花蓮の弟(奏太視点)
第12部:ある日の下校でのお話が入ります。
結構前の話なので忘れている方もおられると思い、ここに書かせて頂きました。
俺はこの国で名家とうたわれる、条華一族の末端、北条家に生まれた。
両親の中は良好で、一つ年上の姉は、気の強い反面ひどくおせっかいだ。
思い込むと一直線で、時々俺がブレーキをかけてやらないと、どこまでも突っ走っていく。
まぁ……そんな姉だが美人で良く言えば面倒見が良い自慢の姉だった。
そんな俺が小学5年生の時。
下校時、少し遠回りして帰ろうと思い立った俺は、通学路から外れ、普段通らない道を歩いていた。
すると真っ赤な橋の上で、一人の幼女が泣いていたんだ。
幼女は橋の上から川を見下ろすと、じっと何かを目で追っている。
気になって俺も川を覗き込むと、そこには猫の人形らしきものがプカプカと浮かんでいた。
あぁ……あれを落としたのか。
緩やかな川に流れるその人形は、枝に絡まるとその場に留まる。
無理だな、これは諦めた方がいい。
岸から手を伸ばして取れるような場所じゃない。
綺麗な川のようにも見えるが……俺には飛び込んでやる義理もないからな。
エーンエーンと泣きじゃくる子供を横目に、俺はその後ろを通り過ぎようとすると、遠くから軽くウェーブのかかった黒髪をなびかせた女が、こちらに向かって走ってきていた。
少女は少し姉と似ていて、綺麗な顔に浮かぶ気の強そうな真っすぐな瞳せ少女の前で立ち止まった。
その姿に俺も立ち止まり、様子を窺っていると、整った顔立ちの女は、優しい瞳を浮かべながら、子供の頭をそっと撫でた。
泣いていた幼女は橋の下を指さすと、女は指先を追うように、川へと視線を向ける。
すると待ってて!と子供に笑みを浮かべたかと思うと、手すりを飛び越え躊躇することなく川へダイブした。
「おい……ッッ!?」
思わず届きもしない手を女に伸ばすと、ザッバーンと激しい水しぶきがあがり、川へ落ちたのだろう音が響く。
俺は慌てて橋の下を覗き込むと、女は器用な泳ぎで、スイスイとぬいぐるみへと向かっていた。
枝からぬいぐるみを外し抱き抱えると、そのまま岸まで泳いでいく。
嘘だろう……。
あまりの出来事に一部始終を呆然と眺めていると、遠くからお嬢様、と阿鼻叫喚する男が堤防を滑り下りていく姿が見えた。
それにつられるように、先ほどまで俺の隣に立っていた幼女も、堤防の階段を駆け下りる
俺は動くこともできずに唖然とする中、女は堤防沿いへたどり着くと全身水浸しになりながら、軽く頭を振り水を飛ばし、幼女にぬいぐるみを手渡した。
差し出されたぬいぐるみを、大事そうにギュッと抱きしめると、泣きはらした顔で満面の笑みを浮かべていた。
すると阿鼻叫喚していた男は軽々と水が滴る女を抱き上げると、慌てた様子で堤防を駆け上がっていく。
俺は去っていく男の背中を眺めていると、その男の肩越しに見えた女の笑顔があまりにも綺麗で……俺の脳裏に焼き付いたんだ。
それから下校時、俺は毎日あの橋を通るようになった。
もう一度会えるかもしれない、彼女に会いたいとそう願って。
しかし1年たち、2年たったが、彼女に出会えることはなかった。
そうして月日は過ぎ、気がつけば俺は中学3年生になっていた。
エスカレーター式の学園の為、下校する道は変わらない。
俺は日課となった橋の前にやってくると、そこには見慣れないエイン学園の制服を着た女性が橋の上から川を見下ろしていた。
彼女は顔を上げ、俺の姿を見つけると、嬉しそうに走り寄ってくる。
誰だ……?
見覚えのないその女に、俺は訝し気に顔を顰めていると、女はニッコリ微笑みを浮かべながら俺の前で立ち止まった。
「ねぇ覚えてる?私がここの川に飛び込んだ時、あなた居たよね?」
その言葉に俺は目を丸くすると、彼女を上から下まで眺めた。
真っすぐなストレートの髪に可愛らしい笑顔、目はクリッとしていて、綺麗よりも可愛らしいとの言葉が似合う女の様子に首を傾げた。
うん、いや、イメージが違う気がするが……。
もっとなんていうか姉と似た瞳で、それに髪も……。
あの時見た彼女の姿を、鮮明に思い出そうとするとなぜか頭痛がした。
「えへへ、私は立花さくら。懐かしくなってこの橋に来てみたんだ」
立花 さくら……?
