突然の提案
兄に連れられロビーへ戻ると、そのままホテルを出る。
はぁ……なんか疲れたなぁ……。
先ほどの彼女の泣き顔が何度も頭を過り、小さくため息をついていると、兄が私の顔を覗き込んだ。
「彩華ごめんね、でも本当に助かったよ。お詫びと言っては何だけど、このまま彩華の行きたいところへ行こうか」
行きたいところ、うーん。
突然の提案にピンッとこず、何も思い付かない私は頭を悩ませる。
ショッピングとかもしたいけれど、お兄様は何でも買ってしまいそうで困るわ。
新生活に必要な物は、お母様と選ぶ約束をしてしまっている。
遊園地とか、水族館とか……いやいや、それじゃまるでデートみたいじゃない。
うんうんと唸る私に兄は笑みを浮かべると、色々見ながら考えようかと、ショッピングモールへと足を進めた。
兄と並んで歩くと、やはり女性の視線がチクチクと刺さる。
いたたまれな気持ちに私はうつむき加減で歩いていた。
すると突然、背中に何かぶつかった衝撃を感じると、前のめりに転びそうになる。
なんとかバランスをとり、おもむろに振り返ると、そこにはクリッとした可愛い瞳で私を見上げる香澄の姿。
「お姉様~別人見たいね。とってもきれいだわ~!」
「かっ、香澄ちゃん!?よく私だってわかったわね?」
「当り前じゃない!お姉様の事なら何でもわかるわ!」
香澄はニッコリ笑みを深めながら視線を兄へ移すと、なぜかほくそ笑んだ笑みを見せる。
香澄の視線に兄は先ほどまでの優しい表情から、スッと目を細めると、冷たい視線で香澄を見下ろした。
ピリピリとした空気に只ならぬ緊張感を感じると、私は二人の姿を交互に見つめる。
「えーと、二人とも落ち着い……」
「おぃ、本当に一条なのか……?」
良く知る声に振り返ると、そこにはカジュアルな服装をした二条の姿があった。
二条の私服を見るのは久しぶりな気がする。
珍しいラフな姿をじっと眺めてみると、きっと香澄ちゃんの趣味なのだろう……彼のイメージにあったワインレッドのメッシュニットに、デニム、ニット帽をかぶり、とても様になっている。
「ふふ、二条は香澄ちゃんとお買い物きたの?」
問いかけてみると、二条は話を聞いていないのか、ボソボソと呟き始める。
「まじか……その髪それに目、化粧までして……全然違うじゃねぇか」
彼の言葉にウィッグを触ると、恥ずかし気に視線を落とす。
「へへ、これはウィッグなの。目はカラコンで……似合わないよね……」
「いやっ、そんな事ねぇ!か、かわ……うぅ、いつもと違いすぎるだろう」
二条は顔を真っ赤にしながらそう話すと、私から視線を逸らせた。
そんなやり取りをしていると、私と二条の前に兄が割って入った。
「彩華、もう行こうか」
兄は私を覗き込むと隣へ並び、彼らから引きはがすように腰を強く引き寄せる。
「えー待ってよ、お姉様~私もご一緒していい?ちょうど洋服を見に行こうと思っていたの、ねぇいいでしょう~?」
香澄はおねだりするように上目遣いで見上げると、その可愛い姿に頬の筋肉が緩り、思わず頷いてしまう。
「はぁ……彩華……」
「やったー、じゃ行きましょう。お姉様」
香澄はギュッと腕を回すと、そのままショッピングモールへと引っ張っていく。
グイグイと進む香澄に戸惑う中、後方の二人へ視線を向けると、兄は恐怖の笑顔で二条をじっと見下ろしていた。
二条は必死で弁解を謀っている様子だが……兄の周りにブリザードが見える。
その様子に私はブルっと体を震わせると、見なかった事にしようと決めたのだった。
モールの一角にある高級ブティックへと連れて来られると、丁寧な対応の女性スタッフたちと香澄が慣れ親しんだ様子で話を始める。
その話を馬耳東風に笑顔で眺めていると、怒りが治まっていない兄と、困った様子の二条の姿が頭を掠める。
うーん、二条大丈夫かな……いや……大丈夫じゃないよね……。
「お姉様、こっちよ!」
「へえ……ッッ!?」
突然香澄に腕を引っ張られると、何もわからないまま試着室へと連行される。
中へ入ると、女性スタッフたちが何人も洋服をもって現れ、そのままもみくちゃにされてしまった。
あれ、デジャヴュ感……ってなんで私が着替えさせられているのかな。
香澄ちゃんの服を買いに来たんじゃないの?
