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鬼人幻燈抄  作者: モトオ
平成編

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『四月・入学・悲喜交々』・4(了)




 赤マントは、本質的にはマントの怪人ではない。

 そもそもは青い毛布をかぶった男によって引き起こされた殺人事件。それが時代を経て赤へと染まり、その後にマントへ変化する。

 つまりマントは最後の要素。

 赤マントは『マント』の怪人である前に『赤』の怪人、それ以上に赤=血液を撒き散らせる『殺人』の都市伝説である。

 故に派生系もマントより色彩の選択が重要視される。

 この都市伝説を成り立たせる要素の最たるものは血液と殺害。

 殺し血を浴び赤く染まることこそ赤マントの本懐である。


 それを証明するかのように、赤マントは襲い掛かる。

 はためくマントはまるで羽、そうと見紛うほどに彼の怪人の動きは軽快だ。

 両手に握られた大型のナイフ。ひゅう、と空気を裂く刃は、正確に甚夜の喉を狙う。

 鉄と鉄がぶつかり合う。夜来で初撃を防ぎ、しかし赤マントは止まらない。勢いを殺さぬまま体を回し、夜の闇に鈍い光、もう一つのナイフが振るわれる。

 短刀は太刀よりも小回りが利き、手数においては有利。一つ目を防いでもすぐさま次が来る。

 だがその程度で後れを取るようなら、とうの昔に死んでいた。

 小回りが利く、手数が多い。紛れもない事実だ。だからと言って、それだけで上回れると思ってもらっては困る。


「ふむ」


 赤マントの猛攻を前に、甚夜はひどく落ち着いていた。

 振るわれたナイフに合わせ、右足を引くと同時に太刀を滑らせる。

 大きな動作はいらない、最小限の動きで最短距離、無防備な手首を柄で打ち据える。

 みしりと嫌な音が鳴ったが、流石にナイフは落とさない。それでも衝撃に体は流れ、赤マントは大きくバランスを崩した。

 瞬間に懐へと潜り込む。

 腰を落とし、狙うは鳩尾。左肩からぶつかる全霊の当身だ。


『ギっ!?』


 短い叫びを叫び赤マントとの距離が空く。

 吹き飛ぶかと思ったが、怪人は器用に身を翻し跳躍。空中から次の一手、雨あられと無数のナイフを投擲した。

 数えるのも面倒になるほどの量のナイフが、甚夜の体を切り裂こうと降り注ぐ。

 敷き詰められた刃、逃げ場はない。

 そも逃げる必要もない。

 怯まず足を止め、敢えて真っ向から受け止める。


 再び響く、金属と金属がぶつかり合う、甲高い音。


 甚夜の体に切っ先が触れ、しかし刃は刺さらない。

 放たれた無数のナイフは一本たりとも彼の皮膚を貫けず、からんと無機質にアスファルトの地面へと落ちる。

 まったくの無傷、それを誇ることもしない。ただ無感情に、こんなものか、と赤マントを一瞥する。

<不抜>──彼の有する、全身を硬化する<力>。

 壊れない体が欲しいと、いつか誰かが抱いた願い。

 不器用で、けれど誰よりも純粋だったあの男の想いだ。十把一絡げの怪異に破れる筈がなかった。






「……すごい」


 傍から見ていたみやかには、それしか感想が浮かばなかった。

 感情があるのかは分からない。けれど赤マントは、甚夜の視線を受けて明らかに後ずさった。

 その隙を見逃さない。一気に踏み込み、放たれる白刃。

 不意打ち気味の一太刀にも赤マントはしっかりと反応し、それでも避け切れない。

 骨を断つには至らなかったが、肉は裂け鮮血が舞う。他者の血を浴び赤く染まる怪人は、自身の血に塗れてしまっている。

 口裂け女の時もそうだったが、やはり圧倒的。同い年であるのが信じられないくらいの腕前だ。

