怒りと不安(二条視点)
別荘へ戻ってくると、中から何やら言い争う声が聞こえてくる。
日華はかまわず扉を開けると、リビングから花蓮と香澄の声が響いていた。
「あなたが肝試しなんて企画するから!」
「あなたものりきだったじゃない!」
「二人とも落ち着いて、奏太君を連れてきた」
「奏太!」
花蓮は慌てて彼の傍へ寄ると、服についた土を振り払う。
「奏太、何があったの?」
そう静かに問いかけると、奏太はその場に崩れ落ちた。
「俺が……彩華さんをあんな姿にしたんだ。ごめん、ごめんなさい」
「どういう事なの?ちゃんとわかるように説明しなさい」
「俺にも分からないんだ。林で立花さくらに会って、そこから記憶がない。気が付いた時には、傷だらけの彩華さんの上に俺は跨っていた。押さえつけた手は震えていて、それでも彩華さんは俺を責めなかった。俺のせいじゃないって……そんなはずなのに。あんな……あんた事に……どうして……ッッ」
「奏太……それ本当なの?」
花蓮は信じられないと言わんばかりにそう尋ねると、奏太は弱弱しく頷いた。
「彩華さんを傷つけたいなんて思ってなかった。なのにわからないんだ。あいつに、あいつが……あの女が来てから俺は可笑しいだ……ッッ、お姉ちゃん助けて」
頬に涙が伝うと、ポタポタと床を濡らしていく。
そんな奏太の姿に花蓮は強く抱き寄せると、こちらへと顔を向けた。
「申し訳ございません。この罪はどんな形でも償います。ただ、これだけはわかっていただきたいの、立花さくら、あの女が全て元凶なんです。彼女を止めないと、彩華様はずっと狙われてしまいますわ」
立花さくら?
どうしてあの女の名がここで出てくるんだ?
あいつは只の一般人だろう。
「話はわかったよ。だが立花さくらが何かをした証拠はない。だから実行犯である奏太……いや、北条家の処分は歩が決めるだろう。俺も立花さくらが彩華ちゃんに好意を抱いていないのは知っているよ。だが彼女には謎が多い。こちらも迂闊に手を出すことはできないんだ。証拠でもあれば、警察に突き出してやれるんだけどね」
その言葉に俺は日華へ詰め寄ると、強く睨みつけた。
「それはどういう意味だ」
「二条と華僑には話していなかったけれどね、学園で彼女を虐めていた本当の首謀者は立花さくら、彼女なんだ。だがそれも花蓮ちゃんの証言だけで、証拠はない。だから歩と俺で色々調べていたんだ。だけどどうしてか、彼女の姿がはっきりと見えてこない。率直に言うと隠されていると言った方が早いかな。何か裏で力を持つ誰かが動いている」
あの女に後ろ盾がいるというのか?
だが条華族の権力に勝る者なんてそうそういないだろう。
「彼女の両親は不明、とある施設で育った。彼女が小学校高学年の頃、優しい里親に引き取られ、街へ来たんだ。成績優秀、品行方正、人当たりも良くて、彼女の事を知る人物は皆絶賛していたよ。そんな彼女が推薦でエイン学園に入学した。そこで花堂と親密な関係になった。このぐらいだねぇ、これ以上はわからないんだ。彼女と彩華ちゃんいつ知り合ったのか。どうして彩華ちゃんを狙うのか、それもわからない。だから君たちにも注意してほしい。今回の件ではっきりした。彼女が彩華ちゃんに明確な敵意をもっているとね」
事実に狼狽する中、俺は華僑と顔を見合わせると、深く頷いた。
あの女が一条を傷つけようとしている。
それなら俺は必ず一条を守る。
「俺の方でも調べるよ」
「僕も彼女について探ってみます」
だが俺たちも彼らと同じように、立花さくらについての情報は得られなかった。
そんな時に、あの女が転校してきた。
文化祭が続く中、彼女に怪しい行動はなかった。
だがある日、一人コソコソとどこかへ向かう彼女を見つけると、俺はすぐに後を追いかけたんだ。
準備室に入って行く姿に、俺も中へ入ると、扉がゆっくりと閉まっていった。
「あれ~二条くんどうしたの~?……私を追いかけてきたの?」
彼女はニコニコと笑みを貼り付けると、俺をじっと見上げていた。
「こんなところに、何しに来たんだ」
「何って~ここ準備室でしょ~。文化祭の準備に必要な物を取りに来ただけだよぉ。ねぇ、二条君あれとってくれない」
立花は棚の一番上にのっているダンボールを指さすと、俺を呼び寄せる。
俺は無言で棚へ手を伸ばし箱を持ち上げた刹那、ガタンッと棚が大きく揺れた。
咄嗟に箱を落とし棚を支えると、キャッと悲鳴と共に立花が俺に抱き、胸の中に顔を埋めた。
棚は何とか倒れることなく、ほっと胸をなでおろしていると、外からの明かりが差し込んだ。
徐に顔を向けると、そこには目を大きく見開いた一条の姿があった。
咄嗟に立花を突き放そうとするが、体制が崩れ、うまく体が動かない。
無理矢理に体をよじらせると、なぜか立花は俺を逃がさないと言わんばかりにしがみつく。
一条は謝りながら去って行く姿に何とか態勢を立て直すと、しがみ付く彼女を強引に引きはがした。
そのまま追いかけようとすると、彼女が不穏な言葉をそっと呟いた。
(二条君があの子を追いかけていくなら……私何をするかわからないよ)
「お前の目的は何なんだ。どうして一条を目の敵にする」
「……目の敵になんてしてないよ。私は彩華ちゃんの事を嫌いじゃないもん。ただ、思った通りに動いてくれないと苛立つけどねぇ~」
立花は床へ落ちたダンボールを拾い上げると、俺の方へ顔を向けた。
「じゃぁ二条君、一緒に教室へ戻ろうか」
彼女は感情のこもっていない笑みを浮かべる姿に、背筋に悪寒がはしると、俺は一条を追いかけることがも出来ぬまま、教室へと戻って行った。




