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お兄様の罰

女子生徒たちを残し、兄に抱き抱えられ車へと乗せられると、病院へ行ってくれと運転手に指示を出す。

運転手は私の姿を見ると、心配気な表情を見せるがゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

車が動き始めると、兄は私を守るように抱いたまま、窓の外へと目を向ける。


「お兄様、助けてくれてありがとう。でも、その……さっきのは……?一体、彼女たちに何が起こったの?」


恐る恐る問いかけると、兄はこちらへ顔を向け、優し気な微笑みを浮かべた。


「彩華が知る必要はないよ」


「ダメッ、お兄様。ちゃんと話して」


私は縋るように体を寄せると、兄は深いため息ついた。


「しょうがないね……。僕は彩華が嫌がらせをうけている事に気が付いていた。だから嫌がらせをしている人物を探し出し、彼女たちの親へ圧力をかけただけだよ。本当は気づいてすぐにでも助けたかったんだけれど……ああいうのは、元を断ち切らないと意味がないからね」


「圧力……やりすぎだわ」


兄はスッと目を細めると、私の頬へ手を寄せ赤い傷痕に優しく触れた。


「やりすぎ?君にこんな怪我をさせて……。手を怪我したのも、彼女たちのせいだろう。それにこの間は、3階から植木鉢を落とされたそうじゃないか。あれが君にあたっていれば、大けがどころの話じゃない。立派な殺人未遂だよ。そんな愚かな人間は必要ない。できれば警察に突き出したいところなんだけれど、彩華は優しいから被害届を出さないだろう?なら社会的制裁で償ってもらう以外方法はないんだよ」


兄の言葉に私は息を詰まらせると、重い沈黙が車内を包み込む。


「主犯の北条は僕たち条華家の分家の分家、末端だ。あんな出来損ないが一族にいると思うとぞっとするよ。すぐに彼女の家は、破門にしておいたから安心するといい」


破門……。

ニッコリと微笑みを浮かべる兄に、私は口をつぐんだまま、複雑な思いが込み上げる。


「そんな顔しなくていいんだよ。彩華は優しすぎる。彼女達は自業自得だ、気にすることはない」


兄は宥めるように私の頭を撫でると、そっと額へキスをおとした。


そうして病院へ着くと、私は診察を受け、何の異常もないと診断された。

けれど兄は暫くは安静にと、一度屋敷へと戻る。

久しぶりに会う母は私の姿に顔を緩めると、温かくむかえ入れてくれた。


屋敷で大人しくしていると、あの時見た彼女たちの青ざめた表情が何度も浮かぶ。

お兄様が手を回したのなら、きっと彼女たちはもう学園にはいないだろうなぁ。

彼女たちは大丈夫なかな……いや、大丈夫じゃないよね。

一条グループは大きい。

あそこにいた彼女たちの家族が仕事をしているのなら、必ず一条グループとはどこかでつながるだろう。


そこそこ過激な嫌がらせだったとは思うけど、私はそこまでの制裁は望んでいない。

嫌がらせをやめ、関わらないようにしてくれるだけでよかった。

だって事の発端は……私がエイン学園ではなく、サクベ学園に入学したから――――。


スッキリとしない気持ちのまま屋敷で過ごしていると、私の元へ花堂家が主催するパーティーの招待状が届いた。

花堂家とは条華族の分家だ。

招待状を裏返すと、美しい庭園での立食パーティー光景がプリントされていた。

この風景どこかで……?

既視感を覚え写真をじっと眺めていると、乙女ゲームの画面が脳裏にチラつく。

そうだ、乙女ゲームのスチル。

アルバムの中に保存されていた写真。

招待状を見つめながら、ぼんやりと頭に浮かぶゲームの画面に、一般人の主人公がパーティーへ参加する姿を思い出した。


攻略対象者全員と出会ってからの最初のイベント。

その時点で一番好感度が高い人から、誘われるパーティーだったはず。

ゲーム序盤だから、甘い出来事などは起きなかったとは思うんだけど……そこで一気に親密度を上げることができた。

うーん、乙女ゲームに関わっているのなら、参加しないほうが賢明。

断りの返事を出そう、きっとお兄様が行くはずだしね。


私はむくりと立ち上がり、襖へと手を掛けると、何やら外が騒がしい。

どうしたのかと思い声のする方へ足を向けると、女中たちの慌ただしい様子が目に映った。

一人の女中を呼び止め声をかけると、女中は苦笑いを浮かべお嬢様はお部屋に居てくださいませ、と部屋に連れ戻されてしまう。

何だろう、気になる。


私は縁側から外へ出ると、人目を気にしながら騒ぎが大きい方へと近づいて行った。

そのまま隠れるように屋敷を抜け門へと向かうと、何やら人込みができいる。

野次馬のごとくこっそり近づいてみると、兄の冷たい声が響いた。

その声に立ち止まり岩影へ身を顰めると、息を殺し耳をそばだてる。


「何度来ても、会わすことはない。今更謝ろうが何も変わらない。さっさと帰れ」


「……ッッ。重々承知しております。ですが一条様に直接謝罪をさせて頂きたいのです。どうか、どうかお願いします」


ガタガタッと音が響くと、女中たちがお引き取り下さいと声を荒げる。

震える女の声に私は岩陰から顔を出すと、北条の姿があった。

私は岩陰から飛び出し、兄の傍へと駆け寄る。


「お兄様!」


私の声に集まっていた女中たちは大きく目を丸くする中、兄は露骨にため息をつくと表情を曇らせた。


「彩華、部屋に戻っていなさい」


「彩華様!この間は申し訳ございませんでした。私……ちゃんと謝りたくて……話をしたくて……ッッ」


兄は声を上げた彼女を強く睨みつけると、怯えた様子で口を閉ざす。

彼女の姿を改めて見ると、目を真っ赤に腫らし目の下にはクマ、顔色も悪く大分憔悴している。

そんな姿に私は兄へ詰め寄ると、彼女を庇った。


「お兄様、彼女は私のお客様でしょ」


そうニッコリと兄へ微笑みかけると、近くにいた女中へ、彼女を部屋に案内するようにお願いする。

女中は戸惑いながらも小さく頷くと、静かに涙を流す北条を連れ、屋敷へと入って行った。


「はぁ……彩華、わかっているのかい?」


兄の問いかけに私はもう一度ニッコリと微笑みを浮かべる。

そのまま何も言わず兄へ背を向けると、静かに屋敷の中へと足を向けた。

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