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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
【番外編】続く常春(一話完結型)
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おかえりなさいませ!

 アシュレイが第三皇子(キャデラック)の近衛隊に入隊して一年と少し経ち、ようやく仕事に慣れてきた頃。


 トラブル処理が長引き、王城に二泊になってしまったアシュレイは、夕方前に帰宅の許可が出て少々浮かれ気味であった。

 今日は早く帰れる、と家に連絡を入れ、最近当たりがすっかり収まってきた部下達に指示を出して帰宅の準備をする。


 急げば店が開いている時間だ。帰りに土産でも買っていこう。

 ジェーンには花、シシーには絵本、メアリには玩具、使用人達には甘い菓子……と、考えているところで、アシュレイに対抗意識を抱いている隊員に捕まってしまった。

 どうやらアシュレイと手合わせしたいらしい。お貴族のお坊ちゃんらしい長ったらしい口調で言われたアシュレイはげんなりした。


 近衛隊に入って三ヶ月ほどはこういうことが多かったが、最近はとんと少なくなっていたのに、目の前の男だけは一年たった今でもこのように絡んでくるのをやめない。


『素直に隊長という肩書きを貰っておけば、こういう面倒なことはなかったんだよ〜?』

『だから言ったじゃーん』

 と言う、イマジナリーなコーエン&キャデラックの言葉が脳内で聞こえるようだ。うるさい。


 だが、そんなことをしたら、アシュレイは将来、部下の気持ちの分からない隊長になってしまう。そんなのは嫌だ。

 それにコーエンだって最初は下っ端の騎士から今の座まで自力で上がったのだ。

 アシュレイも先輩のように末端から上を目指したい。


 手合わせを願ってきたのは、伯爵家の次男で、アシュレイと同じ年齢の同期入隊の男である。

 また、婚約破棄を繰り返しており、最近その記録を更新した男でもある。


 執務室で、入隊時からアシュレイに好意的だった隊員に『家族に土産を買って帰る』と話し、お勧めの店を教えてもらっていたのだが、その場に彼もいたようだ。


 つまり、この「手合わせを願う」は嫌がらせである。


「今日は少し都合が悪い。明日にしてもらえないか」


 アシュレイは一応言ってみた。

 ダメで元々、という気持ちで。


 しかし、ダメ元だと予想している通り、これまた長ったらしく丁寧な言葉遣いで却下された。

 アシュレイの『いかにも早く帰りたい』という雰囲気が漏れ出る言い方も拙かったのだろう。



 結果、アシュレイは同期の男と手合わせすることになった。





「ただいま」


 アシュレイの帰宅は予定より三時間も遅れてしまった。


 簡易式の個人の手合わせではなく団体戦での本格的な試合になってしまった為、時間が伸びたのだ。

 加えて、男はアシュレイとの対決を別の者を割り当てた。アシュレイより十以上も下の少年を。

 相手が言い出しっぺの同期の男ならば二秒で片を付けるつもりだったが、相手が違うのではそれもできない。

 しかも、アシュレイのチームメンバーがアシュレイ以外、年若い十代の少年ばかり。

 見るも無惨に大敗することは、試合前より明らかであった。


 ……結果は予想通りだった。

 それも試合時間を長引かせての。


 アシュレイは早く偉くなって、こういったことをなくそう! と、決意した。

 が、冬は日が落ちるのが早い。団体戦が終わって見上げた空はすっかり暗くなっていて、思わず溜め息が出た。


 しかし、自信を失くした少年達を放ってもおけず、一人ひとりにフォローすることにした。

 偏見のない素直な若い子達はアシュレイの言葉に頷いて顔を上げた。


 芽を摘むことがなくよかった、と思う。ほっとした。

 思うが、『早く帰れる』と連絡しておいてこれだ……。


 当然、もうとっくに店は閉まっているだろう。


 アシュレイはにやにやと笑う同期の男に背を向け、曲がり角で死角になった途端に一目散に厩を目指した。


 からの、


 ジェーンの「おかえりなさいませ!」である。

 申し訳無さも吹っ飛ぶ可愛さだ。……いや、吹っ飛ばしてはいけないのだが。


「ごめん、早く帰れると言っておいて」

 緩く抱き締めて帰宅時間が遅れた謝罪をする。


「いいえ。でも、何かあったのかと心配しました」

 と言って胸を押さえるジェーンの仕草に頬が持ち上がるのを感じた。


「ん?」

「どうかされました?」

「ああ、いや……」


 髪型かドレス、もしくは化粧が普段と違うのだろうか?

