連火の所属していた不良グループに反抗してみた
※注意※見た目いじめられっ子の世界観が壊れる可能性がある話です。ご注意下さい。今後引きづるかもしれませんが、その時はサッと説明は入れますので。
昼休み。
いつものように真崎と向かい合って弁当を食べていると、彼がじっとこちらを見ていることに気づく。カツサンドを食べながら。
前にもあった、なんとなく聞かなくては行けない気がする。
「どうしたの?」
「ちょっと殴り込みに行ってくるわ。おれが帰ってこなかったら警察に連絡してくれ」
顔がマジだった。そして殺気立っていた。
「え……どゆこと?」
「坪内町を拠点としてる不良グループに連火の漫画の原稿とデータが盗まれた。預かって編集部に戻る時に担当が襲われてな。明後日、載せる予定の話なんだよ。表紙も『フラクタデイズ』で十ページ増量。正直載らなかったら今週休刊レベルだ」
「え……えぇ」
やはり重かった。
「連火の奴、漫画家やるためにあそこのグループ抜けたからな。恨みは買ってるだろうから、油断出来ねぇとは思ってたが汚いやり方しやがる」
「もしかして、壱時さんが抜ける時、針ケ谷が手伝った?」
「よく分かるな」
苦笑気味の真崎である。
「何かあるだろうとは思ってたよ。なるほど」
奏介は息を吐く。
「あいつら、連火に原稿取りに来いって言ってんだよ。しかもグループの奴に手を出したら、燃やすって。今回に限って手元のPCに原稿のデータ残してなかったらしくてな。紙原稿とUSBを壊されたらマジでヤバい」
一先ず連火の家へ行くというので、奏介はついていくことにした。
玄関を開けると、頬に大きな絆創膏を貼った連火が顔を出した。
「真崎の兄貴、奏介の兄貴……」
兄貴呼び健在だった。
「こんにちは、壱時さん」
「すんません、心配して来てくれたんすね」
真崎の目が据わっている。
「どうした、その顔」
「……呼び出されたっス。メッセージで言った通り、抵抗したら原稿燃やしてデータも壊すって。……坪内高校へ取りに来いって言われたっス」
どうやら高校生メンバーもいるらしい。
「坪内高校か。ご丁寧に場所指定か」
「針ケ谷」
「菅谷、連火頼むぜ? こいつが来ないように見張っておいてくれ」
「兄貴っ、おれも行くっス。一人じゃ無理っスよっ」
「十人程度なら大丈夫だ。気にすんな。足洗って漫画家になるんだろ?」
「で、でも俺のために」
「いや、壱時さんも行こう。俺も針ケ谷を一人で行かせたくない。俺は喧嘩弱いし壱時さんも手を出せないなら、針ケ谷が不良引きつけてる間に出来ることがあるかも知れない」
「菅谷、お前」
「針ケ谷の喧嘩の腕は信じてるよ。それを心配してるわけじゃない」
「……わかった」
○
坪内高校までの道、外灯が少なく真っ暗だった。
「多分だけど、ボスは校舎の屋上にいる」
「そうっスね。奴ならそうするに違いないっス」
「脳みそ小せぇバカだからな。学校内にメンバー配置して、屋上で高みの見物してんだろ。漫画の読みすぎだ」
もうすぐ正門が見えてくる。夜の学校、セキュリティシステムなどお構いなしか。
「じゃあ、俺達は裏門から入るから」
「おう。俺は正面から行く。連火、俺はお前との関係は否定する。あいつと決着を付けにきた体で乗り込んでくからお前らも見つかったら惚けろよ」
確かにそうでないと漫画の原稿を燃やされたり壊されるだろう。
奏介と真崎はお互いに頷いて、走り出した。裏路地に入る。裏門へ続く道だ。
「なんつーか、すげえっすね。兄貴」
「え、何がですか?」
「いや、ほら、喧嘩弱いって言ってんのに奏介の兄貴がついて来んの許したじゃないっスか」
「針ケ谷とは中学からの付き合いなんですよ」
と、裏門が見えてきた。
「見張りいないですね」
奏介達はフェンスを上り、敷地内へ。
「入れるんスか? 鍵かかってるんじゃ」
「え、普通に窓割るけど」
「うぇぇ!? は、犯罪じゃあ」
「いや、冗談。非常口から入りましょう」
校舎に沿って移動する。見ると、非常階段には見張りらしき不良が辺りを見回していた。