 というか今、ナイフが当たったのに、突き刺さらなかったように見えたのだが。

 訝しげに目を細め、しかし浮かんだ疑問は激しい金属音にすぐさま掻き消される。


 至近距離での攻防。甚夜が振るうのは取りまわし辛そうに見える武骨な太刀、だというのに小回りの利くナイフ二刀の赤マントの方が追い込まれていく。

 無惨に刻まれる外套。手傷を追い、命からがらと言った様子では赤マント飛び退いた。

 そのおかげで甚夜の袈裟懸けは怪人を切り裂けず、代わりに、その仮面を両断した。


『ガ、ギャ……』


 二者の距離が空き、奇妙な声と共に、からんと切り裂かれた仮面が落ちる。

 露わになる正体不明の怪人の素顔。それを見た瞬間、みやかは小さな悲鳴を上げた。

 なんだ、あれは。

 出てきた顔は、人間のものではない。刺々しい歯が印象的な獣の表情。例えるなら体毛のない皺だらけの蝙蝠、だろうか。

 醜悪さに目を背けたくなる。四肢で立ち刃物を操りながらも、赤マントの素顔は、翼手目の生物を踏襲したような作りをしていた。


野衾のぶすま……。成程、だから“木々を飛び回る”か」


 驚きに呆然としているみやかとは裏腹に、甚夜は平静な態度を崩さない。

 落ち着いているというだけではない。彼の反応は、予めある程度予測していたように見えた。


「のぶすま……? 赤マントじゃ、ないの?」

「いいや、成り切れていないだけで赤マントであることには変わらない。あれは、“捏造された都市伝説”だよ」


 今一つ理解できず疑問を背に投げかければ、さらりと答えが返ってくる。

 捏造した都市伝説。そのフレーズは、以前も聞いたことがあった。


「本来ならば口裂け女はあくまでも人型の怪異、赤マントも殺人鬼であり獣ではない。だがこいつらは違う。造られた過程において、余計な混ぜ物を入れられている」


 淡々とした声、少なくともみやかにはそう聞こえた。

 相変わらずの無表情、纏う空気にも変化はなく、傍目からは普段通りの彼にしか見えない。

 しかし甚夜の胸中は決して穏やかではなかった。


「混ぜ物?」

「ああ。覚えているか? 怪異の成り立ちを」

「……無から生まれる怪異は、肉を持った想念。都市伝説も妖怪も、結局は負の感情が凝り固まって生まれる化け物、だったよね?」


 人の想いには力がある。それが昏ければ猶更だ。

 憤怒、憎悪、嫉妬、執着、悲哀、飢餓。深く沈み込む想いは淀み、凝り固まり、いずれ一つの形となる。

 無から生ずる鬼とは、即ち肉を持った想念。

 そもそも大抵の怪異は人の負の情念が集約、凝固して生まれるもの。

 それは、都市伝説であっても同じことだ。


「その通りだ。故に、今回の件の裏に潜んでいる輩は、都市伝説の怪人を造るなどという真似ができる。奴には負の感情を操り物理的な干渉へと変換する<力>あるからな。この程度はお手の物……だが、ただ造るだけでは物足りないとでも考えたんだろう」


 この街には、都市伝説の怪人を造っている奴がいる。

 以前教えてもらった。甚夜はそいつを追っているのだと。

 だが今の口ぶりからすると、少し考え違いしていたのかもしれない。

 みやかは思っていた。

 彼は都市伝説の怪人を討つうちに、それを造り出す元凶ともいうべき存在に辿り着いたのだと。

 けれど本当は、逆だったのだろう。


「あやしげな噂によって生まれた不安や恐怖。不特定多数の負の感情を操り、集約凝固し、都市伝説の怪人を具現化する。その過程で奴は、余計な特徴を付け足した。口裂け女には悪狐……狐の妖怪。赤マントには野衾。都市伝説と親和性の高い古典妖怪の要素を混ぜ合わせることで造り上げた、より強力な怪異。即ち本来語られるものとは別物となってしまった、捏造された都市伝説だ」