 いつもより可愛い妻をじっと見て何が普段と違うのか探したが分からない。

 こっそりノラに聞いてみようか……。

 ここまで考え、アシュレイは何か物足りないことに気が付いた──気疲れしていたせいで気が付くのが遅れたのだろう。


 それは、クラークソン家の小さなお姫様達のことである。


「子供達は?」


 アシュレイが問うと、ジェーンは楽しそうに「ふふ」と笑ってから「アシュレイ様を驚かせようとあちらの柱の後ろに隠れているのです」とこっそり耳打ちで教えてくれた。


 なるほど。だから、先ほどからココが柱に向かってうんうんと頷いたり、微笑んでいるのか。


 アシュレイは納得した。


 蔦柄の白の柱の影から『わあっ!』と言って出てくるのだろう。

 想像の段階なのに、もう可愛い。


 これはミッションである。

 アシュレイは、大いに驚かなければならない。


 アシュレイは「着替えてくる」と少し大きめの声で言って柱の横をゆっくりゆっくり通過した。意識しなければすたすたと通過してしまうので。

 

 そして、


「くまー!」と言う二つの声と共にアシュレイの足元に、小さなふわふわもこもこが二つ突撃してきた。


 アシュレイは本気で驚いた。


 小さなふわふわもこもこ──その正体は、くま耳帽子とポンチョを合わせたような服を着たシシーと、くま耳カバーオールを着たメアリだった。

 すぐにしゃがんで目線を合わせると、ふわもこ達が笑顔で「くまくま」言いながら、アシュレイにぎゅぎゅ〜っとくっ付いてきた。


 ここでアシュレイは『もしや』と思った。

 シシーとメアリは熊の鳴き声を『くま』だと思っているのかも知れない、と。

 いや、そうに違いない。


「かわ、んんっ、びっ、くりしたなー……」


 想像以上である。


 アシュレイの言葉に、シシーが「やったー!」と言ってアシュレイの太ももによじ登り、「びっくりしたですか?」と得意げに聞いてくるので笑ってしまった。

 メアリはシシーの真似をしたいのか、アシュレイをじっと見上げてきたのでシシー同様に足の上に乗せてやる。そのおかげかは不明だが、機嫌が良さそうでぴとりとくっ付かれた。


 ただただ、ひたすらに可愛いふわもこ達である。

 そんな癒されているアシュレイに「にいさま、あのね」とシシーが見上げる。


「ん?」

「きょうのごはんね、ちーずと、とりさんの、しゅしゅめるるです」


 シシーが言い終わると同時にメアリが「くま!」と叫ぶ。


 シュシュメルル……? そんな名前の料理あったか? と思ったが、アシュレイはシシーの言葉にそのまま頷いた。


「そうか、美味そうだなあ」


 そして、「くまくま」言っているメアリに、同じ言葉を返す。

 メアリは最近ようやくお喋りをしてくれるようになったのだが、メアリが聞いたことのない単語を話すとアシュレイは嬉しくなる。

 ちなみに『くま』は、アシュレイにとっての『メアリの初単語』なので嬉しい。


「はいっ! おいしかったです! あっ……!」

「どうした?」


 首を傾げるアシュレイに、シシーは言う。


「……しゅしゅめるる、ししー、あじみしたです。いっぱい……したです」

「あははっ! いっぱいかあ。大丈夫、怒ってないよ」


 ごめんなさい、とだんだん声が小さくなっていくシシーをひとしきり笑った後、ふわもこな二人を順番に持ち上げてくるくる回ったアシュレイは、着替えの為に廊下を走った。



 着替えを終え、席に着くとシシーとメアリはくま耳の帽子を脱いでいた。

 もっと見たかったので、食事が終わったらもう一回被ってほしいと言うと、シシーにとっても喜ばれた。メアリはよく分かっていなそうだったが、にこにこしていた。


 食事には、カマンベールチーズとチキンのシュクメルリ(しゅしゅめるる)が出された。

 料理を説明する料理長が真面目な顔で、「今日からこちらの料理は『シュシュメルル』になりました」と言ったのだが、ジェーンの笑いのツボを刺激したらしく、彼女は料理長の口から『シュシュメルル』という単語が出る度に笑っていた。


