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最愛と過ごす常春のこと  作者: ゼン
【番外編】続く常春(一話完結型)
20/43

ラブレターです

 新しい仕事環境に肩を凝らせているアシュレイの息が深く吐ける場所が家だ。


 が。今日はキャデラックに呼び出され、今後のことを話し合い、昔の部下の相談も受けたので帰宅時間がうんと遅くなった。

 帰ってみればもう深夜。

 ジェーンには遅い時間に玄関で待たないように言っているので、アシュレイの出迎えはコニーだけだった。


 もっと早く帰ってくることができればいいのだが、もうしばらくはこの生活が続きそうだ。

 仕方のないことだと己に言い聞かせたアシュレイは、真っ直ぐ子供達の部屋に向かう。

 メアリ、シシーの順番だ。



 メアリはすやすや、シシーはぷすぷすと眠っていた。


 寝顔を見てから、起こさないように部屋を出る──ここ最近は運が良ければ朝の、それも少しの時間しか彼女達の目にアシュレイが映っていない。


「お食事はどうされますか」

「やめておく」


 シシーの部屋を出たところでコニーに問われ、アシュレイは首を振る。

 この時間に腹に何か入れたくはなかったし、一人で食事するのが嫌だった。


「今日も変わりなかったか?」

「いえ、今日は少し『変わり』がありました」


 妙な言い回しをするコニーに首を傾げると、一通の手紙を手渡された。


「シシーお嬢様から、旦那様へのラブレターです」




------------------

にいさま


こにんちわ 私 シシーちゃん

シシー 字の おべんきょ する

お手紙 うれし たのし いっぱい

にいさま シシーに お返事 くだされ

きゅう ココとビルと かくれんぼ した

おやつ 苺のケーキ 甘い 美味しい

メーちゃん ほっぺた シシーより ぷくぷく

メーちゃん 可愛い お利口さん

シシー 良いおねいさん した

明日も 良いおねいさん するぞ


ついつん

にいさま 大好きだぜ♡


シシー・クラークソン

------------------




 若干脈絡がなく、文法やスペルの間違いは目立つが一生懸命さが伝わる文字に、アシュレイは目を細めた。


 端っこに描かれている絵──おそらく、うさぎ……いや、くまか……? もしかしたら猫かも知れない。

 決して上手いとは言い難いが、物凄い癒し効果をアシュレイにもたらしてくれた。


 それに何と言っても、最後の一文が良い。

 何が良いって、()()()()が良い。『追伸』という難しい言葉を使いたかった様子が想像できて微笑ましいし、「大好きだぜ」という言葉には力強さと、シシーの可愛らしさが詰まっている(兄馬鹿)。


「どうしたんだ、これ」


 コニーに聞くと、シシーの新しい勉強法だという返事が返ってきた。


「勉強法?」

「はい」


 コニーが編み出したこの勉強法──『手紙を書くこと』は、思ったよりも上手くいった。


 シシーが手紙を書き、その返事にはちょっとした問題を付けるというもので、シシーはその問題を解き、また返事を書くという勉強法だ。

 この方法はシシーの性にとっても合っていたようで、まだ始めて二日目だがシシーはこの手紙交換にすっかり夢中だそうだ。


「ということなので、シシーお嬢様にお返事をお願いできますか? 手紙の二枚目にはこのテキスト内から多少内容を変えて問題を考えてほしいのですが……」


「わかった」

 コニーから渡されたシシーの問題集をアシュレイは受け取って頷いた。




------------------

シシーへ


手紙ありがとう。凄く嬉しい。

シシーの字が上手で驚いた。絵も愛嬌があって良いな。


隠れんぼ、楽しそうだな。今度一緒にしよう。

それと、甘いものを食べたら歯を磨いて大事にしないといけないよ。


シシーは、とっても頑張り屋でいい子だ。

いつもメアリに優しいお姉さんでいてくれて感謝してる。


俺もシシーが大好きだよ。


追伸、手紙の二枚目に問題がある。

次の返事には答えも入れておくように。

頑張れ!


