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後日談

(注) ラブ過多です。

 オーウェンは悩んでいた。

 ステファニーが家に帰ってきて日常に戻ったものの、未だに本当の(・・・)夫婦にはなっておらず、清い関係のままなのだ。


 オーウェンの方は関係を進めたくてちょっかいを出しているが、ステファニーにはどうも響いていない。さらに、夜に彼女の話を聞いていると、とにかく眠たくなってしまう。あの不眠の日々が嘘のようだ。


 ひょっとするとステファニーは元修道女ということもあり、閨の知識に乏しいのではないかとも考えた。ただ、結婚式の夜は何かあるのではないかと考えてはいたようで、緊張した面持ちだったことを覚えている。

 それにあの修道院にいた修道女や、保護された女性たちは極めて俗っぽかった。ここで育ったら耳年増になりそうだなと感じたのだ。まるで知識がないということは考えづらい。


 それから、オーウェンが懸念していることはもう一つあった。

 ステファニーから好きと言われたことがないのだ。


 一度は騎士に連れられて出て行き、しかし修道院に迎えに行って一緒に帰ってきてくれたのだから、嫌われてはいないはずだ。

 ただ、騎士の元や修道院にいたくないからという消極的な理由でオーウェンの元に帰ってきた可能性もある。もしそうなら、とてもショックだ。


 ステファニーに、自分をどう思っているか、なんて聞くことはできない。

 どうせ欲しい答えは返ってこないし、また訳の分からない例えをされて悩む羽目になることは目に見えている。

 しかしこのまま茶飲み友達のような関係性でいるわけにはいかない。なんとか打破せねば。



 オーウェンは夜、寝台に入って本を読んでいるステファニーに思い切って訊ねた。


「ステファニー、私のことを好きか?」


 ステファニーは読んでいた本から顔を上げてオーウェンをきょとんと見た。


「ええ」


 特に表情を変えず、あっさりと返事したステファニーに拍子抜けする。意味がきちんと伝わらなかったのだろうか。


「で、でも、私はステファニーから好きと言われたことがない」

「私もオーウェン様から好きと言われたことありませんよ」

「えっ」

「好意を持ってくださってるのかを訊ねて、そうだと言われたことがあるだけです」


 そうだっただろうか。オーウェンは頑張って思い出そうとした。確かに、そうだったような気がする。そうだ、鶏小屋の前で初めてキスした時だ。

 オーウェンは自分の不甲斐なさに頭を抱えたくなった。好きだと言ったこともなかったなんて。


 それから咳払いをして、寝台の上で居住まいを正し、正座してステファニーに向き合う。


「ステファニー」

「はい」

「……一度は騎士についていく選択をしたあなたが、うちに帰ってきてくれて本当に嬉しい。あなたのことが大好きなので、願わくば同じ気持ちを返してくれたら嬉しいのだが、あなたはどうだ」


 真剣な顔をして話すオーウェンを目を丸くして見つめてから、「ええ、はい」とステファニーは答えた。

 ――自分の意気込みに対して反応が軽すぎないだろうか。


「……私は真剣なんだが」

「ええ、私もオーウェン様のこと好きですよ。強引に決められた結婚だったのに、気の合う相手で本当に運が良かったです」


 満足そうに話すステファニーはやはり自分と温度差があるような気もするが、まあいい。少なくとも好意を持ってもらっていることは確認できた。


 そのまま布団の中になだれこもうと、オーウェンがステファニーの肩に手をかけたところで、ストップがかかった。


「ちょっとすみません、寝るのは待ってください。この本、良いところなのでキリのいいところまで」

「は?」


 確かに、さっきから真剣に本を読んでいた。オーウェンが寝ようとしたためスピードアップを図ろうとしているのか、食い入るように本を見つめている。


「……何を読んでいるんだ?」

「書庫で見つけたんですけどね、この地域の農業についての研究をまとめた本みたいで。多分二代ほど前の伯爵の時代だと思うんですけど、気候と土壌の関係から生産しやすい作物を検討した履歴が載ってるんです」

「はあ」

「ほら、鉱山が閉山した後になにか新しい産業の種になりそうなものはないかしらと私も色々考えているんです。あの、キノコ蔵みたいに新規の取り組みができないものかと思って」


 猛烈な勢いで話しながらもステファニーの目は文章を追っている。よくもまあ、本を読みながら話ができるものだとオーウェンは感心した。彼女の頭の中はどうなっているのだろう。


「うーん、元々、農畜産がメインだったんですよね。もっと他のものに目を向けるべきなのかしら……」


 少しの間、読みながら話していたステファニーだが、キリのいいところまで読み終わったのか、息をついて本をパタンと閉じた。


「遅くなってすみませんでした。で、なんでしたっけ?」

「……いや、うん、寝よう。おやすみ」


 妻が領地の将来について真剣に考え、悩み、調べ物までしてくれているのに、領主である当の自分の悩みといったら、なんて浅はかなんだろうと、オーウェンは恥ずかしくなってしまった。