「一気に上まで行こうと思ってたんですけど、無理ですね。見張りが三階へ行ったら二階の非常口から中へ行きましょう」
「りょ、了解っス」
階段を上る音を消すために靴を脱いで上がり、鍵の開いている非常口から中へ。なんとか見つかる前に侵入できた。ちなみにセキュリティシステムは破壊されていた。早くしないと警備会社の乱入がありそうだ。
「さて、階段に誰かいそうですね」
「ど、どうすれば」
「壱時さんは手を出さないで下さいね」
「わかってるっス」
「へぇ、こそこそ裏門から潜入かよ」
ガムを噛みながらニヤニヤと歩いてきたのは銀髪の男だった。坪内高校の制服をこれでもかと崩している。
「針ケ谷が表に来たんだけどよ。てめぇらの連れか?」
連火は拳を握り締めた。
「俺が焚き付けたんだよっ」
「へぇ。囮に利用したって? やるねぇ。あいつも漫画の原稿なんかどうでも良いっつってたからそういうことか。んで、漫画オタクのお友だちと来たってわけな」
指をボキボキと鳴らす。
「オレに手ぇ出したら瓜端さんが原稿燃やすぞ。大人しくサンドバッグになんな。でもまずは」
瓜端というのがボスなのだろう。
銀髪は奏介へ視線を向けた。
「オタクボコってからだな」
「っ!」
「へへ。てめぇの漫画なんか誰も期待してねぇんだよ。元不良が漫画家なんか出来るわけねぇだろ」
銀髪は『フラクタデイズ』の単行本を廊下に放った。すぐさまそれを踏みつける。
「これ買ってる奴見かけたら締めることにしてんだわ。いい気になってサインなんか書きやがって。これ買ってウキウキのオタクぶちのめした時が一番爽快だったぜ」
単行本をグリグリと踏みつける。
「や、めろ。ふざけんなっ、俺の読者に何さらしてんだっ」
「おー、デカい口開くじゃねぇか」
銀髪が駆け出した。
「おらぁ、死ねや、漫画オタクっ」
奏介が身構えた時、連火が前へ出た。
「やめっ、ぶはぁっ」
頬にストレート一撃。横に吹っ飛んで壁に激突する。
「ぐぅっ」
「へへ。お友達守るのに必死だな。んじゃあ、オタク野郎。今度は……がぁっ……」
突如崩れ落ちる銀髪。
冷たい目で見下ろす奏介の手には何やら光るものが。床に倒れこんだ時、それがなんなのか理解した。
「て、めぇ」
バチバチっと火花が散る。護身用のスタンガンだった。
奏介は銀髪の手を勢いよく踏みつける。
「ふざけんなよ。壱時さんは夢を叶えようとしてんだ。お前らが踏みにじって良いことじゃねぇんだよっ」
「ぐあぁっ」
「頭空っぽにして暴力振るうことしか出来ねぇ癖に思い上がんなクズが」
奏介は床に膝をつくとスタンガンを突きつけた。
「瓜端は屋上か? 取り巻きは何人だ」
「言うわけ」
「あぁ? 何今さら抵抗しようとしてんだ。口に突っ込むぞ」
「ひっ」
奏介のドスの利いた声と迫力に声が漏れる。
「ふ、二人だ。に、二階の第二体育館に」
どうやら屋上ではないらしい。
奏介はスタンガンを背中に押し付け、銀髪を気絶させる。
「行きましょう、壱時さん」
連火は呆然としている。
「おれの漫画のせいで読者が……」
「壱時さんっ」
はっとして連火が奏介を見る。
「このままじゃ読者がこいつらの標的にされるのは間違いないですけど、今ならその可能性を潰せますよ。何より、針ケ谷はそうするつもりだと思います」
「……そう……っスよね」
「思ったんですけど、壱時さん、喧嘩強いんでしょう? 奴ら、手を出したら燃やすって話でしたけど、こうやって気絶させて連絡させないようにすれば、別にバレな」
「ダメっスっ」
連火は拳を握り締めた。
「漫画家やるって決めた時、誓いを立てたんスよ。……不良はやめる、誰も殴らないって。そしたら真崎の兄貴はグループを抜けさせてくれるって言ってくれて、だから」
「そういうことだったんですね。わかりました。じゃあ、とりあえず今はその誓いを忘れましょう、次殴られたら殴られた分はやり返すってことで」
「……へ?」
連火は目を瞬かせた。
「あ、あの、話聞いてました?」
奏介は頷いた。
