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卒業式

寒い冬が終わり、桜の蕾が芽吹く中、卒業式がやってきた。

事故ではあるけれど……サクベ学園へ行く旨を皆に伝えることができて本当によかった。


無事に卒業式を終えると、私は感慨深い思いで校庭にある八重桜を見上げる。

花はまだ咲いていない、満開になる姿は見れないのだと思うと、物悲しい気持ちが込み上げた。


学園での思い出が走馬灯のようによみがえると、私は今一度教室へと足を向ける。

教室には誰もいない。

生徒達は校庭に集まり、別れを惜しむ姿が教室の窓から見えた。

そんな生徒達から視線を逸らし、校内に立ち並ぶ木々へ目を向けると、禿げた枝に緑の新しい芽が出ていた。

先ほどは気が付かなったが、もうすぐやってくる春の訪れを連想させるその光景に感慨深くなる。


暫く眺めていると、校庭が先ほどよりいっそう騒がしくなったかと思うと、二条と華僑が女子生徒達に囲まれていた。

皆スマホを片手に彼らを撮影していたり、バーゲンセールのような勢いで女子たちが彼らの制服へ手を伸ばし私物の奪い合いっている。

何ともカオスな状況に唖然とした。

勢いがすごい、二人とも大変だなぁ……。

さすがイケメン、こうやってみると漫画の世界みたいだよね。


どうでもいいことを考えながら彼らの姿を眺めていると、ガラガラと扉が開く。

その音に振り返ると、そこには男子生徒の姿があった。


「あっ、えっ、一条さん……?」


名を呼ばれ私はニッコリ笑みを浮かべると、軽く頭を下げる。

同じクラスの、えーと名前何だったっけ。

彼の名前を思い出そうと見つめていると、ブツブツと何かを呟き、緊張した面持ちでこちらへと近づいてくる。

彼は窓際に佇んでいた私の前で止まると、なぜか恥ずかしそうに目を伏せた。


「あの……こんなチャンスもうないと思うで、その……突然なんですけど、僕は一条さんのことが好きです。たぶんあなたは僕を知らないですよね、すみません……」


へぇ……!?

突然の告白に目を見開くと、彼の顔はゆでだこのように赤く染まっていた。


「あ……ありがとう、でも……」


「返事はいりません。僕は只気持ちを伝えたかっただけなんです。僕という存在を知ってほしかった」


彼は照れながら笑うと、頬を染めながら弱弱しくつぶやいた。

彼は距離を詰めるように一歩近づいてくると、私は先ほどより近くなった距離に自然と後ずさる。

シーンと静まり返る教室内で、甘酸っぱい空気が流れ始める。

じっと見つめてくる熱い視線に、何だからドギマギしてきた。


まさかこんな漫画みたいな展開が……悪役である私に訪れるなんて……。

正直学園生活は一条という名に縛られ、二条、華僑くん以外の男子生徒と、まともに会話した事もない。

そんな私にまさか……。


「あの、一条さん、不躾なお願いなんですけど、その……最後に……何か残る物を頂けませんか?」


残る物……?

私はそっと彼を見上げると、顔を真っ赤にした彼の期待を込めた瞳と視線が絡む。


「えぇ、えーと、何かあるかしら……?」


「あのっ、なら、その……リボンとか……」


リボン?

私は首元へ手を当てると、制服のリボンを握りしめる。


「こんな物でいいの?」


コクコクと何度も頷く彼に、私は襟へと手を伸ばすと、リボンを留めているボタンを外す。

首からリボンが外れると、私はそっと彼の前に差し出した。

その瞬間、勢いよく開いた教室の扉の音に、私は思わずビクッと肩を跳ねさせる。

扉へと顔を向けると、走ってきたのだろうか……息を荒げた二条がこちらへとズンズンと向かって来てきた。

私の前に立っていた男は二条の姿に悲鳴を上げると、リボンを受け取らないまま、逃げるように教室を飛び出していく。

狼狽し去っていく彼の姿を呆然と眺めていると、二条がガシッと私の腕を掴んだ。


「一条、こんなところで何してたんだ」


「えっ、あーと、彼が私のリボンを欲しかったみたいでね、あげようとしていたのだけど……行っちゃったね」


私は開け放たれた扉へと視線を向けると、誤魔化すように笑って見せる。

さすがに告白されたとは言いにくいし、なんだか恥ずかしい……。


「はぁ、はぁ、そうか。まぁ、よかった。これは俺が貰っておく」


二条はリボンをかすめ取ると、ブレザーのポケットの中へと仕舞い込んだ。


うん?二条も欲しかったのかな?

私はキョトンとした表情で二条を見上げると、彼は私の髪をクシャクシャとかき乱す。


「ちょっ、ちょっと、やめてぇ、髪がボサボサになるじゃない」


そう声を荒げると、二条はぶっきらぼうに私の前に握りこぶしを差し出した。

髪を整えながら拳へ視線を向けると、開かれた彼の手の平にブレザーのボタンが置かれている。


「……やる」


照れているのだろうか、二条はぶっきらぼうな態度でそっぽを向いたまま、早く受け取れと言わんばかりに、手をグイグイ差し出してくる。

そんな彼の様子に、私は慌ててボタンを受け取った。


「えーと、ありがとう……?」


よくわからないままボタンを受け取ると、二条は私の腕を取り、帰るぞと教室の外へと引っ張っていく。

二条に連れられるまま廊下へ出ると、そこには華僑が笑みを浮かべて佇んでいた。


「一条さん、それ二条君の第二ボタンなんですよ」


華僑は私の手元へ視線を向けながら嬉しそうに話す。


「えっ!女子たちに盗られなかったの?」


先ほど囲まれていた様子を思い出すと、驚きながら二条へ顔を向けた。


「……ッッ、くそっ、華僑、余計なこと言うな」


二条顔を真っ赤にしながら怒鳴ると、華僑はクスクスと肩を揺らし軽くステップを踏んだ。

いつもと変わらない二人の掛け合いを見ると、改めて彼らと離れてしまう事を改めて実感する。

高等部では見られない光景に私の胸は締め付けられると、寂しさが込み上げた。

もうこうして気軽に会えなくなるだろう。

学園の話をしたり、一緒に下校したり、今まで当たり前だったことがなくなってしまう。

だけど自分で選んだ道、後悔はしない。

そう心の中で呟くと、胸の痛みを振り払い、私は二人に笑顔を向けた。



************おまけ************

     卒業式のその後

*****************************


中等部最後の時間を過ごすと、彩華は迎えの車に乗り帰っていく。

小さくなる車を見送る中、二条と華僑は人が少なくなった校庭に残っていた。


「僕たちがサクベ学園に通うと知ったら、一条さん驚くでしょうね」


「あぁ、そうだな」


二条は難しそうな表情を浮かべると、そっと華僑の隣へと腰かける。


「なぁ……華僑は良かったのか?お前もボタンを持っているんだろう?」


その言葉に華僑はいつものように優しい微笑みを浮かべると、小さく首を横に振った。


「ボタンは全て女子達に奪われてしまいました」


「……ッッ、お前……はぁ、もういい……」


二条は納得いかない様子で呟くと、門の方へと歩いていった。


華僑はその場に立ち尽くし二条の背を見送ると、そっとポケットの中へ手を忍ばせる。

ポケットの中から制服のボタンを一つ取り出すと、乾いた土の上に落としたのだった。


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