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鬼人幻燈抄  作者: モトオ
平成編

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『四月・入学・悲喜交々』・1




 やはりご飯には塩サバに限る。

 味噌汁、ほうれんそうのお浸し、卵焼き二切れ。

 完璧だ、今日の朝ご飯は少年の好みにぴったりと一致している。

 今日から高校生となる息子に気合を入れてもらうため、母親が少年の趣味に沿った朝食を準備してくれたのだ。


「おにぃ、おはよー!」

「ごふっ!? ……おう、おはよう妹よ。お願いだから食べてる最中に抱き付くのはやめてくれないか」

「えー、おにぃの背中は私専用なのにー」

「なにそれこわい」


 大好物のサバの塩焼きがあるとご飯が進む進む。二杯目の白米をかっこんでいると、妹が突進と勘違いするほどの勢いで背中に抱き付いてきた。その衝撃でコメが変なとこに入ってむせてしまった。

 可愛い妹が背中に抱き付いてくるのはいつものことだが、今日は普段よりも強烈なパワーだった。水泳部で鍛えた馬力は、こんな細っこい体のどこにと思わせるほどである。


「なあ里香りか。なんか妙に機嫌よくないか、お前?」

「そーう?」


 言いながら妹は背中にすりすり。少年の方は何度か咳をして、ようやく一心地。振り返って見ればそりゃあもう満面の笑顔、私ご機嫌ですよと全身で示している。

 なんでかは分からないし、聞いてものらりくらり躱される。それでもやっぱり楽しそうな妹、なんとなく釈然としない。

 しかし朝は時間がなく、あまり兄妹のコミュニケーションに時間を割いてはいられない。実際、時計を見ればそろそろいい頃合いだった。

 残った朝食をしっかり味わい、最後にお茶を人啜りして席を立つ。


「まあいいや。んじゃ、母さん、里香。行ってくるわ」

「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」

「いてらー。高校、楽しんできてねー」


 母親と、何故か含み笑いな妹に見送られて家を出る。

 はて、と思いながらも、友人を待たせていることだし気にせず走る。

 今日は兵庫県立戻川高校の入学式だった。








 四月を迎え、真新しい制服に身を包んだ生徒達が、列をなして通い慣れない通学路を歩く。

 新一年生は初登校だからか、高校生活に対する期待と不安が入り混じ、晴れやかな表情の中にほんの少しの緊張がある。

 藤堂とうどう夏樹なつきも、そういう初々しい新入生の中の一人だった。


「しっかし、みことも付き合い長くなったよなぁ」

「いやぁ、ほんとに。ここは高校一発目でも同じクラスになって記録を更新したいところだね」

「ああ、一緒になれたらいいな」

「お? なっきにしては珍しく素直じゃん」


 学校まで続く銀杏並木。紅葉の時期には程遠く、春の景観としては今一つだ。

 しかし初登校の緊張と高揚のせいだろう。鮮やかとは言い難い木々でさえ特別なものに映る。

 隣を歩く少女が、とん、とん、とまるでステップを踏むように前へ躍り出て、くるりと振り返った。

 色白ですらりとした体付き、ふんわりと軽い髪は肩口くらいで整えられている。

 以前「ショートカットが似合っている」と夏樹が褒めると、「ナチュラルミディ!」と笑いながら訂正された。女の子の髪型はよく分からないが、そうやって訂正してくる辺り、彼女はちゃんと身だしなみに気を遣っているのだろう。

 実際、決して目立つ方ではないが、少女の容姿は友人の贔屓目なしでも十二分に可愛らしい。

 高校の制服もよく似合っている。……最近になって「色白ですらりとした体付き」は変わらないが、ちょっとばかり胸部の盛り上がりが大きくなってきたのは、気付いているが指摘しない。そんなことを口にすると、流石に変態っぽい。


「むむ? なっき、どしたの?」

「い、いや、別に? なんというか、やっぱ緊張するなぁって!」

「まぁ今日が初登校だしねー。……あと、まったく誤魔化し切れてないけど、優しい久美子ちゃんは騙されてあげましょう。男の子の視線に気付かない女の子なんていないんだから、気を付けるように」

