田辺義母after
放課後、自宅マンションの前まできたところで奏介は眉を寄せた。中を覗き込んでいる年配の女性の後ろ姿を見つけたのだ。
挙動不審過ぎて怪しい。そして微妙に入り口を塞いでいる。邪魔だ。
奏介はゆっくりと近づいて、
「あの」
「はふっ」
妙な声を上げて飛び上がる。
「うちのマンションにご用ですか?」
振り返った彼女は六十代前半といったところだろうか。その顔に見覚えがあった。
「あ、あなたはユキノさんの」
完全に思い出した。不快感が込み上げてくる。
「警察、呼んでも良いですか?」
「な、なんでよ。わ、私は孫に……」
間違いない、田辺ユキノの義母だ。恐らく、まだ奏人を抱かせてもらっていないのだろう。
「そういえば、お孫さん、産まれたそうですね。おめでとうございます。顔くらいは見せてもらえました?」
彼女は苦い顔をする。
「私の孫なのに、ユキノさんは本当に性格が悪いわ」
「いや、味噌汁捨てるからでしょ。後、米を持たせてましたし」
「米や味噌汁くらいで何よ」
「おばあさん、よく考えましょう。自分で作った料理をゴミ箱にぶちこまれて、作り直せババアっ! って怒鳴られたらどう思います? ぎっくり腰で動けない時に米十キロ買ってこいババアっ! って言われたら文句言わないんですか?」
想像したのだろう。彼女は黙った。
「あのですね。お嫁さんと揉めるのは仕方のないことかも知れませんけど、お子さんがお腹の中にいるという状況で家事をしているのにそれを妨害しといて、さらにお孫さんの命まで危険にさらしたかも知れないんですよ? そりゃお孫さんも見せたくなくなっちゃいますって」
「う……」
奏介は少し考えて、
「お孫さんに会いたいなら協力しましょうか? 俺が頼んであげますよ。ただし、誠意は見せないとダメですよ」
頭を下げるのは当然だが、それくらいで済むなら騒ぐことではない。余罪もありそうな嫁姑嫌がらせ問題、田辺ユキノは義母がどういう態度を取れば許すまではいかなくとも自分の孫を抱かせても良いと思うのか。
ド定番だが、とりあえず田辺家の玄関に入ったところで土下座させた。床におでこを擦り付けるバージョンだ。
奥から出てきたユキノが義母の体勢にぽかんとしている。
「ほら、おばあさん、何か言わないと」
「……い、今まで申し訳ありません、でした。味噌汁の材料も弁償いたします。どうか孫を抱かせて下さい」
「はい、豆腐とワカメとネギと味噌です。おばあさんからですよ」
奏介はスーパーの袋をユキノへ手渡す。
「あ、うん。ありがと……えっと」
土下座義母に困惑を隠せないようだ。
「どうしてもお孫さんを抱きたいとのことで、誠意を込めて謝罪するそうです。どうですかね? 奏人君をおばあちゃんに会わせてあげてもらえませんか?」
ユキノは苦笑を浮かべる。
「あー、そういうこと」
ユキノはしゃがみ込んだ。
「お義母さん、顔を上げて下さい。そこまでしてうちの子を見たいなら、良いですよ」
顔を上げた義母はすっかり消沈していた。
ユキノは笑いをこらえきれないようだ。
それでも家に上げるつもりはないらしい。義母には玄関で除菌シートで手を拭いてもらい、奏人は母親から祖母の腕の中へ。
すーすーと寝息を立てているが、少し前に会った時より成長しているのがわかる。
「……名前は」
「奏人ですよ、お義母さん」
どういう思いなのか、義母は瞳をうるうるさせていた。初孫なのだろう。
「奏人、奏人ね」
抱っこしていたのは五分ほど。ユキノが夕飯の準備をし始めるというので、そろっておいとますることにした。
「はぁ……」
何やら息を吐く、田辺義母。
「どうでした? 土下座した甲斐はありました?」
「ええ。その、ありがとう」
「よかったですね。じゃ、気を付けて」
マンションの入り口まで送り、義母はどこかぼんやりしながら帰って行った。
と、スマホの着信がなる。
「はい、もしもし」
『あ、菅谷君? もう、いきなり笑わせないでよ。お腹がよじれるかと思っちゃった』
予想通りユキノである。
「すみません。でも、おばあさんがちょっと寂しそうだったので、つい手を貸してしまって」
『寂しそう、か。そうなんだ。……菅谷君優しいね。やらせたことはかなりアレだけど』
「相応ですよ。今回は特別ってことで」
『そうだね。ありがとう。また遊びに来てね』
そうして、通話は切れた。
きっと、これで彼女達の距離が縮まることはないだろう。それでもこの瞬間だけは互いに分かり合えたのだと思いたい。
真崎さんの話2は少々お待ちくださいー。




