妹の隠し事(歩視点)
口を閉ざす父から強引に話を聞き出すと、僕は怒りに震えた。
一人暮らしなんて、そんなの許せるはずがない。
何かあったらどうするんだ?
彩華は可愛い、変な男に付きまとわれたりでもしたら……。
彼女は全く気が付いていないが、幼っぽさが抜け誰もが見惚れるほど美しく成長している。
名家によくいる令嬢のように、気取った様子を見せない彼女の人気は、名家の中でもうなぎのぼりだ。
そんな彼女を一人他校に行かせればどうなる?
分をわきまえない男たちが、彼女へちょっかいをかけるに決まっている。
今は二条と僕が彼防波堤になっているだけ。
もし彼女が変な男にたぶらかされでもしたら……くそッ、考えるだけでイライラする。
あぁ、そうか。
この間、彼女が挙動不審だったのはこの事だったのか……。
こんな重要な事なら、あの時無理にでも聞き出しておくべきだった。
そうすれば是が非でも阻止しただろう。
きっと彼女は僕がそうすると思い、言わなかったのだろうが……。
僕は部屋に戻ると、頭を冷やすように大きく深呼吸をする。
父から聞いた話では、進学することはすでに決まってしまっている。
今更彩華に詰め寄ったとしても、何の意味もない。
彼女がエイン学園に来ないのなら、生徒会へ入った意味もなくなるな。
それなら選択はただ一つ。
僕はある提案を思いつくと、もう一度父の元へと足を向けた。
父の了承を得て、計画を進めて行く中、気がつけば彼女が卒業するまで残り半年となっていた。
相も変わらずあの鬱陶しい女に煩わしい思いをする毎日。
そんなある日、僕は生徒会室で書類整理し下校しようと扉を開けると、今日もあの女が生徒会室の前に佇んでいた。
「はぁ……またお前か……。僕の前に姿を現すな。鬱陶しい、チッ」
「もう、照れちゃって~歩さんがツンデレだってわかっていますから」
どんな解釈をしたらそんな結論になるんだ。
頭の中に花畑が広がっているのだろうか。
苛立ちに殴り飛ばしてやろうかとの気持ちが込み上げるが、それを何とか抑え込む。
彼女を見る事無く横を通り過ぎようとすると、立ちふさがるように前へ回り込んできた。
「待って、待って~今週の日曜日、私の誕生日なの。ベーストンホテルでパーティを開催するのよ」
この女の誕生日、まったく興味がない、心底どうでもいい。
僕は彼女を冷めた目で一瞥すると、無言のまま立ち去ろうとする。
「これ招待状です、ぜひ来てください。私、ずっと待ってますからね」
彼女は半ば強引に招待状を押し付けると、待ってますから~と叫びながら消えていった。
行くわけないだろう。
手渡された招待状をグシャッと握りしめると、無造作にカバンへ放り込む。
さすがに学校のごみ箱には捨てられないが、家に持ち帰って速攻処分しよう。
僕はまた深いため息をつくと、家路へと急いだのだった。
その日の夜、彩華が僕の部屋へやってくると、サクベ学園に行くと打ち明けた。
僕の反応をビクビクと窺う彼女の姿に、知っていたと話すと、ごめんなさいと謝る。
そんな彼女を虐めたくて、僕は悲しい表情を浮かべてみせると、そっと抱き寄せた。
腕の中に彼女を閉じ込め抱きしめていると、妹には感じないだろう邪な気持ちが芽生えてくる。
ダメだと言い聞かせながら抑え込んでいると、ふと亮の言葉が頭を掠めた。
(彼女に恋人役になってもらえばいいんじゃないか?)
僕は無意識に口を開くと、彩華の顔を覗き込む。
「彩華、来週の日曜日、僕に付き合ってくれないかな?」
何を言っているんだ、僕は慌てて否定しようとするが、彼女は可愛いらしい笑みを浮かべ頷いてくれた。
そんな彼女の様子に、胸の奥から熱い気持ちが込み上げてくると、僕は先ほどの言葉を取り消すことなく、そっと彼女の額にキスをおとしたんだ。
そして日曜日。
彼女をブティックへ呼び、妹とわからぬよう着飾ると、あいつの言っていたホテルへと足を向けた。
彼女の振りをしてくれなんて正直に話せば、彼女はついてきてくれないだろう。
だから説明していない。
綺麗に着飾った彼女と街中を歩いていると、すれ違う男たちの視線が鬱陶しい。
僕は男の目から隠すよう引き寄せると、彼女の頬が赤く染まった。
まるで本物の恋人みたいな反応に、僕は嬉しいと思ったんだ。
ホテルへ着き、彼女を紹介すると、女は泣きながらどこかへと消えていく。
はぁ、これでようやく解放される。
僕はほっと胸をなでおろすと、彼女は怒った様子で化粧直しへ向かった。
怒ることは想定内、だが彼女は優しいから、きっと許してくれるだろう。
しかし待てど暮らせど、戻ってくる気配がない。
何かあったのかと心配になり、急いで女子トイレへ向かうと、鏡越しに彩華の姿がチラッと映る。
その姿に僕は声をかけてみると、彼女はごめんねと笑みを浮かべながら、急ぎ足で僕の元へと戻ってきた。
ホテルを出ると、彩華の行きたいところへ行こうと提案してみるが、思いつかないようだ。
悩む彼女の姿が可愛くて、僕は小さく笑みを浮かべると、そっと手を握る。
そのままショッピングモールへ向かっていると、すれ違う人たちがチラチラとこちらへ視線を向ける。
「見て、美男美女カップル」
「本当だ、二人ともどこかのモデルさんかな?」
カップルか……。
僕と彩華は本当の兄弟ではない、こうして手を握っていれば恋人にみえる。
けれど彼女にとって僕は兄でしかない。
握る手を強めてみると、突然彩華が立ち止まった。
どうしたのかと彼女へ顔を向けると、背中に二条の妹がベッタリと張り付く。
お前かと目で訴えるが、香澄は気にすることなく彩華にまとわりついた。
保護者は居ないのかと振り返ると、呆けた様子で彩華に見惚れている二条の姿に、眉間の皺がよる。
二条を無視し、香澄から彩華を引き離そうと試みるが……彼女は香澄の誘いに頷くと、一緒に回ることになってしまった。




