てて華僑へ視線を向ける中、彼は私の質問に答える事無く、静かに微笑みを浮かべていた。




