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焦る気持ち(二条視点)

あの日、ようやく一条を捕まえた。

どうして突然避けるようになったのか、問いただしたかったんだ。

けれど聞く前に香澄に連れていかれてしまった。


どれだけ考えてもわからない。

避けられるような事をした覚えはないからだ。

先ほどの困った一条の姿が頭を過ると、スマホの着信音が響いた。

通話ボタンを押すと、スマホ越しにすすり泣く声が聞こえる。


「もしもし、香澄か。どうしたんだ?」


「おっ、お兄様……グスッ、助けてぇ……一条さんが、一条さんが……ウゥ……ヒック……ッッ」


「おい、一条がどうしたんだ?何があった?」


「グスッ……一条さんがッッ……私を庇って車に……血がいっぱいで……ウゥッ、どうしようお兄様……」


その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

俺は香澄へすぐに救急車を呼べと伝えると、全速力で香澄の元へと走っていく。

事故現場に到着すると、頭から血を流しグッタリとした彼女の姿に俺はその場に崩れ落ちた。


嘘だろう……。

意識のない彼女へ向かって何度も名を呼んでみるが、息は浅く目覚める気配はない。

辺りが騒然とする中、ようやくサイレンの音が耳に届くと、救護隊が彼女を救急車の中へと運んでいった。


俺も香澄もその救急車の後を追いかけると、日華総合病院へ搬送される。

すぐに歩さんに連絡をとり病院へ集まると、彼女は意識不明の重体だと聞かされた。

出来る限りの治療は行い、あとは目覚めるのを待つだけだと医者は話したが、彼女は目を覚まさなかった。


数日、一週間……時間だけが只々過ぎ去っていく。

俺は眠る彼女の隣に座っているだけ。

目覚めない彼女の姿に何度も話しかけてみるが、一度も返事はない。

このまま彼女を失ってしまう、そう考えると、怖くて怖くてたまらなかった。


彼女のいない世界はとてもちっぽけで、退屈で……光がなくなった。

俺は一人学園の屋上へと足を向け、色のない空を見上げると、彼女との思い出がよみがえる。

屈託のない笑みで笑いかけてくれる彼女の姿が鮮明に描かれると、いるかどうかもわからない神に必死で祈った。


二週間が経過したあの日、祈りが通じたのか……彼女が目を覚ました。

その姿に涙が止まらなかった。

彼女の笑顔をもう一度見れた喜びに感謝した。

目覚めた彼女は俺を避ける事無く、いつも通りに接してくれる。

あれは何だったのか、と問いかけたいが今更ぶり返すのも気が引けた。


彼女は順調に回復し歩けるようになった頃、なぜか容体が急変したと面会をとめられてしまった。

詳しい事情は教えてもらえない、だが命に別状はないと聞きほっとした。

何でも体の抵抗が弱り、一ヶ月ほど特別室へと移るのだとか。

彼女の回復のためならと会えない寂しさをグッとこらえる。

やっと彼女に避けられることなく、元のように話が出来るようになったんだけどな。


一月後、ようやく面会が解放されたあの日、俺はいつものように彼女の病室へと向かっていく。

久しぶりに会う彼女へ、大好き和菓子を用意し、喜ぶ顔を創造していると先客がいた。

扉へ耳を済ませると、日華家の当主の声に俺は扉の前で立ち止まる。

問診か、終わるまでここで待つか。

病室の隣にある待合の椅子へ腰かけると、彼女の病室に小学生ぐらい男の子が入って行った。


「あやかおねぇちゃん!僕と結婚してください!」


結婚との言葉に立ち上がると、開いたままの病室を覗き込んだ。


「俊はまだ8歳だろう?亮と結婚すれば、お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんになるよ」


さっきの子供は日華家の次男か、いつの間に知り合ったんだ?

それよりも胸に抱きつくなんて……離れろッッ。

彼女に抱きつくその姿に、大人げなく嫉妬していると、ふと人影が現れる。


「俺は一条さんと、婚約したいと思っているよ」


その言葉に顔を向けると、そこには爽やかな笑みを浮かべた日華の姿。


「日華……」


「俺は来年18歳で彼女は16歳だ。お互いいつでも結婚できる。今は婚約を打診しているところだけどね。まぁ、そうやって威嚇するだけで、ここから動けない君に負けるつもりはないね」


日華は俺を押し退け病室へと入っていくと、一条の驚いた声が耳に届く。

婚約を迫る日華に、彼女ははっきりと答えない。

そればかりか楽しそうな笑い声が響くと、俺は慌てて病室から離れていった。


彼女が魅力的な女性だということは、俺が一番よくわかっている。

だから俺以外にも婚約話があるだろうとは予想していた。

彼女は初等部の頃とは違い、中等部になると、体に丸みを帯び始め、大人の女性へと変化している。

柔らかい表情に、可憐な仕草に、色めく男どもをいつも牽制していた。

本人はそう言ったことに無頓着で、本当にタチが悪い……。


だけどある日突然、避けられるようになって俺は困惑した。

昨日まで良好だった関係だったんだ。

それにずっと傍で見てきて、自惚れなのかもしれないが……彼女は俺の事を嫌ってはいない。

なのに何が原因なんだ?