 まず初めに元凶の存在を知っていて、だからこそ、それを辿るうちに捏造された都市伝説へと行き当たった。

 つまり彼にとって元凶とやらは、相応の因縁がある相手なのだ。


「まったく、本当に悪趣味だ」


 だから甚夜は赤マントを睨みつけたまま、忌々し気に吐き捨てる。


「成長は私の専売特許ではない、か。成程、その言は正しい。だが随分と性質の悪い成長をしてくれるものだ……なあ、吉隠よなばりよ」





 ◆



<織女>は、想いを集めて形に変える<力>。

 願いを物理的な干渉力に変換する。

 形のないものに形に形を与える。

 祈りを現世利益へと還元する。説話に語られた、神に祈りを捧げる巫女の<力>だ。


 ただし<織女>は後ろ暗い方向でしか願いを叶えられない。

 後悔無念、悪意殺意、嫉妬憎悪。

 自身の、或いは無惨に死んでいった他者の負の感情を取り込み、操り集め形に変える。

 そういう<力>を持ち、南雲叡善の下で鬼を生み出す技に触れた吉隠にとって、都市伝説の怪人を造り出すという発想は案外自然だったのかもしれない。


「口裂け女に赤マント。リゾートバイトに、トニーの見えざる殺人。いっぱい造ったけど、甚太君驚いてくれるといいなぁ」


 吉隠は考える。

 何故、負けたのかを考える。

 身体能力はこちらが上だった。

 戦闘経験はあちらが上だった。

 所持する<力>は、一撃の威力や応用性はこちらが上。

 代わりに<力>の運用そのものの巧さはあちらが上。

 だから考える。

 何故負けたのかを、どうやったら勝てるのかを考える。

 身体能力は劇的には上がらない。戦闘経験は向こうだって積んでいく。

<力>そのものは変化せず、ならば鍛え上げるのは<力>の運用だ。

 成長するのは甚夜だけではない。

 数十年を経て吉隠は<織女>の運用に習熟し、今や捏造された都市伝説の怪人を生み出すまでに至った。

 全てはかつての屈辱を晴らすために。敗北を知り、吉隠もまた相応のものを身につけたのだ。


「でも、まだ足りないよね……」


 都市伝説の怪人を造り出すこと自体は実験に過ぎないが、案外と吉隠は楽しんでいた。

 なにせ此処は鬼喰らいの鬼の故郷。そこで多種多様な怪異が跋扈し、悪戯に人死にを出していくのだ、想像するだけで晴れやかな心地になる。

 けれど、まだ足りない。

 実験は成果を得るために繰り返すもの。

<織女>を突き詰め、捏造された都市伝説を生み出し続け、いずれは屈辱を味合わせてくれた男に比肩する力を手に入れる。

 かつては大正の世の転覆を目的と掲げた。

 しかし今は違う。

 這い蹲って悶える甚夜の無様な姿こそが、吉隠の望むたった一つだった。


「よし、もうちょっとがんばろっかな」


 その為にはまだ足りない。

 より多くの怪人を造り、相応しいものを探すのだ。

 だからもうちょっと待っててね。ちゃんと君を踏み躙ってあげるから。

 濁った眼をしながらも、鼻歌混じり。にこやかな笑みに明確な悪意を乗せ、吉隠は夜道をのんびりと歩いて行った




 ◆




 野衾のぶすまとは江戸近郊に伝わる妖怪の一種である。

 数多くの奇談集に記されるこのあやかしは、火を食べ人や獣の生き血を啜るとされ、飛空する獣の妖怪として描かれる場合が多い。

 その正体は、歳月を経て妖怪化した蝙蝠こうもり

 吸血鬼であり、答え如何によっては血を吸うと言われる赤マントに付け加えるには都合がよかったのだろう。


 きぃきぃ、と奇妙な鳴き声が漏れる。

 四肢を持ち人型でありながら、赤マントの動きは既に人のものではない。街灯や塀、そこらの建築物の壁や屋根を足場にして、四方八方、甚夜の周囲を飛び回りその隙を伺っている。

