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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
【番外編】続く常春(一話完結型)
39/43

旗なんてなくても

 本日は隔年で行われる王国中の剣士達の腕試し大会だ。


 昔は騎士のように立場が確立していない者達の為の大会だったらしく、お行儀のいい正騎士の奴らよりも傭兵上がりのおっさんの方が強かったりもする、そんな大会だったそうだ。


 が、この大会にあのアシュレイ・タウンゼント改め、アシュレイ・クラークソンが参加してから、騎士の参加が増えた。

 そして、彼が四回出場中、四回優勝していることも大きい。


 彼は、戦争で王国を勝利に導いた平民上がり英雄で、それによる恩恵を王から受けているのだが、逆に言えば彼には『強さ』しかない。

 なので、この大会で強さを見せて、自分に価値をも王に見せつけているのだろう。


「策士だな……」


 そして、英雄に勝てれば、それはつまり王国で一番の強者は自分である。


 そんな野望を持ったギラギラした男達の視線を集めている英雄は、殺気なんて微塵も感じさせない余裕の笑みで観客席に向かって手を振っている。


 英雄の目線の先には……え? 公爵家一同?? え? なんで????


 デューウィーが目を凝らして見てみると、英雄が手を振っているのはわちゃわちゃしている子供達だった。

 金髪の整い過ぎている子供は、公爵家の末っ子だと思うのだが……顔立ちが似ている茶髪と黒髪の女の子は、もしかして……?


 あれ? でも、三年前に結婚した彼にあんな大きな子供がいただろうか???


 そんな頭の中が疑問符だらけのデューウィーは、あれれ〜? と思いながらトーナメント戦の二戦目で見事に敗戦した。とほほ。


 ……言い訳をさせてもらうならば、対戦相手のオブライエンは卑怯にもデューウィーに砂をかけて目潰しをしてきたのだ(言い訳)。



「手応えなさ過ぎ。お前、騎士やめたら?」


 控室で自分に勝ったドヤ顔のオブライエンに馬鹿にされまくっていると、控室に英雄が入ってきた。


 ──こんな近くで英雄が見られるなんて! 握手したい!


 彼は当然、余裕で二回戦突破している。

 試合は見ていないが、張り出された表に彼の対戦相手の名前の横に控えめな(バツ)を書いているのを見て、すぐに分かった。

 ちなみにデューウィーは、卑怯者オブライエンにでっかいバッテンで名前を潰されて、心理的に涙目だ。

 あんな大きく書くことある?


「おい、敗者が長居してんじゃねえよ」

 退散しようした矢先に、オブライエンに言われた言葉だ。


「とっとと出ていけよ、負け犬」


 オブライエンに肩を押され、ムッとする。

 嫌味を言って退路を断ったのはそちらではないか。

 ……しかし、敗者がデューウィーというのは事実。


「待って。君、名前は?」


 デューウィーが控室のドアを開いたところで尋ねられ、振り返るとオブライエンが元気よく、「グラント・オブライエンだ!」と自信満々に答えていた。


 どうやら、英雄がオブライエンに名前を聞いたようだ。

 待って、と言われたので、自分にされた問いかと思ってしまった。

 恥ずかしい。英雄がデューウィーの名前なんて聞くはずもないのに。


「違う、君じゃなくて……君。名前と所属は?」


 英雄の手がデューウィーの肩に置かれると、デューウィーの「えっ」とオブライエンの「はあ?」が綺麗に重なった。


「わ、私はシュネッツァー領、」

「そいつは、地方(いなか)の第十八隊の弱小騎士だ! そんでもって、そいつに勝ったのは俺、グラント・オブライエン! 英雄殿、名前を聞く相手を間違ってないか?」


 ひっでえ。デューウィーは思った。

 そんな大声で言うことないじゃないか。しかも、言葉を遮ってまで言うなんて。


「シュネッツァー領……タプスコット卿の出身地だな」

 マジで泣いちゃう五秒前のデューウィーに、英雄が言う。


 オブライエンの言葉をガン無視しているが、いいのだろうか……。


「は、はい。昨年までは同じ隊でした。せんぱ、いえ、タプスコット卿にはとても良くしてもらっていました。……遅ればせながら、シュネッツァー領、第十八隊所属、デューウィー・ストゥルースと申します」


