窓辺から見える砂浜に
無慈悲なビーチバレーにどうすることも出来ないまま、気がつけば大分日が傾き、夕日は半分ほど海へと浸かっていた。
二条は無慈悲なビーチバレーで扱かれ……終わったら時には、げっそりと疲れ果てていた。
そんな二条の様子に、ごめんねと申し訳なさそうに謝ると、いや……大丈夫だ……と力ない返事が返ってきた。
夕刻皆で別荘へ戻ると、ダイニングルームから美味しそうな匂いが鼻を擽る。
二条家が連れてきたシェフが作っているのだろう……、海で遊び疲れた私のお腹が小さく音を立てた。
各自夕食が出来上がるまで一度解散する中、私も部屋へ戻ると、薄暗い部屋に明かりを灯した。
脱衣所へ行き、軽くシャワーを浴び、ラフな格好へと着替える。
一息つくように大きく窓を開けると、生暖かい潮風にのり、心地よい波の音が耳に届いた。
そっと瞳を開けると、夕日はゆっくりと海の中に吸い込まれていく。
深い青に色を変えた海を呆然と眺めていると、ふと浜辺に小さな人影を見つけた。
人影は私の姿に気が付いたのだろうか、ゆっくりとゆっくりと砂浜を別荘の方へと歩いてくる。
徐々にシルエットが露わになり、長い髪が海風に靡いていた。
近くなるその人影にバルコニーから体を乗り出すと、その人影が外套の明かりに照らされた。
「やっほー、よかった。やっぱりこの別荘に来ていたのね」
可愛らしい声に私は大きく目を見開く中、彼女から視線を逸らせることができない。
どうして……どうして彼女がここに居るの……?
小さく震えだす体を何とか抑え込むと、手招きするような仕草を見せる彼女の様子に、私は急いで部屋から飛び出した。
階段を駆け抜け、別荘のエントランスに向かうと、そのまま外へと飛び出す。
先ほど彼女が立っていた砂浜まで走っていくと、彼女は楽しそうに微笑んでいた。
「ふふ、そんなに慌ててどうしたの?」
「どっ……どうして立花さんがここに……?」
彼女は私の言葉に目をスッと細めると、ゆっくりと近づいてくる。
「うーん、パーティーで会った時にも思っていたんだけど……まさか、何も覚えていないの?」
覚えていない……一体何の事?
私は何も答えることができないまま、じっと彼女を見つめていると、彼女はあきれた様子で深いため息をついた。
「はぁ……まさか、忘れているとはね。でもこれで納得できた。いつもとは違う学園に入学したり、あなたをエイン学園に戻すために差し向けた花蓮と仲良くなったり……。それに考えてもいなかった事をやってのけたりするのもね。おかしいと思った。あれだけ嫌がらせをされれば、あなたなら簡単に学園を辞めて戻ってくるはずだもんね。あ~すっきりした!……あぁ、記憶の事は気にしないで、知らないなら知らないで、私はあなたに説明してあげるつもりはないの。まぁ、この別荘に来ているって事は、何も変わっていないのだから」
「どういう事……、ねぇ……どうして、あなたは私の事を知っているの?」
「ふふ、気にしないでって言ったでしょ?まぁ予想外な事ばかりで、少し不安だったけれど……。ここであなたに出会えて安心したわ。時期に……二条君も華僑君も、それに日華君も一条君も……み~んな私の物になるんだから、ふふふ」
立花はそう言い捨てると、私から体を離し、じゃぁね!と可愛らしい笑みを浮かべながら、その場から姿を消した。
潮風が私の髪をなびかせる中、私は彼女の言葉にその場で凍り付いていた。
皆……私の傍からいなくなる……。
やっぱり彼らが攻略対象者なんだ……。
彼女から突きつけられた事実に、私は唇を噛むと、強く拳を握りしめた。
わかっていたじゃない……なのにどうして私はこんなに傷ついているの……?
心の片隅で彼らが……攻略対象者じゃないことを願っていたから……?
なんて馬鹿なんだろう……。
瞳から溢れ出る水を耐えるように、強く強く拳を握りしめる中、手の平に爪がくいこんでいく。
泣くな……泣くな……自分。
それよりも、考えなきゃならないことはいっぱいあるでしょ、切り替えなきゃ……。
はぁ、はぁ……私は何かを忘れているの……?
彼女と以前どこかで会った……?