「……助かります」


 ばればれだったらしく、悪戯っぽく少女は笑う。

 長い付き合いだ。今更隠し事なんてできるとは思っていなかったけど、こうも簡単に見透かされるのは、どうにもばつが悪い。

 怒っていない、それどころか楽しそうな辺り、おおらかすぎるこの友人にかなり救われている。他の女子ではこうはいかないだろうことくらい夏樹でも理解していた。




 夏樹は元々東京の生まれで、父親の仕事の都合で七歳の時に葛野市へ引っ越してきた。

 隣を歩く根来音ねくね久美子くみことはその頃からの付き合いである。

 葛野へ移り住んでから最初に出来た友達であり、性別こそ違えど、夏樹は「みこ」、彼女の方は「なっき」と愛称で呼び合うくらいに二人は仲がいい。

 小学校、中学校でも毎年同じクラスになり、おまけに席は隣同士という快挙を為しとげたのだからお互い縁があるのだろう。

 更にはどちらからともなく話を切り出し、同じ高校を受験。見事合格し、この春からは同じ高校に通う。その状況に何の違和感もない、隣にいるのが当たり前なくらい二人はいつも一緒だった。

 出来ればまた同じクラスになれたらいいな、と素直に思う。

 にへへ、と見透かしたように、けれど可愛らしく笑う幼馴染も同じ気持ちでいてくれているらしかった。


「そういえば里香りかちゃんとこの前会ったよ? なんか“私もおにぃと同じ高校行くからその時はよろしくお願いします”とかなんとか。いやー、相変わらず愛されてるね」

「あー、あいつは俺の背中をとることに命かけてるからなぁ……今日も朝からえらい機嫌よくて抱き付かれたし」


 里香りか、というのは夏樹の二つ年下の妹である。

 水泳部に所属する生意気盛りな中学生、しかし兄には大層懐いており、“おにぃの背中は私専用!”と公言して憚らない。

 そうやって慕ってくれるのは有難いが、もう少し周囲を意識してほしいとも思う。

 里香は夏樹の背中がお気に入りで、隙あらば抱き付きのしかかってくる。

 兄としては慕われるのもの触れ合いも嬉しいが、公衆の面前で妹に後ろから抱き付かれるのはかなり恥ずかしく、同年代の男子の視線が非常に痛いのである。


「というか、里香ちゃんてなんであんなに懐いてるの? 中学生ってふつーお兄ちゃんにもうちょっと反抗的だと思うんだけど」

「んー、まぁ。多分捨てたものが返ってきたんだろ。色々あるんだよ」

「色々……いやいや駄目だよ、なっき。妹相手にそんなプレイ、アブノーマルすぎるって」

「ちょっと待てお前なに想像した」


 何故か頬を染めた幼馴染は、恥ずかしそうに体をくねくねとよじっていた。

 初登校の緊張なんてなんのその、久美子は今日も絶好調である。

 ちなみにこの幼馴染の名前は、夏樹の曾祖母と一字違いなのであるが、受ける印象は全く違う。

 曾祖母はもともと大正華族の出身らしく、夏樹の目から見ても老淑女という言葉がぴたりとくる立ち振る舞いをしている。若い頃は物静かで清楚な少女だったのだろうと想像させる、ろうたけた女性だ。

 百歳を越えてまだまだ元気な曾祖母を、祖母より上の年齢の為、夏樹は“大きいお婆ちゃん”と呼んでよく慕っていた、


「まったくお前は、ちょっとは大きいお婆ちゃんを見習って淑やかにだな」

「いや、見習うもなにもなっきのお婆ちゃん会ったことないし。まあいずれは会わないといけないとは思ってるけどさ」

「ん、それって」

「おおっと、そろそろ危ない時間だよ? さ、急がなきゃ!」


 話をぶったぎって、軽やかに久美子は走り出す。腕時計で確認するが、別に時間には余裕があった。

 しかし少女の突飛な行動にはもう慣れている。おう、と短く答えて走る久美子を追いかける。

 久美子に振り回されて、笑ったり燥いだり走ったり。

 高校生になったものの、やっていることは小学生の頃と変わっていない。

 だからきっと、今までと変わらない楽しい毎日が続くのだろうと、夏樹は自然と笑顔になっていた。







「どうも、葛野甚夜と申します。これから一年間、よろしくお願いします」


 今日から高校生、不安も期待も胸にはある。

 緊張しながら入学式を終え、次に待っているのはクラス分け。幸運というかやはりというか、久美子と同じクラスになった。

 それは、素直に嬉しい。そこまではよかった。

 しかし二人してはしゃぎながら廊下を進み、一年間お世話になる1-Cへ訪れ、とある人物の姿を確認すると同時に、夏樹の表情はモーフィングのような滑らかさで笑顔から怪訝なものへと変化する。

 その原因となった人物は、彼らの前で無表情ながらとても丁寧に挨拶をしてくれていた。


「あ、うん。よろしくねー。私、根来音久美子……って、なっき? どしたの、変な顔して?」


 久美子は朗らかに挨拶を返し、しかし夏樹の方は状況が理解できず、ひたすらに困惑していた。

 いや、なんでいんだよ。どういうことだよこれ。

 もう全く訳が分からない。


「……あのさぁ。じいちゃん、なにしてんのこんなとこで」

「なにと言われても、挨拶だが。これから一年間同じクラスになるんだ、こういうことはしっかりとしておかねばな」

「いや、そうじゃなく」

「ん? ……ああ、“高校生をしている”、と答えるべきだったか?」


 驚きは当然だった。

 なにせ藤堂夏樹は、もともと東京の、渋谷の生まれである。

 生家は小さな映画館なのだが、三兄弟の一番下に生まれた夏樹の父親は、家業は長兄にまかせ普通の会社員となった。

 三十を過ぎた頃、父は母と出会った。

『俺はリアルに一目惚れしたんだよ』とは父の言。母の方も同じようなもので、互いに一目惚れだったらしく即結婚。

 未だに母は父にべた惚れ、単身赴任反対派だったため、夏樹はそれについていく形で葛野市へと引っ越してきた。

 改めて言う必要もないが、生家は大正から続く街の小さな映画館『暦座キネマ館』。

 父親は藤堂甚悟の三男であり、つまり夏樹は藤堂芳彦・希美子夫妻のひ孫にあたるのである。


「……もしかして、聞いていなかったか? 一応一週間ほど前に家を訪ねたんだが、生憎と里香しかいなくてな。とりあえず言伝は頼んでおいたが」

「聞いてねえよ!? ていうか犯人分かったよ!? どうりで里香のやつ朝から機嫌よかったわけだよ!」


“おにぃの高校入学を祝ってサプライズプレゼント!”

 ここにはいない妹の無邪気な声が聞こえてきた。勿論幻聴である。しかし絶対そんなこと考えて黙っていやがったのである。

 別に夏樹は甚夜のことが嫌いなのではない。

 彼も七歳までは東京に住んでいた。小さい頃はこの見た目高校生実年齢百歳以上の奇妙な老人に面倒をみてもらっており、今でも長い休みに実家へ帰った時は、一緒に遊んだりじいちゃんの昔話を聞かせてもらったりと良好な関係を築いている。

 血の繋がりこそないものの、百年を生きる鬼と知りながらも“じいちゃん”と、自分にとっては祖父のようなものだと慕っていた。

 しかし、だからこそ困惑する。

 祖父と慕う男が、高校の制服を着て目の前におり、これから一年間同じクラスだというのだ。いくら外見的には違和感なかろうと、それはまた別問題である。


「じんじん、もしかしてなっきと知り合い?」

「じんじん? ああ、いや、一応な。親戚のようなもので、東京にいた頃は一緒に住んでいた。この子のおしめを換えてやったこともある」

「ほほう? そこら辺詳しく」


 やっちまった。

 おしめを換えたことどころか、何歳までおねしょしてたとか、東京を離れるのが嫌で大泣きしたこととか。6歳になっても溜那姉ちゃんと一緒にお風呂入ってたとか。

 あと中学になってからも、実家に帰った時には色々思春期ならではの相談をしたりとか、帰省の度にやっぱり溜那姉ちゃんとお風呂に入ったりとか。

 致命的な情報を知り尽くした甚夜と、夏樹弄りに余念がない久美子。最悪の組み合わせである。


「あの、じいちゃん。そういうのは……」

「まま、立ち話もなんだし。積もる話はあちらでー」


 止めようとした夏樹を見事に遮り、久美子は甚夜の背を押して席の方へ連れていく。

 3メートルを超える鬼の一撃さえ微動だにせず受け止めるじいちゃんが、女の子の力で押される筈がない。子供に甘い彼のこと、初めから逆らう気がないのだ。


「安心しろ、夏樹が本当に嫌がることは話さない」


 そういって甚夜は小さく笑みを落とすが、逆に言えば「夏樹が嫌がらず笑い話になる程度の恥かしい過去」は喋るかもしれない。勘弁してくださいリアルに。

 久しぶりにじいちゃんに会えた。それは嬉しいし、なんだかんだ一年間同じクラスというのは、案外楽しくなるかもしれないとも思う。


「……不安だ」


 けれど以前じいちゃんは今迄学校どころか、手習指南所にも通っていなかったと言っていた。手習指南所がどんなところかは知らないが。

 更には夏樹の過去をどうにか聞き出そうとする久美子の件もあり、色々と不安が沸き上がってくるのもまた事実だった。






 鬼人幻燈抄『四月・入学・悲喜交々』






 入学式から早十日。

 オリエンテーションも終わり、通常授業に移行する頃には、流石に周囲へ気を配るだけの余裕が出てきた。

 姫川みやかは改めてクラスを見回す。

 同じ中学出身の生徒もちらほら、以前女子バスケ部の試合で顔を合わせた子もいる。

 けれど大半は他の中学から来た知らない顔だ。幸いにも薫がおり、女子バスケの関係で出来た知り合いがいるから教室で孤立することはなかった。

 ただ中学の頃とはクラスの雰囲気が大分違い、クラスメイトも高校生になったからか、今まで交流を持たなかったようなタイプも結構いる。


「あれ、みやかちゃん。どうしたの、きょろきょろして」

「なんというか、まだ慣れないなって」

「そう? あ、でも高校生になるとやっぱり色んな人がいるよね」


 昼休み、お弁当を薫と食べながらクラスを眺めていると、不思議そうに首を傾げられた。

 もともとこの友人はほとんど人見知りをしない、どうにも慣れないという感想自体共感できないのだろう。

 しかし彼女も今迄との毛色の違いは感じていたらしく、みやかに倣い周囲に視線を送る。

 改めてみると、やはり中学の頃との違いは案外目についた。




【その1 えらく派手なグループ】


 まず目についたのは、あの女子数人のグループだ。

 一言で表すのなら、女子高生っぽい。入学十日目で既にスカートは調整済み。短い丈で太ももを露わにし、ナチュラルメイクに飾ったネイル。どろっとだらしなく制服を着こなして、アクセで飾ることにも余念がない。

 戻川高校は施設こそ周辺の高校よりも整っているが、別段進学校や部活の強豪校という訳でもない。その為校則は然程厳しくもなく、あれくらいのおしゃれであれば許されている。案外彼女達が戻川高校を選んだ理由はそこにあるのかもしれない。


「あれ、アキさぁ、そのグロス新作?」

「おっ、分かる? 春の新色、けっこーいいっしょ?」


 クラスでも少数派のオサレ女子グループ、その中でも一番目立つのが、アキと呼ばれたリーダー格の女の子だ。

 明るい茶色に染めた髪をリボンでワンサイドアップに纏め、派手にならない程度のメイクで整えた、いかにも女子高生らしい女子高生。手にしたケータイはいわゆるデコ電で、犬や猫などの動物系ストラップなども多くとても重そうだ。

 服装の方もかなり派手で、スカートは当然のように短く、ブラウスのボタンを一つ二つ空けている。胸元が豊かなせいで、多分見せブラなのだろうが、谷間と共に黒い布地がちらちらと覗いていた。

 クラスメイトの男子達が気のないふりして結構見ているのは、傍目からだとよく分かる。なかなか胸の成長が始まらないみやかにとっても、羨ましい妬ましいやら、あの服装は目を引かれてしまうものだった。


「でも桃恵ももえもえ

「うん、でも桃恵萌。可愛い名前だよねー」


 人の名前を馬鹿にするわけではないし、普通にかわいい名前だと思う。しかしほんの少し思うところがあるのは否定できなかった。

 いかにも遊んでいる女子高生な外見、顔立ちも切れ長の目のキレイ系、スタイルだってみやかがうらやむほど。

 しかしあの少女、アキというのは単なるあだ名で、本名は桃恵ももえもえという。ギャルっぽいのにもえもえだった。


『桃恵萌。中学の頃から呼ばれ慣れてるのでアキでいいです』

『いや、だからアキだっつの。次もえちゃん言ったらぶん殴るよ?』

『うっさいなー、アダナよ。魂の名前、ソウルネームよ! ヤマダさんがガイ名乗れるんならあたしがアキでもなんの問題もないでしょーが!?』


 クラスの初顔合わせの日に行われた自己紹介の時の彼女である。

 ヤマダさんが誰かは知らないが、どうやら桃恵はもえもえな自分の名前が気に入らないらしく、友達にはアキと呼ばせているらしかった。


「まあ、名前が恥ずかしいっていうのは分からないでもないかな」

「え? でもみやかちゃんの名前すっごく綺麗だよ?」

「ありがと。というか、だからなんだけど。名前は綺麗でも本人がね」


 みやかの名前は漢字で書くと美夜香。美しい夜の香り、おまけに姫ときたものだ。

 はっきり言って桃恵萌を馬鹿にできない煌びやかさである。

 そういう名前を冠しても問題ないくらいの美人ならいいのだろうが、残念なことにみやかは普通の少女だ。若干名前負けしている感は否めない、少なくとも本人はそう思っていた。


「みやかちゃん、十分綺麗だと思うけどなぁ」

「そう言ってくれるのは薫くらいだって」


 実際、彼氏いない歴=年齢を絶賛更新中、それどころか親しい男友達の一人もいないのが現状。

 別に彼氏が欲しいという訳ではないが、我が身の寂しさに零れる溜息は止められなかった。




【その2 彼氏彼女の事情中】


 彼氏だなんだだと考えていたせいか、視線はそういう雰囲気を纏ったクラスメイトへと流れる。

 まだ高校になって十日だが、随分と親しげな男女もちらほら見られる。

 まずは藤堂夏樹と根来音久美子、地味な中肉中背の男の子と、可愛らしいナチュラルミディアムの女の子の組み合わせだ。

 周りの男子はなんであんな地味な奴にあんな可愛い女の子が? とかなんとか言っていた。

 藤堂らと同じ中学出身の女子の話では、二人は幼馴染同士で小学校の頃から距離が近かったらしい。

根来音の方はその容姿から多くの男子に言い寄られていたそうだが、曰く「どんなにイケメンでも勉強ができても、そいつはなっきじゃないじゃん」とすげなく断ってきたとのこと。

 あくまでも幼馴染であり、実際には付き合ってはいないようだが、それでもやはり二人は仲がいい。

 それはそれとして、あの謎剣士とよく話している点も、気になる要素ではあった。


 他にもロリコン残念イケメンと無表情美人のコンビがいたり、あからさまにべたべたしているバカップルの姿もある。

 やはり高校生にもなるとそういう関わりも目立ってくるな、とみやかはぼんやり仲良さげな男女を眺めていた。

 すると急に、がたん、と大きな物音が響く。


「……っ、と。大丈夫か、麻衣まい?」

「う、うん。ごめんね、やなぎくん……」

「なんの、慣れっこだよ」


 驚いてそちらを見ると、どうやら女子が椅子の足につまずき、あわや転びそうになったところを男子が受け止めた瞬間だった。

 劇的なタイミングで助けたのは、富島とみしまやなぎ。助けられた少女は吉岡よしおか麻衣まい。彼等もまた、みやかからすると“そういう雰囲気”を纏った男女である。


「まったく、お前はぽんこつなんだからちゃんと足元には気を付けなさい」

「ご、ごめんなさい……」 

「あ、いや。怒った訳じゃないからな?」


 ぽんぽん、と吉岡の頭を優しく叩く富島は、彼氏というよりは優しいお兄ちゃんという表現が似合っている。

 彼らの遣り取りはこの十日で随分と見慣れてしまった。引っ込み思案で少しどんくさいところのある吉岡が何か失敗をして、それを富島がフォローし慰める。毎回経緯は違えど、大抵こんな感じである。