 食事後には『くまちゃんダンス』なるものを見せてもらうことになった。


 アシュレイがソファーに腰掛けたところで、とことこ手を繋いだふわもこが登場し、ダンスが披露された。

『子ぐまちゃんが飴を買いに行って、お家に帰ってお風呂に入って寝る』といった意味の歌付きのダンスで、途中からメアリはジェーンに抱っこと手を伸ばしたので、シシーのみのダンス披露会になった。


 アシュレイはメアリの小さな手に小指を握られながら、シシーの調子っぱずれな歌とダンスに心が癒やされるのを感じた。




「二人のお洋服はアンナさんが作ってくれたんですよ」


 二日ぶりの夫婦二人きりの時間に、「どこで買ったんだ?」と尋ねたアシュレイへのジェーンの返事である。


 ジェーンはアンナをいまだに『さん』付けで呼ぶ。アシュレイが、母親のような人と紹介したせいらしい。

 怒った顔をしようとして失敗したアンナに『まったくぅ』と言われたが、一度言われたきり何も言われてないので放っておいている。


「そっか、アンナが作ったのか……」

「? どうかされました?」

「ああ、いや、売り物ならもっと買ってやろうかと思って」

「ふふ、可愛いですものね。もう何着か頼んでみましょうか? 縫い物が得意なメイドもいるので、アンナさんだけに負担がかかることはないですし」

「じゃあ、頼もうかな」

「今度はどんな動物にしましょうか……。私がアンナさんに頼んでおきますけど、リクエストはありますか?」

「リクエスト……」


 アシュレイはベッドのヘッドボードに寄りかかっていた体を起こし、ジェーンの顔を覗き込み、じっと見ながら「くま? ……いや、うさぎか? リス……違うな、猫だな」と、呟く。


「わあ、猫ちゃんですか? 可愛いでしょうねえ」


「…………うん」──コニー経由で頼もう、と思ったところで、何考えてるんだ! と自分を叱咤した。


 シシーやメアリのように凝らなくてもいい。耳さえあればいい。などと真剣に考えてしまったことへ罪悪感が生まれる。

 幸いなことに純粋なジェーンは、猫耳な妻を想像している夫に気が付いていないが、こんな妄想を彼女に知られたら、嫌われてしまうこと必至だろう。


 ──きっと、疲れているのだ。だから、自分はこんな変態的なことを考えてしまうのだ。


 アシュレイは目をぎゅっと閉じてから少しだけ呻いた。


「アシュレイ様? ……どうかされました?」

「……いや、何でもない」

「……お疲れですか?」

「うん、でも、大丈夫。今日はとても癒やされたから、また頑張れそうだ」

「分かります。シシーもメアリも可愛いですからね。私もとっても癒やされてます」


 ジェーンがふわりと笑んで、下ろしている髪がさらりと揺れて花の匂いがした。


 化粧も取って、露出の少ない夜着なのに、やはり可愛く見える。

 そういえばノラと話す時間がなかった。明日コニー経由で聞いてもらおう。

 なんせ、アシュレイは女性のお洒落に疎い。自分の為にしてくれた努力に気が付けない朴念仁だ。……だめだめなアシュレイはただ可愛いということしか分からない。

 でもせめて、ジェーンが可愛いということは伝えておきたい。

 コーエンとエリーからも、『言えるなら言え』と強く……それはもう強くアドバイスされている。


「ジェーンも可愛いよ」

「……えっ!??」


 さらりと言えたと思ったら、顔を赤くしたジェーンにつられて急激に耳や首に熱が集まった。


「まったく、これだから俺の奥さんは……」


 アシュレイは自分の赤い顔を見られる前に、ジェーンの視界を塞いでからそのまま押し倒した。









 二年後。


 アシュレイは近衛隊の隊長に昇格した──満場一致の賛成で、隊長格の推薦者の数が二桁で、反対数はわずか一桁であった。


 そのわずかな反対者も、今では隊長のアシュレイに嫌がらせはできずに肩身が狭い。


 その様子を近くでずっと見ていた、かつてアシュレイに助けられた元新人の男は、憧れの隊長殿に『頑張れる理由』を思い切って聞いてみたのだが……。


「猫が可愛かったから……ああ、じゃなくて……」


「猫? 隊長の家では猫を飼っているのですか?」

「いや……飼ってない。今のは忘れてくれ……すまん」

「ええ?」



 返ってきた答えに、元新人の男は首を傾げ、どういうことか詳細を聞いたが、それははぐらかされた。



 そして、空咳をした憧れの隊長からは「家族のおかげで頑張れる」という模範解答(テイクツー)が返ってきた。

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