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化け物になった自分(日華視点)

病院を出ると、いつもより街が明るく、夜空を見上げると、まん丸な大きな月が目に映る。

今日は満月だったのか……俊の事ばかり考えすぎて失念していた。

体調はまだ大丈夫、ここで引くわけにはいかない。

幸いにも俺の狼血は薄い、一度も俊のような発作も起きたことはない。

俺は一度深く目を瞑ると、気合を入れるように拳を握りしめた。


エイン学園の裏庭へと向かうと、彼女は迷うことなく石段を登っていく。

彼女の足取りに迷いはない、本当に俊を治療する方法があるのだろうか。

背中を追いかけるよう一歩石段に足をかけると、胸の奥が何やら熱くなった。

何だ、この感じ……?

違和感を感じながらも俺は石段を踏みしめていると、頂上に近づくにつれ体が燃えるように熱くなっていった。


あぁ、暑い、苦しい。

今まで感じた事の無い体の異変に、足を止めようとするが、なぜかいう事をきかない

自分の体が自分の物ではない、そんな感覚の中、意識が朦朧とし足がもつれた。

慌てて石段に手を付き体を支えるが、彼女が心配そうな瞳を浮かべ振り返る。

彼女の瞳を見た瞬間、体の奥から別の何かが込み上げた。

俺は彼女に先に上にいってってくれと訴えると、彼女を必死で遠ざけたんだ。


彼女の足音が遠のいていく音に、俺は太い木へ体を預けると、心臓が大きく波打った。

すると頭の上には獣の耳が現れ、尻尾が腰に触れる。

はぁ、はぁ……おかしい、何なんだこれ……。

体の奥からこみ上げる熱に俺は強く胸を掴むと、その場に蹲った。

呼吸が乱れ、俺はもがくように幹を力いっぱい握ると、木の幹がメキメキを音を立て崩れ落ちていく。

その様子に俺は慌てて手を離すと、手の甲には茶色い毛が生えていた。


うっ、嘘だろう……。

恐る恐る獣の毛に触れてみると、間違いなく俺の腕から生えていた。

ありえない、俺は俊のようになったことは一度もない。

どういうことなんだ……ッッ。

狼狽しどうすればいいのかわからず慌てふためいていると、どこからか低い声が頭の中に響き始めた。


腹が減ったなぁ。

あぁ~肉が食いてぇなぁ。

甘くてうまい女の肉。

真っ赤な血肉を味わいたい。

何なんだこの声は、頭が割れそうに痛む。

あまりの痛みに意識が飛ぶと、次に気が付いたとき俺は裏庭の頂上に来ていた。


満月に照らされた彼女が目の前で、美しく光輝いている。

そんな彼女の手元には見たことのない真っ白な神秘的な花が握りしめられていた。

じっと彼女の姿を見つめていると、なぜかひどい空腹を感じる。


どうして空腹なんて……頭がぼうっとする中、体が勝手に動き始めた。

驚き慌てて止めようとするが、俺の体は俺の意志では動かない。

己の姿を改めて見てみると、そこには茶色の毛に染まった自分の腕があった。

その姿に俊の姿が重なり、俺は必死で叫んだ。


「ぐぁ……はぁ、ダメだ、どうして……はぁ、はぁ、来るなッッ、頼む、こっちへ来ないでくれ……グガアアァァァァ」


俺の体は意志に関係なく彼女へと跳びかかる。

必死に止めようとすると、頭の中にまた知らない声が流れ込んできた。


肉、血……くれ、くれ、俺は腹がへった……あの女を食べさせろ。


恐ろしい声にとどまろうとするも、自分の体は勝手に彼女を追いこんでいく。

声を出そうと口を開くが、出るのはうなり声ばかり。


(だめだ、だめだ、やめてくれ、頼む、いやだあああああああああ)


どうすることも出来ず絶望していると、彼女が俺の頭を引き寄せ、落ち着いてと優しく声をかけた。

(違う、やめろ、ダメだ……ッッはやく、俺を突き飛ばすんだ!)

その優しさに涙が零れるが、俺の体は彼女を押さえつけ、牙を立て噛みつくと血しぶきがあった。

苦しむ彼女の声に、目の前が赤く染まり、もう耐えられない。


もうだめだ、意識を手放そうとした刹那、獣声が大きくなった。

美味い、旨い、もっとくれ。

やっぱり女の肉は格別だ。

その声に俺は必死で自我を保つと、声を振り払う


ここで意識を失えば、彼女は間違いなく死んでしまう。

それだけ絶対にさせない。


獣の声に抗う中、彼女はおもむろにかまれていない方の腕を持ち上げ、真っ白な花を掲げた。

狼の優れた嗅覚でその花の匂いを吸い込むと、なぜか体の力が抜け、意識が混沌としてくる。

訳が分からずその花へかぶりつくと、スッと脳裏に響いていた声が止んだ。


ハッと気が付くと、芝生に寝転がった彼女が弱々しい笑みを浮かべていた。

彼女の肩から流れる血に、俺は自分の服を破り近くで見つけた草で止血を行う。


「ごめん、ごめん、俺は……どうして……ッッ」


そんな俺の様子に、彼女は弱弱しく微笑むと大丈夫だと、そっと俺の背中に腕を回す。

彼女の優しい手の暖かさに俺は大きく後退すると、彼女はしっかりと俺を見つめていた。


怖くないのか?

こんな怪我までさせられて。

人ではない俺が怖くないのか?


怯えた様子を見せない彼女に問いかけると、彼女はニコニコと笑いながら日華先輩を怖いはずないですよ、と言ってくれた。

その言葉に目頭が熱くなる。

ほんと敵わないなぁ。

歩といい彼女といい、どうしてそんな簡単に受け入れるんだろうか。

信じられない言葉に俺は自然と涙が溢れ出し、彼女は帰ろうと僕に手を差し伸べた。


その手を掴もうと手を伸ばすと、彼女の腕は叢の中へと落ちていった。

慌てて彼女の傍によると、止血したはずの傷から尋常ではない血が流れだしてた。

その姿に昔父に言われた言葉は蘇る。


「狼の牙は普通の傷よりも治りづらいから気をつけるんだ、牙で怪我をさせた場合は動かしてはいけないよ。

すぐに病院で治療しないとあの女中のようにすぐに死んでしまう」


そうだ、このままだとまずい、早く病院に……ッッ。

俺は叢の上でグッタリをする彼女を素早く抱き上げると、抑制していた身体能力をフルに生かし、病院まで全速力でかけていった。

頼む……間に合ってくれ。

俺は涙を必死に振り払いながら、父の元へと急いだんだ。

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