漫画家の作品が無断で転載複製されていたのでサイトの管理人に反抗してみた3
「な、なんだお前!? 勝手に人の家の部屋に」
壱時連火の弟、壱時祐太。自分の管理するサイトに漫画を無断転載した上に一巻の複製を作って無料でばらまいていた犯人だ。
連火のPCがハッキングされているかは素人目にはわからなかったが、原稿を描き上げたその日の状況を聞いてもしやと思ったのだ。ほとんど直感だが。
「許可は取ってある」
奏介が親指を立てて入り口の方へ向ける。
入ってきたのは真崎と連火である。
「本当に祐太がやってたってのか?」
連火は複雑そうに彼を見ている。真崎も困惑気味だ。
「おいおい、めちゃくちゃ応援してくれてるって言ってたんじゃなかったか?」
三人の、特に兄からの視線に一瞬怯んだものの、祐太はゆっくりと立ち上がった。
「ああ、おれだよ、兄ちゃん。まだ言うつもりはなかったけど」
祐太はPCの画面を見せるように横へ退いた。
「『フラクタデイズ』の一番のファンはおれだからね。こうやって宣伝してたんだ。人気が出るように、ね」
「人気ってお前……」
連火は言葉が出ないようだ。仲が良さそうだっただけにショックが大きいのだろう。
奏介は得意気に連火の言葉を待つ祐太をみた。
「無断転載や複製は違法だって知ってるのに、それを応援て。あんたのやってることは連火さんの漫画家人生を潰そうとしてるのと同じだぞ」
祐太はぎろりと奏介を睨み付けた。
「さっきから偉そうだな、お前。兄ちゃんのダチだからっていい気になるなよ?」
さすがというべきか、連火の弟なだけあり、凄むと迫力がある。
「別にいい気にはなってないけど、俺に突っかかるより連火さんと話せよ。お前がやってたことがどんな影響を及ぼすか、ちゃんと説明してもらえ」
「はぁ? 何言って」
と、横から目にも止まらぬ早さで拳が飛んできた。
さすがの奏介も目を見開く。それは祐太の頬を直撃し、
「あが!?」
彼の体はベッドへと吹っ飛んだのだった。
「いっ痛っ」
頬を押さえて体を起こした祐太は顔を引きつらせる。物凄い形相の連火が指をボキボキ鳴らしながら立っていたのだ。
「祐太よぉ、漫画家はガキの頃からのおれの夢だって知ってたはずだよなぁ?」
「そ、そりゃ知ってるよっ、だからこそ、このサイトを立ち上げたんだ。多くの人に知ってもらうために」
連火はうつむいた。
「そうか、一度死なねーとわからねぇみてぇだな。歯、食いしばれ」
「っ! な、何怒ってるんだよっ、そいつ……そいつに何かいわれたのか? おれよりそんな偉そうなオタク野郎を信じるのかよっ!?」
その言葉に奏介は連火の肩に手を置いた。
「連火さん、弟さんは何もわかってないようなので俺が丁寧に説明しますよ。半殺しはその後で」
「お、おう……?」
穏やかな口調のわりに身にまとうオーラから殺気がする。連火は動きを止めた。
奏介はベッドの前にしゃがみ、目線を合わせる。
「な、なんだよ。文句あんのか? オタク野郎が」
奏介は目を細めた。
「漫画家をボランティアか何かと勘違いしてないか?」
「え……?」
「子供の夢を壊して悪いけどな、人気だけで金はもらえないんだよ」
「はぁ? 宣伝するのが無駄だって言いたいのかよ?」
思った通り、微妙に話が通じない。
「宣伝か。じゃあ、このサイトを通じてやってたことは連火さんの応援だってことか?」
「あったり前だろっ」
「その応援のおかげで『フラクタデイズ』は打ちきりになるかもしれないらしいぞ」
祐太は驚いた様子で連火を見やる。
「え……?」
「どうせ配ってた冊子は、無料で使える印刷機か何かで作ってたんだろうけど、連火さんの方は単行本を刷るために何千万単位の金がかかってんだよ。なのにお前の配った無料の冊子のせいで単行本を買う読者が減り、赤字になってきてるってことだ。わかるか? いくら面白くて人気があっても、売れないと続きを書けないんだよっ、人が必死に作り出した作品を勝手にネットにさらした上に単行本売り上げの妨害までしやがって。連火さんだって原稿料や印税をもらって、プロとして仕事をしてるんだ、遊びじゃないんだよ。何が応援だ。ただの営業妨害だし、サイトの利用者にちやほやされていい気になってるだけだろうがっ」
「だ、だって」
「打ち切りの話が出るくらいまで損失が出てるんだ。一体どう責任を取るつもりだ? 連火さんを応援するために書店で単行本を買って続きを楽しみにしてる読者にどう説明する気だ? お前のお小遣いで損害賠償払えんのかよ!?」
奏介が言い放つと、祐太は放心状態で頬から手を離した。
「……ありっス。菅谷さん。後はおれが話すんで」
二人にしてほしい、とのことだったので奏介は真崎と共に廊下へ出ていることにした。
「なぁ、思ったんだけど、お前にオタクって言うと喧嘩を売ったとみなされるのか?」
「うん」
「あー……」
「他にも色々あるけど、手軽に侮辱できる言葉として使われるのが納得いかないよね」
「なるほどなぁ。そして、全力で買いに行くと」
「まