思わぬハプニング
クリスマスの一件で、私と二条の仲は元に戻り、穏やかな月日は流れると、年が明けた。
学校が始まり、進級試験をクリアすると、出席日数は足りていないが、私は無事に進級することが出来たのだった。
クラス替えでは、二条、華僑君と同じクラスとなり、ますます彼らと過ごす時間が増えていく。
私にとって彼らの存在は大きなものとなっていった。
けれど来年から乙女ゲームが始まってしまう。
悪役になるつもりはないが、この先何が起こるかは誰にもわからない。
3年生になると進路調査が行われる。
一般的にこの学園に在籍している生徒は、そのままエイン学園に進学するのが世の常だ。
二条も華僑も、進路調査表には乙女ゲームの舞台であるエイン学園と書いているだろう。
高等部になった彼らを想像すると、二人の姿が遠のいていく姿に、胸がズキズキと痛み始めた。
やっぱり……このままじゃダメ。
何か手を打たないと……。
学園が終わり、久しぶりに二条の道場へとやって来ると、私は雑念を払い武道へと没頭していく。
入院し練習ができなかった私は、一から基礎練習である型を行った。
どれぐらい時間がたったのだろうか……ひどく喉が渇くと、私は一息つき持ってきていた水筒へ手を伸ばす。
指導の為傍で見ていた二条は、私が休憩するとわかると、静かに道場を出て行った。
シーン静まり返る道場で、私はそっと目を閉じると、これからの事を考えていた。
このままエイン学園に進級するのはまずい。
彼らとの仲が深まれば深まるほど、逃れらない深みにはまってしまう。
なら強制的に彼らから離れるしか方法はないよね。
海外へ留学でもしようかな……。
でも一条家と家名がある以上、認めてもらえない。
なら別の高校に進学する……これしか選択肢はないだろう。
私の住んでいる街には、エイン学園よりも学力が高い高校はない。
色々と調べたところ、同じ学力をキープするのなら、他県にある高校に行くしかないとわかった。
レベルを落とせば、一条家の名に泥を塗るかもしれないしね。
自立したいと言って、他県の学園へ進みたい旨を母に話してみようかな。
みんなと一緒に居たい、心はそう強く望んでいる。
だけど乙女ゲームが始まり、自分が醜くなり嫌われてしまうかもしれない、そう考えれば耐えられる。
一番の難関は、お兄様をどうやって納得させられるかかな……。
シスコンの兄を説得するいい案はなにか、そう簡単に思いつかない。
うんうんと頭を悩ませながら壁に寄りかかると眠気に襲われた。
大きな欠伸が出ると、目がうつろうつろしてくる。
ふはぁ、昨日夜遅くまで、高等部について調べていたからかな。
眠い……少しだけなら……。
私は大きく欠伸をすると、重くなる瞼に身を任せるように、闇の中へと落ちていった。
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**********二条視点**********
まずい、予想以上に時間がかかった。
腕時計に目を向けると、道場を出てから一時間たっている。
一条はもう練習始めてるだろうな。
俺は急いで道場へ向かい静かに扉を開けると、そこに彼女の姿はない。
あれ、どこへ行ったんだ?
道場の中へ入り、先ほど一条が休憩していた場所へ顔を向けると、壁に寄りかかるようにスヤスヤと眠っている彼女の姿があった。
珍しいな。
俺は静かに彼女へ近づいていくと、安らかな寝息が耳にとどいた。
彼女の前にしゃがみこんでみるが、熟睡しているのだろう、起きる気配はない。
眠っている彼女をまじまじと眺めてみると、長いまつ毛に、触れたくな真っ白な滑らかな肌、真っ赤な果実のような唇に、視線が釘付けになる。
綺麗だな、触れたら柔らかいのだろうか……。
おもむろに手を伸ばすと、汗濡れた髪が、彼女の首筋へ張り付いている。
艶めかしいそれに触れてみると、彼女の小さな身じろぎし、俺はハッと慌てて手を引っ込めた。
ッッ、くそッ、俺は変態か!
寝込みを襲うなんて……いや、それよりも無防備すぎじゃないか……。
横目で彼女の姿をチラチラ見つめながら、ゆっくりと彼女から体を離す。
バクンバクンと大きく高鳴る心臓を必死に落ち着かせると、彼女の瞼が小さく動いた。
はぁ……起こさねぇとな。
俺はなるべく彼女を見ないようにしながら、そっと彼女の肩を揺すると、彼女はうぅぅ……と小さな呻き声をあげる。
「一条、起きろ。こんなところで寝てると風邪ひくぞ」
「うぅん、あれ……もう朝……?んん、まだ眠い……」
眠気眼を擦りぼうっとする彼女の姿に、収まりかけていた心臓がまた激しく波打ち始める。
「朝じゃねぇよ。はぁ……一条、寝ぼけてないで起きろ」
雑念を振り払いながらも起こそうとすると、彼女は小さく眉を寄せ顔を上げた。
上目遣いの姿が可愛くて、俺は動きを止めると彼女と視線が絡む。
「ふはぁ~、わかったよ……うぅぅん……おはよう、お兄様」
そう呟いた彼女はこちらへ顔を寄せたかと思うと、頬に感じた柔らかい唇が触れた。
ゆっくりと彼女の唇が離れていく感覚に、俺の思考は停止した。
今のは、いやいや、ちょっと待って、おいおい……ッッ。
内心ひどく狼狽する中、彼女は何度か目を擦ると、俺の裾をギュッと握りしめる。
「あれ、家じゃない?うん~二条どうしたの?」
先ほどのキスを覚えていないのか、キョトンとした彼女の表情に、俺はその場から飛び退いた。
「お前……ッッなっ、なっ、……ッッ」
「あぁ、ごめん、ごめんね。お兄様と勘違いしちゃった。挨拶だと思って許して」
可愛らしく謝る彼女の様子に、俺はなぜか苛立ちを感じる。
キスだぞ、そんな軽いのかッッ。
それよりも一条は朝起きると歩さんとキスをしているのか?
欧米かよ!!!!っていや違うそうじゃない。
くそッ、なんなんだよ。
俺は勢いよく立ち上がると、彼女に背を向け無言のまま道場の出入り口へと向かう。
後ろから焦った彼女の声が聞こえるが、俺は振り向くことなく、勢いそのままに道場の外へと飛び出した。
頬の火照りを冷ますように風を感じていると、先ほどの彼女の唇の感触が鮮明に蘇り、また熱が高まる。
俺ばっかりドキドキして、あいつはなんであんな余裕なんだよッッ。
もしかして歩さんに教えられたのか……?
歩さんとあいつは本当の兄弟じゃない、なのにあんな無防備な姿を見せているのか?
あぁもう、考えれば考えるほどイライラする。
クシャクシャと頭をかいていると、ふと背中から心地よい香りが鼻孔を擽った。
「二条ごめんね、怒った……?昨日寝るのが遅くて、それで……ごめんなさい」
振り返ると、シュンとした様子の彼女が俺を覗き込んでいた。
俺は一度目を閉じると、必死に心を落ち着かせる。
「怒ってない、少し驚いただけだ……」
そう強がると彼女は綺麗な笑顔でよかった、と笑ったんだ。
その姿に俺の心臓はまた激しく動き出す。
鳴りやまない心臓の音に頭を抱えると、彼女の横に並び道場へと戻って行った。