「そんなに落ち込むなよ。そうだ、今日は帰りにどっかよってこうぜ?」

「でも、やなぎくんサッカー部は」

「だから高校では入るつもりないって」


 吉岡麻衣は小柄な、眼鏡をかけた真面目そうな少女だ。

 既定の制服をきっちりと着こなし、髪を染めたりもしていない。化粧っ気がないどころか保湿用のリップも引いておらず、アクセの類も身に着けていない。

 ボブカットの黒い髪は艶やかで、普段の手入れの丁寧さが見て取れる。身嗜みは整えるがお洒落は殆どしない、といったところだろう。

 あまり明るい性格ではなく、おどおどしていて人に見られるとすぐに俯いてしまう。総じて地味めな女の子といった印象だった。


 反して富島柳の方は目立つ男子である。

 新しいクラスメイトに聞いた話では、中学の頃はサッカー部のエースだったらしい。長身でいわゆるイケメン、その割に人当たりもよく気が利くので女子にも人気がある。

 実際、中学が違ったため彼のサッカー部での活躍を知らないみやかでも、イケメンでモテるという話には納得できる。それくらいの容姿であり人柄をしていた。

 しかし何故か彼は高校ではサッカー部には入らず、仮入部の期間が終わるより早く放送部に所属した。

 中学での活躍を知っている者達は非常に驚いていたが、本人はどこ吹く風。のんびりと文化部ライフを送るつもりらしく、今日も放課後は吉岡とどこかへ行く約束をしているようだ。


「相変わらず仲いいねー二人とも」

「うん、本当に」


 若干羨ましげに薫が呟く。

 それが、一番の不思議だった。

 繰り返すが富岡柳は目立つ男子であり、イケメンで女子にもモテる。対して吉岡麻衣は可愛いかもしれないが引っ込み思案且つ地味で、どうにも彼と親しくなるようなタイプには見えない。

 にも拘らず、たった十日で失敗する吉岡を助けるさまに見慣れてしまうくらい、彼等はいつも一緒だ。

 そういう外見で人を判断しないところも富岡の人柄の良さかも知れないが、みやかからしても不思議な二人ではあった。




【その3・謎の剣士さん】


 そして、やはり一番気になるのは、彼だろう。


「じいちゃんじいちゃん、なんか女子にすっごい見られてるぞ?」

「なんだと、まさか葛野もリア充側だというのか? こんないかつい面してんのに」

「いや、残念ながらそういった艶っぽいものではないな」

「相変わらず若さの足りない物言いするなぁ葛野って」


 口裂け女を斬り伏せた謎の剣士は、クラスの男子四人で集まって弁当を食べていた

 なんか、普通に高校生してる。当たり前のことが奇妙に感じられるのは、あの夜の印象が強すぎるせいだろう。


「どうした、なにか用か?」


 じっと見ていたのはこちらなのに、見つめ返されると慌ててしまう。

 中学時代は仲のいい男子なんてほとんどおらず、苦手という程ではないが、男の子相手だと今一つ勝手が分からない。


「あ、えと。そういうつもりじゃ」


 否定しようとして、しかし思い直す。

 あの夜口裂け女を斬り伏せた謎の少年。同じクラスになって十日経ったが、彼とはまともに話せていなかった。

 けれど、口裂け女やNNN臨時放送のこと、それらと相対し討ち果たした彼が何者なのかも、ずっと気になっていた。

 

「……ううん。ごめん、葛野君? あの、聞きたいことがあるんだけど」


 だからみやかは勇気を振り絞ってそう言った。

 正直に言って、命の恩人とはいえ、葛野甚夜はかなり怪しい人物だった。

 刀を持って戦うだけでも十分一般から逸脱しているというのに、更に相手は都市伝説の化け物。彼はみやかの理解の範疇にはなく、こうやって不用意に近づいていいものなのか微妙なところである。

 だとしても、分からないことを分からないまま放置しておくというのはどうにも気持ち悪い。

 それに、少なくとも彼はみやか達を庇いその命を救ってくれた。ならば悪いことにはならない筈だ。

 そう自分に言い聞かせ、なんとか口にした問い。甚夜はそれを受け、何やら考え込んでいる。

 

「聞きたいこと……確かに、一度話しておくべきか。姫川の娘、放課後は空いているか?」


 その時間は長かったのか短かったのか、緊張のせいか感覚はあやふや。しかし顔をあげた彼の方からそんな提案をしてくれたことで、ふっと肩から力が抜ける。

 気が抜けたせいか上手く言葉を返せそうになく、こくこくと何度か首を縦に振って答えて見せる。


「そうか、ならば少し時間をくれないか? 朝が……梓屋も、一緒に」


 それはつまり、あの都市伝説について説明してくれるということに他ならない。

 今度はしっかりと、彼の目を見て頷き、肯定の意を示した。








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