 明かりを消した後も、ステファニーは領地の将来について話をしている。ありがたいことだ。彼女がいてくれるから自分は領主として頑張れるのだ。


 その日はオーウェンの当初の目論見から外れ、二人は農畜産の話をして寝た。



 ♢



 崇高な気分になって話を終えて寝てしまったオーウェンだが、次の日の朝、これではいけないと考え直した。領地の将来が重要なのは当然だが、自分たちの関係だって大切だ。

 ステファニーのペースにのまれているとなにも進まない。しかし彼女と喋っていると、気が抜けてしまうのも確かだった。

 もういい。時間はたっぷりあるのだ。長期戦で臨もう、とオーウェンは半ば諦めの気持ちになっていた。



 しばらく経ったある日、伯爵家の遠縁の男性が訪ねてきた。彼はアダムといい、領地の端の方で農地を経営している老齢男性だ。

 父の代の頃から思い出したように訪ねてきては、好きな話をして、嫌味を放って、茶を飲んで帰って行く。

 ステファニーが嫁いできてからはこのように個別に訪問してきたのは初めてだ。そのため彼女を紹介したものの、彼はステファニーを上から下まで眺めて「ふうん」と呟いた。


 昔からそうだ。

 彼は過去には、好きに勉強していた次男坊であるオーウェンを「伯爵家の穀潰し」と評していた。

 鉱山運営が始まる前は領地の主要産業であった農畜産を支えていた人物でもあり、今も多くの雇用を抱え、守っている。そのため、ないがしろにすることもできず対応していた。

 父も、そのうち代替わりするから適当に聞き流すようにと言っていたのだが、意外としぶとい。


「それにしても、悪名高い前国王の姫となると大丈夫か心配ですな。伯爵家の資産を食いつぶすのではないかと」

「ご心配には及びません。妻は領地のことをよく考えてくれています」


 前国王の娘ではあるが、ステファニーは嫁いできてからの行いで領民からは好感を持って受け入れられている。しかし、やはり反感を持つ者も中にはいるのだ。


「まあ、どんな姫でも、とにかくまともに後継を産んでくれさえすればそれで良いですがね。幸い、健康そうですし」


 ステファニーはアダムの発言に目を丸くして彼を見つめた。

 くそう、デリケートな問題なのに余計なことを、とオーウェンは心の中で毒づいた。

 面倒な来客であることはステファニーにあらかじめ伝えてあったのだが、彼女がどう感じるかと不安になる。


 それからアダムは出された茶をすすると、熱そうに顔をしかめた。


「見たところ姫とは思えぬ地味なご様子。浪費家でないのは結構ですが、あまりに地味なのもそれはそれで、降嫁されたありがたみも少ないですな」


 まずい。ステファニーは貶されたりバカにされたとしても、性格上、ショックを受けて涙を流すような女性ではない。

 この場合、心折れる痛烈な皮肉か、目の前の熱々の茶か、またはその両方を相手に浴びせる可能性がある。


 オーウェンは遠縁の年寄りを妻から守るため、片手を妻の手に添えて、口を開いた。


「子は授かりものですし、私は妻と仲良く暮らせればそれで良いと思っています。妻は頭の回転も早く優秀ですし、幸い、私の周りには貴殿も含めて頼りになる人間もたくさんおりますから心配ありません」


 回答はとりあえず及第点だったらしい。アダムはそれから少しばかり世間話をして帰って行った。


 アダムを見送り、やれやれ、ようやく帰ったと息をついて部屋に戻ったオーウェンだったが、ステファニーがいない。

 庭に出たのかと探すと、鶏小屋の前でしゃがんで鶏を見ていた。オーウェンはそっと近付いて隣にしゃがみこんだ。


「ステファニー、お疲れさま。嫌な気分にさせてしまってすまなかった」


 するとステファニーはパッと顔を上げた。全然ショックなんて受けていない。笑いを堪えている表情だ。


「いえいえ、かばってくださってありがとうございました」

「いやそれは……、まあ、昔からあんな感じなんだ。早く代替わりして欲しいものだが」

「あの調子だと当分死にませんね」


 ステファニーがくすくすと笑ったので、オーウェンもつられて頬が緩んだ。


「……後継の話が出ましたが」


 ステファニーの口から出た言葉に、オーウェンはどきりとした。目を逸らして頭をかく。


「……あー、えーと、いいんだ。私たちは出会ってまだ日が浅いし、ゆっくりで。気にしないでいい」

「オーウェン様」


 顔を上げると、いつの間にか非常に近い距離にステファニーがいて、息が止まった。

 それから、唇にふに、と柔らかい感触がして、自分がキスされたことにオーウェンは気付いた。

 あまりの驚きに、急激に顔に熱が集まり、よろめいて尻餅をつく。いつかのときと同じだが、逆の立場になってしまった。


 そのままの状態で口元を手で押さえて動けなくなったオーウェンを、ステファニーはにやりと見つめた。


「以前、なぜ鶏小屋の前でばかりちょっかい出してくるのかと私が訊ねたら、なかなか二人きりになれないからとオーウェン様は仰いましたよね」

「えっ……、ああ」

「ですから私は、夜なら二人きりですよ、と申し上げたのに、何もなさらない」


 まさか、あれは了承の意味だったのか。そんなの、はっきり言ってくれないと分からない。

 にやにやと自分を見つめる妻に、オーウェンは猛烈な悔しさを感じた。ステファニーには心を乱されてばかりだ。心底、悔しい。


「覚えてろよ、ステファニー」


 悔し紛れに発した言葉に、ステファニーは声を上げて笑った。


「オーウェン様ったら、領主様なのに小悪党みたいな台詞」


 にこにこと笑うステファニーを見て、オーウェンは自分を煽ったことを近いうちに必ず後悔させてやると心に決めた。




 《 おしまい 》



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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読んで、わーー良かったーー!!ってめちゃめちゃ嬉しかったです。 一番好きなのは雷の夜のはちゃめちゃなギター演奏のシーンで、オーウェン様と一緒に笑いながら私もステファニーが大好きになっ…
[一言] 尻に敷かれてるというより、上手く手のひらの上で転がされてるなぁ
[一言] とても面白く、可愛いお話でした! 二人の気持ちの移り変わりが丁寧に書かれていて 少しずつ距離が縮まっていくのが良かったです。 素敵なお話をありがとうございました! この先をもっと読みたい、と…
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