アシュレイ・クラークソン

------------------






 湯あみを終えて寝室に向かうと、ジェーンが寝ずに待っていた。

 ジェーンはアシュレイがどんなに遅くなろうとも、起きて待っていてくれる。


「アシュレイ様、おかえりなさい」

「ただいま、ジェーン」


 静かに微笑まれ、アシュレイは肩の力がようやく抜けた。



「シシーから手紙を貰ったんだ」

「ふふっ、知ってます。……驚きました?」

「うん」

「シシーの手紙、皆楽しみにしてるんです」

「だろうなあ」

「あの、お忙しいとは思いますがお返事を書いてあげてくれませんか」

「さっき書いた。コニーに頼んだから明日、俺が出た後に渡されるんじゃないか?」

「そうだったんですね、ありがとうございます!」


 心底嬉しそうにジェーンが笑う。


 彼女はとても愛情の深い女性だ。

 優し過ぎて心配になることもあるが、今、彼女の傍にはアシュレイがいるし、家の者達もいるのであまり大袈裟に考えないように気を付けている。

 過保護が過ぎては、コーエンのように(エリー)に呆れられてしまう。まあ、あの二人はそれ込みで仲が良いのだが……。


「ジェーン」


 はい、とジェーンが返事をする前に腕の中に閉じ込めると、すぐに背中に彼女の手が回ってきた。


「……あの、お疲れですか?」


 背中をメアリにするようにぽんぽんとあやされ、アシュレイは素直に「うん」と返す。


 ──アシュレイは疲れている。


 キャデラックの近衛隊に入ったのだが、予想通りの風当たりで常に気が抜けないのだ。

 まるでアシュレイの失敗を望んでいるかのような場所で、隙を見せずに、だが認めてもらえるように振舞うというのは本当に疲れる。


「……あの、あまり無理をしないでくださいね」

「うん」

「私にできることがあったら言ってください」

「うん」


 最近は忙しくてろくに外に遊びに連れて行ってあげられていないのに、ジェーンは不満の一つも言わずにアシュレイに寄り添ってくれる。


「アシュレイ様ったら『うん』ばっかり」

 くすくすとジェーンが笑い、アシュレイはまた「うん」とだけ言って腕に力を込めた。


「本当に何でも言ってくださいね?」

 少し寂し気に言われ、アシュレイは愛妻馬鹿(コーエン)が言っていた言葉を思い出した。


『たまにはジェーンちゃんに甘えなよ。弱い姿を見せたってきっとあの子はアシュレイを見限ったりしないし、むしろ──』


 聞いた時は、馬鹿なと一蹴したが……今この瞬間そうかも知れないと思えてきた。


「本当に何でもいい?」


 無意識に断りを入れることは許さない空気感を纏わせて耳元に囁くと、ぼんっと音が出そうなくらいにジェーンの顔が真っ赤になった。


「……い、いいですよ?」

「ははっ」


 ジェーンに挑むように言われたアシュレイは、なぜかそれが嬉しくて笑ってしまった。


「アシュレイ様の笑いのツボが分かりません」


 拗ねたように言われたが、アシュレイも自分のツボが分からない。

 でもきっとジェーンは本気で怒ってはいないだろう、そう思うほどにアシュレイは彼女の気持ちを理解していた。


「その、欲しいんだ」

「っ、は、はい」

「──ジェーンの手紙」

「えっ!?」

「え?」


 ぽかんとした顔に見上げられたアシュレイは、「何を言われると思ったんだ?」と言ってまたジェーンの顔を真っ赤にさせた。







------------------

親愛なるアシュレイ様


私は今、シシーと一緒にアシュレイ様宛のお手紙を書いています。

何を書こうと考えた時、ぱっと思いつかないものですね。

シシーに偉そうに手紙の書き方を教えていたくせに、いざ自分で書くとなると難しいです。


さて、今日もメアリは可愛かったです。

アシュレイ様はメアリが私似だと仰いますが、笑った顔はアシュレイ様に似ていると思います。

それから、耳の形も似ています。シシーと私の耳の形と、アシュレイ様とメアリの耳の形が違うのですが知っていましたか?

最近、喃語を喋るようになったメアリを見ていると、小さい頃のシシーを思い出します。

今度、ゆっくり聞いてほしいです。


追伸。

さきほどシシーからアシュレイ様のお返事の自慢を可愛らしくされました。

シシーに対抗するつもりは全然ありませんが、あの子よりも私の方がアシュレイ様のことが大好きですからね!


それと、私もアシュレイ様のお手紙が欲しいです。

シシーのお返事のついでにいただけませんか?


ジェーンより、愛をこめて

------------------




「旦那様、顔が……」


 緩んでますよ、とコニーに言われアシュレイはいかんいかんと顔を引き締める。


「返事は今書かれますか?」

「ああ」


 ジェーンを長く待たせてはいけないと、アシュレイはペンを握った。

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