口をはさむことも出来ないスタッフたちの勢いに、諦め身を任せていると、ふと肌寒さを感じそっと鏡に視線を向ける。
そこに映ったのは、黒のショートパンツに胸元が大きく開いたVネックセータをきた私が佇んでいた。
えぇ……太ももを出した服装なんて、彩華に生まれ変わってから一度もない。
まぁ綺麗な脚だけど、なんだかとても恥ずかしい。
胸元も……前回もそうだったけれど、香澄ちゃんこういう系統の服装が好きなのかしら……。
私は恥ずかしさに思わず鏡から顔を背けると、突然試着室のカーテンが開いた。
「きゃー、やっぱりお姉様にはセクシー系がよく似合うわー」
香澄の声に顔を向けると、彼女の後ろにはいつの間に来ていたのか、兄と二条が佇んでいた。
二条は私の姿を呆然と嘗め、兄は眉間に皺を寄せる。
「……ッッ、香澄ちゃん、この服は……中等部の私には早いんじゃないかな?」
「なぁに言っているのお姉様、お姉様は身長も高くて、脚長くてきれいだし。出るとこはでて締まるところは締まる、女性のあこがれのスタイルなんだから、このぐらい見せないと!」
うぅ、気持ちはわからなくもないけど、やっぱり恥ずかしい……。
私は顔を真っ赤に頭を垂れると、いたたまれない気持ちに、もじもじと立ち尽くす。
「ほら、お兄様。ここでちゃんと言わないと~」
香澄は二条の腕を引っ張り試着室の前へ連れて来るが、それを遮るかのように兄が間に入った。
「彩華、とっても似合っているよ。でもこういう服はまだはやいね。ほら、早く着替えておいで」
やっぱりそうだよね。
私はコクコクと頷くと、逃げるように試着室のカーテンを閉めたのだった。
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試着室の外では
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「あぁもう、一条様邪魔をしないで下さい。お兄様もどうしてさっさと可愛いって言ってあげられないの?」
歩は香澄の言葉を無視すると、じっと試着室へ顔を向ける。
「いやいや、あれはダメだろう……キャパオーバー、綺麗すぎる……ッッ」
二条は顔を覆いその場で項垂れると、香澄は呆れるようにため息をついた。
そんな二人の様子に、歩はおもむろに振り返ると、香澄に冷たい視線を向ける。
「二条妹、彩華に悪影響を及ぼすのはやめてくれないか?」
「なぁによ、男の嫉妬は見苦しいわよ。一条様もお姉様に見惚れていたじゃない。それにお姉様にはさっきのダサい清楚系のワンピースより、小悪魔セクシー系の方が似合うのよ」
歩は深く息を吐くと、項垂れる二条の首根っこを掴み立ち上がらせる。
「いてっ、歩さん、ちょっ、痛いですって……ッッ」
「二条、妹をちゃんと躾けた方がいいんじゃないかな?お前でわからせてやろうか……?」
歩の言葉ににじょうは震えあがると、勘弁して下さいと何度も謝る。
そんな会話が繰り返されているとは知らない私は、せっせと元のワンピースへと着替えていた。
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その後ショッピングモールを4人で歩き、楽しいひと時を過ごしていると、あっという間に辺りは暗くなっていた。
二人と別れ車を呼び寄せようとする兄に、歩いて帰りましょうと提案すると、人通りが少なくなった静かな街並みを肩を並べて歩いていく。
ビルの隙間から差し込む夕日を見上げていると、今日一日のことを思い出した。
「楽しかったわね、お兄様」
兄はあぁと小さく笑うと、私は腕を兄の腕へからませる。
「またみんなで出かけたいわ。でもお兄様、こんなことは今日限りにしてね。今度は協力しないわ。だって相手に悪いもの、断るために偽の恋人を作るなんて……」
「あぁ、わかっているよ……」
兄の腕に捕まりながら歩いていると、ふと彼女の言葉が頭を過った。
(彼の一番にはなれない)
「ねぇ、お兄様……好きな人がいるの?今日あったお嬢様が言っていたわ」
兄は足を止めると、こちらへ顔を向けた。
向けられた瞳はひどく動揺している。
「どうしてそんな……ッッ、誰が好きなのかを聞いたのかい?」
私は首を横へ振ると、腕から離れ兄の前へと回り込んだ。
「いいえ、聞いていない。それよりも好きな人がいるならその人に頼んだ方が良いわ。こうやってお兄様と歩いている姿をもし見られたら、勘違いされてしまうわよ」
言い聞かせるように兄を見つめると、彼の瞳が静かに触れた。
「だから……」
続く言葉を待っていると、兄は唇を閉じ、そっと私から視線を逸らせる。
「わかった、次はそうしよう。じゃぁ、この話は終わり。彩華、もうすぐ暗くなる、早く帰ろう」
兄は私の手を取ると、ギュッと強く握りしめた。
彼が何を言いかけたのか、その言葉を聞こうと口を開くが、なぜかうまく言葉が出てこない。
そっと兄を見上げると、夕日が反射してはっきりと表情が見えなかった。