「……ッッ、いや、あの……うぅッッ」
「あの時、無我夢中で飛んじゃってさ、かっこ悪かったよね」
本当に、この女が……?
モジモジと恥じらうように俺から目を逸らせる彼女の姿に、またも違和感を感じる。
違う、何かが……、何だこのモヤモヤは……。
でもあの時の事は飛び込んだ本人と俺、それにあの泣いていた幼女しか知らないはずだ。
ズキズキと頭が痛みがひどくなっていく中、彼女はおもむろに手を出すと優しく俺の手を握った。
突然の事に驚き顔を上げると、彼女の深い紅色の瞳と視線が絡む。
美しく透き通るその深い赤に俺は魅了されると、なぜかさっきまで胸に抱いていたモヤモヤは、どこかに吹き飛ばされていた。
それからはよく覚えていない。
「ねぇ、ねぇ、〇×△◆〇を探してきてくれない?」
さくらの願いに俺は……名家の集まるパーティーに参加して……。
それで……見つけたんだ。
その後サクベ学園に何度か足を運び……俺は一体何をしていたんだろうか。
あの時の俺は魅了されたかのように、毎日毎日立花さくらの事を考えていた。
勉強にも身が入らず、姉や両親の心配する声も聞き流す。
成績が次第に落ちていき、彼女に会う時間を増やす為、学校にも行かなくなった。
さくらは気まぐれだから、いつでも会えるようしておかないと……だから俺はずっと彼女を待っていた。
顔を見れば嬉しくて、心が幸せで満たされる。
会いたい、会いたい、早く、早く、もっと……もっと……。
さくら、さくら、さくら、さくら。
そんなある日、いつものようにさくらに呼び出され、俺は学校へ行かず、彼女の元へ向かった。
そのままさくらに導かれるようにどこか……山地のような場所へ連れてこられると、ひっそり佇む古家に入る。
「奏太君、今までありがとう。君はもう役に立たないからね、あとはあなたのお姉さんに頑張ってもらう事にするよ」
真っ赤な瞳が間近に迫ると、俺の意識はプツリと途切れた。
次に気が付くと、俺は街の中心街に佇んでいた。
あれ……ここは……?
俺はこんなところで何をしているんだろう……?。
頭がぼうっとして、何も考えれない。
記憶がとても曖昧で……今が何時で……俺は……。
意識が朦朧とする中、ピカピカと光る電光掲示板が視界を掠め顔を上げると、信じれない日付が表示されていた。
我に返り慌てて近くのコンビニへ駆け込むと、新聞を手にする。
そこには記憶にある日付から一ヶ月経過していた。
訳が分からず急いで家に戻ると、なぜか両親が玄関前で泣いていた。
その姿俺はすぐに父と母に駆け寄ると、両親は苦しそうな声で話し始める。
居なくなった俺を取り戻すために、サクベ学園で絶対に盾突いてはいけない人物の怒りを買い、北条家に強い圧力がかかってしまったのだと。
信じられない現状に頭の中が真っ白になった。
裕福だった生活から一変し、窮地に追いやられた俺たち一家は、社長である俺の父が毎日のように銀行を駆け回り金を集め、資金繰り苦しんでいた。
家にある金目の物を全て売り払って、姉も俺も学園へ通う事も出来ない。
姉は毎日毎日どこかへ出かけたかと思うと、意気消沈した様子で家に帰ってくる。
母は名家から破断され、頼るところもないと絶望していた。
そんな様子を目の当たりにし、俺はようやく夢から覚めた。
俺は今まで何をしていたんだろうか。
立花さくら、あんな女にどうして俺は会いたかったのだろうか。
最初に会った時おかしいと思っていたのに……どうしてこんなことになってしまったんだと。
自分を責めるが時すでに遅し。
住んでいた家も抵当として差し押さえられ、もう後がない。
このままだと一家路頭に迷うだろう、どうすればいい……。
絶望の淵に立たされる中、どんどん状態は悪化していった。
そんなある日、姉が初めて笑顔で家に帰ってきた。
姉は俺に目もくれず、失望の念を禁じ得ない両親の元へ駆け寄ると、何やら嬉しそうに話をしかけている。
そうして翌日、家の抵当は外され、会社は倒産の危機を逃れた。
劇的な変化に唖然とする中、俺は両親に謝り姉の部屋へと向かった。
数か月ぶりに姉に話しかけると、姉は冷たい瞳で俺を見据えていた。
「姉貴、その……今まで悪かった。俺どうかしてたんだ……自分でもよくわからないけど、もう大丈夫だから……今度は俺が頑張るから……」
その言葉に姉は涙を流すと、俺の頬を思いっ切り抓る。
「いひゃぃっ!!姉貴ッッ痛いって……ッッ」
「もう二度と立花さくらには関わらないで」
姉の迫力に圧倒されながら、俺は何度も頷いた。




