ほっぺた、がぶっとするよ
「りょうりちょ、できたよ」
こねこね、まるめて、くっつけて。小さなお手々が形成し出来上がったのは、丸を三つ使って作った『くまちゃんパン』(シシー命名)だ。
「て、天才だああああっ! うおおおお!」
大柄な料理長アンソニーがパチパチと拍手を送るのはクラークソン家の天使ことシシーである。
「ししーがつくった」
「天才過ぎます……っ」
「ししー、てんさい?」
「天才ですとも! 早速焼きますね!」
アンソニーの反応は大袈裟なものではない。だってうちのお嬢様は天才だもの。
その証拠に愛すべき得意顔でぷぴっと鼻を鳴らしているお嬢様に、ちらっと様子見に来たであろう執事も珍しく優しい顔をして見守っている。
「お嬢様」
「あ! こにー! みて! ししーがつくったの」
「お嬢様は、形成が上手ですね」
「けーせーってなあに?」
「形成とは、形づくることを言います」
最近、コニーは敢えて難しい言葉を使ってシシーに質問させるようにしている──
「ふうん?」
──ただし、シシーが理解しているかは微妙であるが。
「お嬢様? くまは分かるのですが、」
「くま、ちがう。くまちゃんっ!」
「失礼しました。……くま、ちゃん……は分かるのですが、これは、何ですか?」
コニーが『これ』と言って指差したものはくまちゃんの顔ではなく、六つの丸の塊から大きさの違う丸が四つくっ付いているものだ。
……いや、聞かなくても何となく察しは付いている。
これが筋肉質な体を表したものだ、と。
もしかしなくても、くまちゃんパンの体──むきむきくまちゃんパンだ、と。
「にいさまのおなかだよ」
「なるほど」
確かに六つの丸の塊は、腹筋に見えないこともない。
むきむきくまちゃんパンとその横にある一回り小さいくまちゃん(体はない)がジェーンで、更にその隣にあるものがシシーで、更にその隣のできたばかりのちんまりとしたものが、メアリなのだろう。
なぜ、アシュレイだけむきむきくまちゃんパンなのだろう、とは思ったがコニーは「焼き上がりが楽しみですね」とだけ言って厨房から去っていった。
ノラ曰くその日、ぶはっと思い出し笑いで吹き出す執事が居たとか居ないとか……(居た)。
「はい、シシーお嬢様。焼き上がりましたよ」
「わあ!」
「熱いですからまだ触ってはいけませんよ?」
「うんっ」
綺麗に焼けたくまちゃんパン達とむきむきくまちゃんパンに、シシーは嬉しくなってアンソニーの足に抱き着く。
抱き着かれたアンソニーはデレデレ顔だ。
「りょうりちょ、おかお! くまちゃんのおかお、かいて?」
「はい。今はアチアチですから、冷めてから描きますね」──コニーが聞いたら、怒られるような言葉遣いである。
「うんっ」
早く冷めてほしいのか、ふうふうと息を吹きかけるシシーの様子に、ついにアンソニーの強面がだらしなく崩れた。
アンソニーは料理人と言うよりも、一昔前の傭兵のような見た目をしている。
なので、同僚で門番の男に初めましての挨拶で「同業種の方ですよね、所属はどちらで……え? 料理人なんですか?」とか聞かれちゃったし、ぐふぐふ笑ったり奇声を上げる変なメイドにも「その見た目で繊細なデザートとか作るとかギャップ萌えですね〜きゅんです〜」とか意味不明なことを言われちゃうような男だ。
しつこいようだが、見た目に反して繊細なデザートを作れる男アンソニーは、体が資本のアシュレイの為のメニュー、少食なジェーンの為にバランスの取れたメニュー、を考案することに余念がない。
中でもシシーのおやつ、メアリの離乳食には特に力を入れている。
本日作ったくまちゃんパンは大好きな絵本から影響されたものだそうで、シシーにもじもじしながら「えほんのね、くまちゃんのぱん、つくりたいの」とお願いされたアンソニーは二つ返事で了承した。
シシーはなぜか初めて会った時から、アンソニーの顔を怖がらない不思議な女の子で、それどころか「おいしいおやつ、くーだーさーいっ」と言ってくるのだから可愛くって仕方がない。
アンソニーは余った生地で作った一口ジャムパンをはむはむしているシシーに、「どんなお顔にしますか?」と聞き、更に笑みを深めた。
大、中、小、ミニサイズのくまちゃんパンは、シシーによって発表された。
「これが、めーちゃんの!」
ぴ、とシシーの小さな人差し指が指すのは一等小さなくまちゃんパンである。
それからメアリのものより一回り大きいくまちゃんパンが「ししーの」で、シシーのくまちゃんパンより大きい普通サイズのものが「ねえさまの」で、むきむき腹筋が割れているくまちゃんパンが「にいさまのです」だそうだ。
「え、これ、俺の?」
「にいさまのくまちゃんです。かっこいいくまちゃんですよ」
「ありがとう。でも食べるのもったいないな?」
前者はシシーへの言葉で、後者はジェーンへの言葉だ。
ジェーンは「そうですね」とアシュレイに返してから「可愛いくまちゃんはどこから食べたらいいのかな?」と夫に抱っこされてにこにこしている妹のほっぺたをつつきながら問う。
「んとね、ほっぺた、がぶっとするよ」
「そっかあ」
「めーちゃんにもあげる」
「あ……ごめんね、メアリはまだ赤ちゃんだから、もう少し大きくなってからじゃないと食べられないの」
「むう」
「姉様が食べてもいい?」
「……」
「シシーの作ったくまちゃんパン、食べたいなあ」
「…………どのくらい、たべたいの? すごく? ちょっと?」
「すっごぉく食べたい。シシーの作ったくまちゃんパン、姉様にちょうだい?」
「じゃあいいよ、ねえさまにあげるね」
姉妹のほのぼの会話を聞きながら、円な瞳のむきむきくまちゃんと目が合ったアシュレイは、ちょっとばかりたじろいだ。
魚の顔は平気だが、くまちゃんの顔は食べづらい。だって心なしかシシーに似てるから。
だけど……。
「にいさま、くまちゃん、たべないですか?」
「あ、ああ、食べるよ」
眉を下げてこちらを見るシシーに負けて、むきむきくまちゃんのほっぺたにがぶっと齧り付く。
!!!
「……え、苺ジャム?」
くまちゃんの中身の色に思うところがありつつ。
苺ジャムのパンは普通に美味いので「美味い」と言うと、「うまー!」とシシーが笑顔で叫ぶ。
とっても嬉しそうだ。
「シシーはパン作りの名人だな」
「ししー、おっきいおねえさんになったら、ぱんやさんになるですよ」
はて? 大きいお姉さんとは何だろう? と思いながらもアシュレイは「そうか」と返す。
先週は「けーきやさんになるです」と言っていたが……未来に希望があることはいいことだ。
何でもやりたいことに挑戦してほしい。
「それは楽しみだな、一生パンが食べ放題だ」
「えへへ」
そして、期待を込めて「またつくってほしいですか?」と言うシシーに「また作ってほしい」と返したアシュレイは、毎年春の終わりにこのむきむきくまちゃんパンを食べることとなる。
余談ではあるが……このむきむきくまちゃんパンの腹筋が年々リアルに、そして精度を上げることをこの時のアシュレイはまだ知らない。