「聞いてました。漫画家になるために、不良をやめて、誰かに暴力を振るったりしないと針ケ谷と誓ったと」
「そ、そうです」
「でも、今はその誓いどうでも良いので、忘れてください。やられた分だけはちゃんとやり返しましょう。殴られたのに我慢するのはおかしいですよね?」
「え、いや、でも問題を起こしたら」
「そんなの、起こさなきゃ良いんですよ。殴ったからって必ず問題になるわけじゃないでしょ。良いですか、相手にやられたらやり返すんです。それは正当防衛であって、自分の身を守っているだけで犯罪ではないです」
正当防衛として認められるのは中々大変だと聞くが、今の弱気な連火には効くような気がした。
「正当、防衛?」
「殺されそうになった時に、やり返さずに殺されろなんて理不尽な話でしょ? やり返して犯人を怪我させても罪にはならないんですよ」
「……」
「殴りかかれとは言いません、でもこの件を解決するためには多少の暴力は仕方ないと思います」
「……そう、なんスかね」
「行きましょう」
奏介はスマホを取り出した。
○
校庭にて。
真崎は自分のスマホが鳴っているのに気付いたが、目の前に迫っていたスキンヘッドの拳を手のひらで受け止めた。
「くそ、バカ力がっ」
「てめぇらの力がよえーんだよっ」
真崎はそう言って、もう一方の手でスキンヘッドを殴り飛ばした。
横からバットを振り下ろされるが、それを掴んで引っ張り、頭突きを食らわす。
「おらぁっ」
倒れ込むバット男、そしてその後ろから殴りかかって来ようとしている学ランの腹に蹴りを叩き込む。
「がっ」
校庭に出てきていた不良五人は真崎の周りに倒れ伏した。
「ふー」
と、気配を感じ、昇降口へ視線を向ける。
「てめぇ、針ケ谷っ、壱時の原稿がどうなっても良いのか!?」
真崎は舌打ちする。
「壱時の原稿だぁ? そんなん関係ねえって言ってんだろっ、壊すでも燃やすでも好きにしろやっ」
そう怒鳴ると、ビビったのか、彼は校舎内へ消えて行った。
「瓜端以外、大したことなさそうだな」
ようやくスマホを取り出す。丁度奏介からの着信だ。耳に当てる。
「菅谷、今どこだ?」
『もう校内にいる。針ケ谷、瓜端なんだけど二階の第二体育館にいるらしい。俺達もそこへ向かうけど……そっちは大丈夫?』
「ああ、頭に一発食らって血ぃ出てるが、大丈夫だ」
『え、怪我?』
と、奏介のスマホに雑音が入った。そして、
『兄貴!? 怪我したんスか!?』
「大丈夫だ。かすっただけだからな」
額にじんわり滲んだ血を拭い、
「俺も二階体育館に向かう。引き続き、俺達の協力関係は否定しとけよ」
『うっス』
通話を切って、真崎は昇降口から階段へ向かった。
奏介と連火は連絡通路の先にある体育館の扉を、物陰から覗く。見張りは一人だ。
「ど、どうします? 違う道から周りますか?」
「……ちょっと待ってくださいね」
奏介はポケットから黒い棒を取り出した。
「あいつをなんとかして踏み込むのも良いんですけど、その後が」
奏介はスマホが振動していることに気づいた。
「針ケ谷?」
『おう、体育館に踏み込むぞ。お前らどこだ?』
「通路の前、見張り一人いるけど、それくらいならなんとかするよ。そっちから体育館の中ってどうなってるか見えるの?」
『グラウンドに出てきた奴らが多かったらしいな。瓜端と他二人だけだ』
「なんだ、それなら余裕だね。通路のはこっちでなんとかするよ」
『そうか? なら同時に動くか。切ったら十秒後な』
「針ケ谷」
『ん?』
「悪いけど、壱時さんは針ケ谷の助っ人してもらうから」
『おいおい、俺と連火の約束を』
「関係ない。この状況だからね」
『あー』
「それじゃ」
通話を切る。
「壱時さん、十秒後です。飛び出しましょう。俺がなんとかするんで」
「う、うっス」
三、二、一。
奏介は通路に飛び出した。連火もついてくる。
「退けーっ」
「てめぇら、来やがったな!?」
奏介は棒を構えた。
「行けっ」
防犯ネットが飛び出し、クモの巣のように見張りの男を絡める。
「な、なんだこれっ」
「寝てろっ」