 上から、背後から、視界の外からつかず離れず一撃を繰り返す赤マント。

 あきらかに殺す気のない、決定的な隙を作り出す為の牽制だ。

 小刻みに放たれるナイフによる斬撃を捌きながら、甚夜は右掌の皮膚を自身の歯で食い破る。

 僅かに赤マントの顔色が変わったように感じたのは、気のせいではないだろう。

 江戸時代の奇談集『絵本百物語』によれば、野衾は長い年月を経たコウモリが妖怪化したものとされ、ムササビやモモンガの異称としても使われる。

 ならば翼手目の生物としての身軽さや滑空能力。そして野衾の最大の特徴である吸血も持ち合わせている筈だ。

 掌から、ぽとりと血が滴る。

 それに合わせて、空へ逃げていた赤マントは瞬きの間に接近し、一際強力な一撃を繰り出す。

 正面から夜来で受け、尚も体が揺らぐ。演技ではない、本当に膂力で押された。

 僅かに甚夜の態勢が崩れ、ようやく生まれた隙。ぎょろりと怪異の目に怪しい光が宿った。

 躍動する体躯、隙を逃すまいと都市伝説の怪人は更なる動きを見せる。

 彼の怪人は赤マントと野衾の合成。しかしあくまでも主体は都市伝説の方だ。

 故に古典妖怪の特徴を付加されていても、それが赤マントであることには変わらない。

 ならば、赤マントの特性を考えれば。


「え……?」


 狙い、殺すは、少女。

 切羽詰まれば、厄介な敵など無視してか弱い少女を狙うに決まっている。

 赤マントは態勢が崩れた甚夜に追撃を仕掛けなかった。その隙に距離を空け、みやかに狙いを定めたのだ。

 みやかは茫然としたまま一歩も動けない。出来たのは場違いな、気の抜けた声を漏らす程度。

 囮を申し出ても戦闘においては蚊帳の外、だから自分が優先して襲われるなど考えてもいなかった。

 もし考えていたとしても、結局は同じ。

 赤マントの動きは人で捉えられるような生半なものではない。醜悪な獣の顔を愉悦で更に歪め、両の手にナイフを握り、怪人という言葉が憚られる程に人から離れた化け物は迫りくる。