 バスター・タプスコットは前回の大会で準々決勝まで進んだ大金星で、昨年の春に王后付きの親衛隊に任命されたシュネッツァー領出身の大スターだ。

 そして前回、タプスコットが準々決勝で試合したのが、今デューウィーの目の前にいるアシュレイ・クラークソンである。

 残念ながら今年の大会に先輩(タプスコット)は出場していないが、前回行われた二人の試合は決勝戦よりも盛り上がり、今でも話題に上がる。


「第三皇子近衛騎士隊隊長、アシュレイ・クラークソンだ」


 存じております!


「ストゥルース卿の内面が表れた真っ直ぐな剣筋をしていた、見ていて気持ちが良かったよ」

「あ、ありがとうございます!!」

「再来年、またここで会おう」


 すっ、と手が差し出され、デューウィーは「はい!」と大きな声で返事をして彼の手を握った。


 厳しい鍛錬を積んだであろう彼との握手を、デューウィーは一生忘れることはないだろう。






「デューウィー様……」


 つい先日、婚約式を行い婚約者になったリサの待つ観客席に向かっているところで、彼女が迎えに来た。

「お疲れさまでした」と言う彼女は、気不味そうだ。デューウィーも非常に気不味い。

 だって、『絶対に勝つから!』と宣言した結果が二回戦敗退なので。


 有り体に言うと、クソだっせえ。


「リサ嬢に勝利の旗をあげたかったんだけど、負けてしまった。本当は旗とメダルを渡して、君に告白したかったんだけど……」

「え」


 優勝者以外にも第十位まで授与される旗とメダル。デューウィーはそれをリサに渡したかった。

 これでも地元では強い部類で、タプスコットがいなくなった隊では一番強かった。


 だから、自惚れていた。

 勝てると思っていたのだ。


「婚約式の時にプロポーズしなかったのは……今日、言いたかったからなんだ。王都まで呼びつけておいて……格好悪い婚約者で、ごめん」

「そんなことありません! 格好良かったですわ!」


「ありがとう、でも再来年の試合こそ、」

 絶対勝つからずっと一緒にいてほしい、と続くはずの言葉が「旗なんてなくてもいいのです!」と言う珍しく焦ったリサによって遮られる。


「旗なんてなくても、私はデューウィー様をお慕いしております!」


 リサは地元で一番大きな商会の娘で、美人で有名な会長自慢のご息女だ。


「……え……え? ええ? 本当に……?」


 婚約の話を貰った時、デューウィーは『たちの悪い嘘はやめろよ』と言って、両親の言うことを信じなかった。


「本当です! わ、私がお父様に切願してやっと結んだ縁ですもの。デューウィー様は覚えていらっしゃらないでしょうけど──」


 結婚しても旨味のない男爵家の四男を選ぶ理由を、今更知ったデューウィーの顔がカッと熱くなる。


 ──二年前、当時十八歳になったばかりのデューウィーは泥濘(ぬかるみ)に嵌った馬車を助けた。

 そのせいで王都の騎士になる試験時間に間に合わず、地元のシュネッツァー領の騎士になった。


 その後、お礼をさせてくださいという手紙を二回貰い、二回とも丁重にお断りした。

 付き人と御者と護衛の男としか口を利いていなかったので知らなかったが、どうやらあの馬車に乗っていたのはリサだったらしい。


「でも手紙には『カーハート』って……」

再従兄弟(はとこ)の名前を借りました」

「え、どうして?」

「……は、恥ずかしかったから、です」


 は? かわ……じゃなくて、確かに当時十五歳の少女が話したこともない男に手紙は恥ずかしいだろう。祖父母世代には、はしたないとされる行為だ。

 まあ、デューウィーならば、女の子から手紙なんて貰ったら額に入れて飾る。

 ──領に戻ったらさっそく額に入れて飾ろう。


「俺、リサ嬢に初めて会った時、『この子だ!』って思ったんだ」

「『この子だ』?」

「うん、『俺、この子のことすっげえ好きになるな』って。で、そうなった。だから、リサ嬢にも俺のこと好きになってほしいと思ってたんだ」

「……あの、もう大好きですけど……」

「あー! 可愛いっ! 好きだ!」


 赤い顔のリサが可愛くて堪えきれずに抱きしめる。


「ひゃっ」

「リサ、俺と結婚して!!!」

「よ、喜んで……」


 リサの返事に舞い上がっていると、どこぞの騎士の応援にやって来た家族一行が通り過ぎたのか、「なかよしだねえ」「なか()()ねえ!」「しーっ。二人共、邪魔しないの」というちびっ子達のお喋りが聞こえてきた。


「なか()()! なか()()!」

「メアリ。しーっ、だってばっ」


 視界の端に、ぴょこぴょこ足を進める黒髪の女の子を真ん中にして歩く、既視感のある金色と茶色の小さな頭が二つ映った。





 せっかくの王都の大会なので、デューウィーはリサに説明をしながら試合を見ることにした。

 せっせとメモを取りながら聞いているリサの姿にキュンとなる。可愛い。


「出たわね、グラント・オブライエン」


 むむむっと眉根を寄せるリサは、デューウィーに砂をぶつけたオブライエンが大嫌いになったようで、四回戦に出場した彼を膨れっ面で見ている。そんな顔も可愛い。


「お相手は……クラークソン様? ですって。デューウィー様、この方はお強いのですか?」

「うん、めちゃくちゃ強い」

「先ほどの試合で、グラント・オブライエンはお相手の怪我をしている肩ばかり狙っていました。顔に砂もかけてましたし……大丈夫でしょうか?」


 大丈夫と言いたいが、オブライエンは卑怯な男だ。


 控室で英雄に恥をかかされた奴が凄まじい顔で舌打ちをしていたのを思い出し、デューウィーは無言になってしまう。


 しかし、そんなデューウィーとリサの心配は全くの杞憂だった。


 始めの合図のラッパの音が鳴り終わると同時に、オブライエンの手から剣が離れたのだ。

 大会始まって以来、一番短い試合に会場が沸く。

 まさに目にも留まらぬ速さ。剣を握ったことのないリサは「どうして剣があんなところに刺さっているのかしら?」と首を傾げている。


「クラークソン卿が、オブライエンの剣を弾いたんだ」


 そして、審判も観客もいない真後ろに剣が刺さるようにした。


「まあ! 見えましたの?」

「うん。俺、目はいいんだ」

「ふふっ、目()、ですよ?」

「……ありがとう」


 きっと、彼は多くの試合をあのように終わらせることができる(ひと)なのだろう。

 だが、若い騎士の心を折らない為に……。


「はあ、格好良いな、あの(ひと)


 デューウィーが呟くと、リサが「あなたの方が格好良いですわ!」とむきになって言ってきた。


 再来年こそ、この子のために旗を取ろう。


 デューウィーは強い決意を胸に、歓声を浴びる英雄に大きな拍手を贈った。







「アシュレイがあんな勝ち方するの珍しいね」


 コーエンの言葉だ。

 どうやらこの言葉を言う為に、権力を行使して控室に来たらしい。


 アシュレイは少しだけ考えるふりをして、「ムカついたので」と答えた。


「あははっ、やるじゃ〜ん! そういえばさあ、今年も優勝旗はジェーンに贈るの?」


 勝つ前提の質問を控室で、しかも大きな声で言うのはやめてほしい。


「はい、約束しましたから」


 そう言って、アシュレイはグラント・オブライエンの名前の上に大きな✕を書いた。


「アシュレイ、優勝してね? 誰かに同情して勝ちを譲ったりしないでよ?」


 ──英雄の策士担当ことコーエンの言葉に、アシュレイは「分かってますよ」と返した。

コーエン・バンクス(アラフォー☆)

アシュレイ・クラークソン(二十九)

カイル・バンクス(八){しーっ!

シシー・クラークソン(七){なかよし

メアリ・クラークソン(二){なかおち!

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