倒れこんで動けなくなった見張りの男の腹を思い切り蹴りあげて、
「がふっ」
気絶させる。
と、体育館内から怒声が聞こえてきた。真崎が突入したのだろう。
「あ、兄貴」
奏介はそっと扉を開けて中を覗く。
「!」
瓜端以外の二人と真崎が死闘を繰り広げていた。
「針ケ谷、やっぱり余裕そうですね」
と、舞台の上の瓜端が空の一斗缶に火を放った。
「うわ」
奏介は思わず声を漏らした。
室内で火を焚くとは。それから、一斗缶の中へ何かを放り込む。
「!! う、瓜端ぁっ」
何かに反応した連火が勢いよく扉を開けてしまった。
「壱時さん!?」
真崎も動揺したらしく、一発食らって後ろへ吹っ飛ぶ。
そして、瓜端はオレンジ色の炎を上げる一斗缶の前でにやりと笑う。
「ゴミを処分してんだ。ありがたく思え」
野太い声が体育館内へ響く。そこでようやく奏介は気づいた。
「漫画、ですか」
瓜端が燃やしているのは『フラクタデイズ』のコミックだった。
「ふざけんなよ、てめぇっ」
連火が吠える。
奏介は目を見開いた。真崎が床に押さえつけられていたのだ。
(針ケ谷、油断したか)
「へへへ。お前、もう人は殴らないとか宣言したらしいな。おら、針ケ谷の命が惜しかったらここまで来いや。大丈夫、まだ原稿は無事だぜ?」
まさかとは思ったが、真崎の首に刃物が突きつけられていた。
「壱時さん」
「奏介の兄貴は待っててほしいっス」
「……わかりました」
連火はゆっくりと歩いていく。真崎達の横を通りすぎる。
「連火、おれのことは」
「真崎の兄貴、手出し無用っス」
壇上へ上がる。
「へへ。良いサンドバッグだぜっ」
いきなり全力の右ストレートが連火の頬に直撃した。
「ぐあっ」
「うぉらあっ」
さらに腹に一発。膝をつく。
「ぐ、ぐぐ……」
「本当に殴らねえんだな。じゃあ、思う存分」
連火はふらふらと立ち上がった。
「殴ってやるよっ」
しかし、連火が瓜端の拳を受け止める。
「んおっ!?」
「瓜端ぁっ」
躊躇いがなかった。連火の拳が瓜端の顔面に直撃。
「が……はっ……」
「おらぁっ」
そして、同じように腹を蹴り上げる。
「な、なんで」
鼻血を流しながら両膝をつく瓜端。
「この前知り合った兄貴に言われてな。やり返すのは正当防衛なんだとよ。これくらいでギブアップか? ああん?」
「ぐぐぐ」
瓜端はばったりと壇上に倒れた。
「! 兄貴!」
真崎へ視線を向けると押さえていた不良達は気絶していて、奏介が手に光るものを持っている。
「おいおいおい、おれの約束どうしたんだよ」
真崎の呆れ顔と頷く奏介。
連火はホッとして、壇上に座り込んだ。
「はぁぁ……」
それからは慌ただしかった。警備会社が到着する前に原稿とUSBを回収し、校舎を脱出、出来るだけ離れる。連火の家の前に戻ってきた頃には夜の十二時を過ぎていた。
「はぁはぁ……俺らがいたことバレないっスかね?」
「まぁ、平気じゃね? あいつらは警察の世話になるだろうけど」
「監視カメラや警報装置を壊したの、あいつらだしね」
連火の言葉に甘えて、彼の家に少し寄っていくことにした。
部屋に通され、お茶を出される。
「あ、改めて。ありがとうございましたっ」
頭を下げる、連火。
「最後倒したの、お前だろ? たくっ、おれとの約束をあっさり破りやがって。菅谷、何吹き込んだんだ?」
「やり返すのは悪いことじゃないって言っただけだよ」
奏介は何食わぬ顔でお茶をすすっている。
「そ、奏介の兄貴は悪くないんスよ」
真崎はため息を吐いた。
「まぁ、良いか。てか、菅谷と行動させたおれが悪いわな。正論説かれたら否定出来ねぇし」
「むやみに殴らないことっていう誓いで良いと思うけど? やり返すのは大事だし」
「まぁなぁ。てか、問題にならなきゃいいか」
「奏介の兄貴にも言われたっス」
連火はもう一度礼を言うと、
「二人には一生ついて行くっス」
そう宣言した。
後日、高校に侵入して備品を破壊した不良グループが逮捕されたとのニュースが流れたのだった。
出てきた途端世界観ぶっ壊しにかかる真崎の兄貴。引っ張られる奏介。