もしかして……。


病院を出て、和菓子を片手にあてもなく歩いていると、先ほどの日華の言葉が頭をよぎる。

まさか……日華と婚約するためなのか?

日華は歩さんの友達、俺が知らないだけで、ずっと前に知りあっていても不思議じゃない。


彼女が日華を選んで、俺のことが邪魔になったのか?

婚約を断わられてもそばにいる俺を……。

だが元気になった彼女はいつもと変わらない笑みを見せてくれた。

人の目がある学園じゃないからか……?

考えれば考えるほど暗い思考がまとわりつく。

先の見えない暗闇に取り残され佇んでいると、ポツポツと雨が降り始めた。


あの日びしょ濡れまま家に帰り、それから一度も病院へは行っていない。

日華と楽しそうに話す彼女を見たくない、俺に向けてくれていた笑顔が誰かのものになるなんて耐えられないんだ。

今まで俺が一番彼女の傍にいると思っていた、だけど違うのか……?

確かめるのが怖い、何も見たくない、知りたくない。

けれど顔を見たいと、話しをしたい、傍に居るためには知らなければいけない。

そんな複雑な思いが渦巻くと、気持ちが闇の中へと沈んでいった。


俺は彼女が入院中に買ったブレスレットを取り出すと、強く握りしめた。

彼女が元気になったら、プレゼントとして渡すつもりだった。

避けていた彼女がまた俺と普通に接してくれるように、仲直りの印でもあったんだ。

彼女に似合うと選んだ、ローズゴールドのブレスレット。

ずっと俺のポケットの中に忍ばせていたが、日華と婚約すれば渡せなくなるだろう。


そんな時、歩さんから一条が退院するとの知らせがとどいた。

会いに行こうか行かないでおこうか、悩んだ末俺は行かないと決めた。

日華と一条が並んだ姿を見る覚悟が出来ていないから。

逃げ続けても意味がないのはわかっている、だけど無理なんだ……。


やってきた退院日、俺は病院へは行かず学園へと向かうと、彼女の姿を思い浮かべる。

きっとすごく喜んでるだろうな、病院は退屈だと話していたし。

けれど笑う彼女の隣にいるのは、俺じゃない……。

日華が寄り添っていると考えると、頭がおかしくなりそうだ。


彼女が退院して数日後、突然香澄が俺の元へやってきた。


「お兄様、どうしてお姉様に会いにいかないの?」


「別にいいだろう……色々と忙しいんだ」


「何よそれ、わざわざお姉様のためにブレスレットを買ったのに、渡せてないじゃない」


どッ、どうして知っているんだ……?


「お兄様の行動なんてお見通しよ!さっさと渡して、仲直りしてほしいんだけど」


香澄の言葉に俺は大きく目を見開くと、無意識にブレスレットを入れたポケットへ手を伸ばす。

すると香澄は呆れた表情を見せた。


「はぁ……渡せないまま、ずっと持ち歩いているの?変な意地はってないで会いに行けばいいのに」


俺だって会いたい、だけど今はまだ無理だ。

受け止められる自信がないんだ。

指先に揺れたネックレスをポケットの中で握りしめると、視線を落とす。


「だが……香澄も知っているだろう、俺はあいつに避けられてた。理由はわからないが……あいつなりに考えあっての行動だろう……」


「あら、そのことなら華僑先輩が知っているわ。私、お姉様と華僑先輩が話しているのを聞いたの」


その言葉に俺は勢いよく顔を上げると、香澄はもう俺の前からいなくなっていた。



翌日終業式に俺は華僑に詰め寄ると、言いにくそうな様子に俺の胸は締め付けられる。

やっぱり理由は、婚約する為なのか……?

後悔するかもしれないよ?と問いかける華僑に俺は何とか頷くと、ゆっくりと話し始めた。


話を聞くと、彼女の意味不明な言葉に俺は頭を抱える。

またか……どうしてあいつは……。

俺は一条がいいんだ。

婚約者になりたいのはあいつだけなのに……。

他に心変わりするだって、そんなのありえるはずがない。


一条がいない間、俺に寄ってくる女はたくさん居た。

だがどれも道端に転がっている石と同じ。

傍に居たいと願うのも、守ってあげたいと思うのも、全て彼女だけだ。

どうすれば彼女に伝わるのだろうか……。



☆おまけ☆


香澄ちゃんside


あぁもう、じれったいわね!


お兄様も、お姉様も一体何をやっているのかしら!


このままじゃダメだわ。


ふふふ、みてなさい。


仲直りできる、最高の舞台を用意してあげるわ。


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