懐かしの再会
吸い込まれそうな青い瞳を見つめながら、私はそっと口を開いた。
「……アベル?」
アベルはコクコクと嬉しそうに頷き体を離すと、隣へ腰かける。
数年前に出会った頃より身長も伸び、少年から青年になっていた。
フォーマルな紺のスーツを着こなし、可愛かったクルクルのブロンドの髪は短くなっている。
彫が深く端正な顔立ちで優しく微笑む姿は、大人の色気を醸し出していた。
「ヨカッタ、覚えてイテくれたんだ。ボク、日本語ベンキョウしたんだよ。まだまだダケド……」
たどたどしい日本語で話す彼に私は笑みを浮かべると、パチパチと拍手をする。
「そんなことないわ。とっても上手よ」
するとなぜか彼は少し寂しそうな表情で目線を下げた。
「アリガトウ。ねぇアヤカ、ずっと君にエアーメールを何度もオクッタ。ダケド全然返事ヲくれなかった。ドウシテ?」
手紙?何のことだろう?
身に覚えのない事に私は首を傾げる。
「うん?エアーメール?届いていないわ」
彼は驚いた様子を見せたかと思うと、ボソボソとフランス語で呟いた。
『住所は間違いないし、ちゃんと彼女宛に出した……ということは、あの兄に邪魔されたのか……ブツブツ』
アベルは何かを悟ったように一人コクコクと頷くと、私の肩へ手を回す。
「ソレナラいい。アノネ、君に伝えたいコトあるんダ」
グッと肩を引き寄せられ間近に迫る青い瞳を見つめる。
続きの言葉を待つように、小さく首をかしげ見つめ合っていると、突然引き剥がすように後ろへと引っ張られた。
そのまま後ろへ倒れ込むと、耳元に息がかかる
「なんでこうも次から次へと……」
その声に振り返ると、二条が苛立った様子でアベルを睨みつけていた。
アベルは不機嫌そうに二条を睨み返すと、次第に不穏な空気が流れ始める。
二人の姿を交互に見つめながら狼狽していると、庭園の方から可愛らしい声が響いた。
「二条様~、突然どうしたんですか?」
パタパタと大きくなる足音に私は肩を小さく跳ねさせると、二条の陰に隠れるように身を顰める。
彼女に続くように、華僑、お兄様、日華先輩、奏太君に花蓮さんがこちらへやってくると、ロビーは一気に騒動しくなった。
せっかく逃げてきたのに……どうしてここに集まるの……。
声を聞くだけで不安感が込み上げ動悸が早くなっていく。
浅い息を繰り返しながら気持ちを落ち着かせていると、アベルは徐にソファーから立ち上がり私の前に跪いた。
「アッ、アベル!?どうしたの?」
私は慌ててアベルを立たせようと手を伸ばすと、彼は私の手をグッと引き寄せ、そっと手の甲へキスを落とす。
「アヤカ、僕のフィアンセになってください」
フィアンセ……?
予想だにしていなかった告白に脳の処理が追い付かない。
目を見開き唖然としていると、私と彼の間に立花さくらが割り込んできた。
「アベル様、ダメよ。一条様には、婚約者がいるんですから」
「コンヤクシャ?」
「えぇ、そう。そこにいる二条様です。こんな格好いい婚約者がいて羨ましいです~」
彼女は楽しそうに笑うと、可愛らしく振り返る。
二条と婚約……?
彼女の突拍子もない言葉に大きく目を見張る中、アベルは訝し気な表情を浮かべ、私へと視線を向けた。
「アヤカ、今の話はホントウ?」
「へぇっ、えっ、あ~、えーと……」
彼女がどうしてそんなことを……?
私と二条が婚約しているだなんて……それにあの自信。
乙女ゲームの細かい詳細は思い出せないけれど、彼女がそれを知っているのなら、私は二条と婚約していなければならなかった……?
あぁもう、頭がうまく回らない、とりあえず答えないと。
「二条とは友人よ、フィアンセはいないわ。……だけどアベル、ごめんなさい。私はまだフィアンセを作る予定はないの」
私の言葉にアベルよりも先に立花が反応する。
信じられないとでも言うように、大きく目を見開きこちらへ詰め寄ってきた。
「……あなた一体どういうつもり?」
周りに聞こえないよう小さな声で囁くと、立花は鋭く私を睨みつける。
そんな彼女の反応に、また疑問符が浮かぶ。
どういうつもりとはどういう意味なの?
彼女はやっぱりゲームの内容知っている?
聞きたいことは沢山ある。
だけど彼女の正体がはっきりしない以上、迂闊なことは話したくない。
それに彼女と対峙すると、なんだか胸の奥が不安で埋め尽くされてしまう。
無言のまま彼女を見つめていると、アベルは私の腕を引きこちらを見上げた。
「ワカッタ、ざんねん」
シュンとした様子のアベルに、私は慌てて姿勢を正すと、ごめんなさいと改めて頭を下げる。
そんな私の様子に、アベルはそっと立ち上がり、私の頬へ手を伸ばすと、ゆっくりと顔を近づけてきた。
[やっぱり、アヤカは面白いね。簡単に落ちちゃったらつまらない。また会いに来るよ]
そうフランス語で囁くと、チュッと頬に柔らかい感触を感じた。
「おいッ、なっ、何してんだ!」
「はぁっ!?彩華様からすぐに離れろ!」
二条と奏太君の声が重なると、二人は勢いよく私の腕を引き寄せ、アベルから引き離す。
腕が痛いし頭も痛い、はぁ……なんだかとっても疲れた……。
私は頭を押さえながらため息を吐くと、アベルは肩を揺らせて笑っていた。
「Salut」
アベルは軽く手を振りながら私へウィンクを投げると、そのままエントランスへ颯爽と消えていく。
彼の後ろ姿を呆然と二人に挟まれながら眺めていると、私の頭上では二条と奏太君の言い争いが始まっていた。




