6.模造少女の孤独な戦い
構築する。満面の笑み。
上がる口角、驚愕と歓喜に輝く瞳。そして今にも駆け寄らんと力み始める未熟な肢体。
「お父様っ!」
模倣する。近くて遠い城下の、無垢なる町娘を。
愛する父の帰りを待ちわびる、健気な少女を。
「おやおや、元気のいい事だ。いい子にしていたかい?私のお姫様?」
勢いよく飛びつく私に、微笑ましそうに声をかける父。
「してた!……はっ!して、ました!!」
嬉しそうに言葉を返すも、慌てて言い換える。あたかも最近始まったマナーの授業を思い出して焦ったように。
「ふふ、そうか。……それは何よりだ。」
微笑みを浮かべながら目配せする父に苦笑いで軽く頷く初老の執事。
築き上げてきた。
暇を持て余し、隅から隅まで城を探索せんとする利発な少女を。
最近、本という新たな娯楽を見出し、興味惹かれる本を求めて城を駆け回る早熟な少女を。
「そうだ。いい子にしていたシャロンには良いものをやろう。」
そう言って父が取り出したのは───
───幼い子供向けの魔法の教科書だった。
「ま、ほう?」
好奇心を滲ませながら表紙を凝視する。内心どんなに慌てていても"最近文字を覚え始めた少女"の演技は忘れない。
「そう、魔法だ。本来3歳児が読むものでは無いが、最近本にご執心だと聞いてな。それに君は私とリリアナの娘だ。いずれ力ある魔法使いへ至ることは自明だろう?だから……おや?心做しかいつもより食い付きがいいように見えるな?」
まずい、漏れていたか。
───氷漬けの夢が疼く。
今までの蒐集でも魔法の知識を得ることはできたが、父の書斎にある本はどれも複雑な理論、知識が書かれたもので、"日記"もその複雑な理論の中から強引に基礎を見出して組み上げた魔法だ。
故に、私は魔法に関する正確な基礎知識に二重の意味で飢えていた。
もはや意図せずとも歓喜が溢れ出す。
「まほう……まほう!!嬉しい……嬉しいです、ありがとう!お父様!!」
全身で歓喜を示す私と、少し嬉しそうに微笑む父。
模造品の「私」だけれど。
そこには本当の笑顔と、穏やかに流れる親子の時間があった。
そんな一時からはや半年。
TS少女の朝は早い。朝日で目覚め、世話役のメイドを急かし、本を抱えてまだ少し薄暗い城の廊下を駆けて行く。
本は読み尽くした。情報は飲み干した。
魔力量やその扱いを鍛える方法も理解した。
幼児向けの本に載っている魔法程度、片手間で扱える。
けれど。
母の元へ駆ける。
本当は今すぐにでも座り込んで魔力を回したい。使いたい。
でも両親の見ていないところではしない、と約束したから。
扉の前で息をつく。乱れた呼吸を整え、胸を張り、微笑を湛えて扉を小突く。
「どうぞ。」
美しく嫋やかな声が響いた。
本を脇に抱え、静かに扉を開く。優雅に。優美に。マナー講師の教えの通りに。
「あら、お可愛らしいレディですこと。ふふ、こっちへいらっしゃい。魔法の授業を始めます。」
女神と言われても決して言い返せぬ、人間離れした美貌が微笑んだ。