 ただの一般人である彼女に、逃げる術など初めからなかった。


「あ、」


 それを認識した時点で既に手遅れ。

 みやかは腰を抜かしてその場に崩れ落ち、赤マントはナイフを大きく振り上げている。

 距離は詰まり、後は鈍く光るそれを無造作に突き立てるばかり。

 逃げられない。死ぬ。抵抗もできないまま、頭蓋をざっくりと割られる。

 みやかにはその光景がありありと想像できてしまった。

 そして響く、刃が肉を貫く、気色の悪い音。


「血が欲しいのならばくれてやるぞ。ただし、最後の一滴まで刀だがな」


 けれど、想像とは少しばかり違った。

 死ぬと思った。けれど赤マントの刃はみやかには届かなかった。

 ナイフを振り下ろすことはできず、寧ろ彼の怪人の体から無数の赤い刀が生えている。

 このために掌を食い破り、血を流した。

<血刀>。血液を媒介に刀剣を生成する<力>。

 最後まで武士でありたいと、血の一滴まで刀であろうとした男の願いである。


『ガ、ギィ……!?』


 投擲された血で作り上げた刀は、背後から赤マントの体躯を貫いた。

 あれが赤マントであるというのなら、みやかを狙うと分かっていた。最初から動き読めているのだ、対処は容易だった。

 甚夜は赤マントへ肉薄し、同時に脱いだ制服の上着をみやかへと投げつける。

 いきなりすぎる行動に驚いて慌てふためく少女は、結局うまく対応できないまま。学ランで顔の辺りを覆われ、視界が遮られる。

 それでいい。囮として使っておいて今更だが、直接的な場面というのはあまり見せたいものではない。

 僅かな時間、彼女が見ていない間に事は終わらせる。

 踏み込む。赤マントが振り返る、だが遅い。

 迎撃の為のナイフは正確に急所を狙い、だから至極読みやすい。突き出された腕にそっと左手を添え、防がず避けず、そのまま流す。


 太刀は逆手に持ち替えられている。

 苦し紛れの突きを受け流された赤マントは、致命的なまでに無防備。

 これでおしまいだ。刃で迎え、右逆手、一気に振り抜く。

 断末魔を上げる暇も与えない。

 一瞬で赤マントの首は胴体から離れ、駄目押しとばかりに唐竹、一刀両断。

 既に事切れた死体を蹴り飛ばし、無理矢理怪異とみやかの距離を空ける。


「……ぷ、はっ? な、なに!?」


 慌てて上着を取り、少女がきょろきょろと辺りを見回す頃にはすべてが終わっていた。

 甚夜はみやかの前に立ち、残心。赤マントの死骸を警戒し、完全に沈黙したことを確認してから、振り返らずに答える。


「雑なやり方で済まなかったな。咄嗟で他に思いつかなかった」

「あ、うん。あの、赤マントは……」

「終わったよ。さて、夜も遅いし家まで送ろう。なんならクレープでも食べていくか?」


 先程まで命の遣り取りをしていたとは思えないくらい気軽な調子だった。

 それがあまりにも普通過ぎて、なんだか拍子抜けしてしまう。

 血払い、納刀。そして振り返った甚夜は、腰を抜かしたまま立てずにいるみやかへ手を差し伸べる。

 落とすような、小さな笑み。彼の穏やかな表情に、みやかはようやく理解する。

 ここに赤マントは討ち果たされた。

 夜は再び静かな姿に戻ったのだ。




 ◆




 高校生活は、やはり中学の頃とは全く違う。

 校舎の設備は整っているし、授業の難度は高く、部活動も活発。

 クラスメイトも派手なギャルっぽい女子とか、仲良さげなカップルとか、怪異を倒す剣士とか、以前からは考えられないようなメンツが揃っている。

 始まって一か月も経たないうちにサボってもあまり厳しく言われなかったのは、義務教育ではないからだろうか。

 なんにせよ有難いことではある。


「昨日早速早退したんだって? やるじゃん」


 赤マントとの遭遇から一夜明け登校すると、同じクラスでも一際ギャルっぽい女子、桃恵萌にそんなことを言われてしまった。

 そう言えば昨日は赤マントの調査をするために男一人女二人で早退した。同じクラスで話もそれなりにする三人が揃って早退。成程、授業を抜け出して遊びに行ったようにも見える。実際は違ったとしても、傍目からはそんな認識なのだろう。


「桃恵さん……別にそういうのじゃないんだけど」

「アキ、ね。間違えないよーに。今度話聞かせてよ、興味あるし」

「はあ」


 言いながらにっかりと笑い、手をひらひら振って去っていく。

 遊んでそうな外見のイメージとは裏腹に、案外と愛嬌のある笑い方だった。

 多少以上に派手だが悪い人ではないのだと思う……実は援助交際をしているなんて噂も流れていたりするけれど、多分それは全くの嘘だ。

 そう思えるくらいには、気のいい女の子に見えた。












「とりあえず、赤マントの件は片付いた。君にも迷惑をかけたな」

「迷惑なんて。元々私達が無茶を言ったんだし」

「なに、そちらの方が有難い。これからも都市伝説の噂を持ってきてくれれば助かるよ」


 昨日の疲れか、今日の授業はいつもより辛かった。

 ようやくお昼休み、少し話したいこともあるし、昼食はいつもの三人で取ることとなった。

 甚夜はコンビニで買って来た幕の内弁当、みやかは母のお手製弁当。薫は購買でパンを試してみたいらしく、少し遅れて来る。先に食べてて、とのことなので少しゆっくり箸を動かしていた。

 立ち入り禁止の屋上の鍵は甚夜が借りておいてくれた。他の生徒には悪いが、見晴らしのいい屋上を貸し切っての昼食は中々心地がいい。

 食事時の話題にしては若干おどろおどろしいのはご愛嬌だろう。


「……頻繁にあんなこと起こってもらったら流石に困るかな」

「そこは同感だ。出来れば日々は穏やかな方がいい。早めに片を付けられるといいんだが」


 小さな溜息。“おしごと”だとか言っていたし、やはり苦労は多いのだろう。

 もしかしたら彼や、彼のように影でああいった怪異と戦っている人が、巷の平穏を守っていてくれていたのかもしれない。

 ということで昨日も助けてもらったし感謝の印、お弁当のから揚げを一つ彼に差し出してみる。


「えーと、その、頑張って? あと、お礼というか、から揚げどうぞ」

「済まない、気を遣わせたな」

「そこは無言で受け取ってくれた方が嬉しい。あ、卵焼き食べる?」


 言いながら返答は聞かず彼のお弁当箱に卵焼きを乗っける。

 図らずとも和やかな昼食になった。空は青く、風も気持ちいい。問題も解決してのんびりとおいしいごはん。不安だった高校生活も、案外いい感じになってきた。


「みやかちゃん葛野君たいへんたいへん! あのね、隣のクラスの男の子が『トイレの花子さん』を見たって!?」


 まあそれも、ものすごい勢いで走ってきた薫の一言によって、見事に吹っ飛ぶ訳ではあるのだが。


「頻繁にあんなこと起こってもらったら流石に困るかな。……頻繁に起こる訳ないよね、きっと」

「現実は受け入れた方が楽になるぞ?」

「分かってる、分かってるから今は現実逃避させて……」


 昨日の今日だ、泣きそうになる。というかトイレの花子さんを男子生徒が発見する状況というのは、下手すると都市伝説よりも危険ではなかろうか。

 ともかく、みやかは改めて思い知る。高校生活は、やはり中学の頃とは全く違う。

 この学校での生活は前途多難程度では片づけられない程刺激的なものになるらしかった。







『四月・入学・悲喜交々』・了

    


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