そんなはずない、だって私は前世の記憶を取り戻してから、ヒロインの存在を知っている。
会えば絶対、気が付いたはず……。
それに記憶を取り戻す前の自分の事も私はしっかり覚えていた……、でもその記憶の中に彼女の姿はない。
当たり前だよね……幼い彩華は、ずっと習い事と家の行き来しかしていなかったのだから。
だから彼女と実際に会ったのは、あのパーティーが初めてのはずなのに……どうして彼女は私を知った風に言うのだろうか。
まさか……いや、彼女が前世の記憶の事など知りえるはずもない。
私は誰にもこの事を話していないのだから。
ならどうして……?
もし彼女も前世の記憶持ちなら、あんな言い方はおかしい……。
でも彼女は……この乙女ゲームのストーリーを知っている様子だった。
知っていないと……彼らが自分のものになるなんて言うはずないもの。
答えが出ない迷宮に迷い込み、体中の熱が潮風に冷やされていく。
私は只々砂浜の上で地面に足を縫い付けられたように動くこともできず、じっと佇んでいた。
どれぐらいそうしていただろう、目の前が真っ暗になっていくと、ふと肩に誰かの手が触れた。
私は驚き大きく肩を揺らすと、恐る恐る振り返る。
「おぉっ悪い、何度呼んでも返事がなかったからさ……ってお前どうしたんだ?顔が真っ青だぞ」
心配そうな瞳で見つめる二条の姿に、私は胸が苦しくなると、サッと彼から視線を逸らせた。
二条も……いつかはあの子の元へ行ってしまう……。
そう頭によぎると、涙が零れ落ちそうになるのを必死に耐えていた。
ズキズキと痛む胸をおさえながら、私は力なく大丈夫……と頭を垂れる中、彼は私を強く抱きしめた。
「一条、あんまり一人で抱え込むな。……俺はそんなに頼りないか?」
二条は私を胸の中に閉じ込めると、彼の絞り出すような言葉に、一筋の涙が頬を伝っていく。
泣く姿を隠す様に、私は必死に震える声を隠していた。
波の音が響く中、私はおもむろに口を開くと、彼から体を離した。
「二条……私は只みんなと一緒に居たいだけなの。ねぇ……どうすれば一緒に居続ける事が出来るのかな?」
私は彼に視線を合わせる事無く、そう弱弱しく口にすると、彼の腕がまた私を包み込む。
「一条は一条のままでいいんだ、お前は何でも深く考えすぎなんだよ。この先の事なんて誰にもわからない。だけど……今はみんなお前の傍にいる。だから先の事なんて考えず、今を楽しめよ」
今を楽しむ……。
二条の言葉に私はゆっくりと顔を上げると、彼は照れくさそうに微笑んでいた。
「絶対にさ、どんな形でも別れはやって来る。それがすれ違いや、心変わり、死別……どれかはわからない、でも必ず別れはくるんだ。だからこそ、今を楽しまないとな。……なくなってから後悔しても遅いんだ。俺はお前が事故をして目覚めないかもしれないって思った時、気が付いたんだ居なくなってからじゃ、もうどうすることも出来ない、だから手の届くところに居る間はずっとお前を守ろうって」
私をじっと見つめる彼の瞳を見上げる中、私の頬にいくつもの水滴が流れ落ちていく。
私は……前世の記憶がある分、そんな簡単な事に気が付くことができなかった。
だって先を知っているから……別れが来るってわかってしまっていたから……。
今を楽しむなんて事なんて、考えもしなかった。
でもそうだよね……普通に記憶なんてなくて……この世界に生をうけたのなら……今を大切にしないとダメだよね。
私はなんて単純な事を忘れていたんだろう。
先がわからないからこそ、前世では、生きている今を思いっ切り楽しんでいた。
別れや辛いことがあっても、その度に乗り切って……精一杯あがいていた。
私は震える声で、小さくありがとうと囁くと、彼に体を預ける。
すると……。
「きゃああああああああああああ!二条君がまた彩華様を襲っているわ!!」
「ちょっと、花蓮!!もうっ、今いい所なのに!!!」
頭上から甲高い声が響き渡ると、外にワラワラとみんなが集まってくる。
二条は慌てて私から体を離すが……時すでに遅し、二条の後ろにはブリザードが吹き荒れる笑みを浮かべた兄が佇んでいた。
何……このデジャビュー感……。
「……二条、ビーチバレーだけじゃ、わからなかったようだな」
兄は問答無用で二条の首根っこを掴むと、またも砂浜の上をズルズルと引きずっていった。
そんな様子に慌てて兄を追いかけるも、二条はそのままどこかへ連れて行かれてしまったのだった。




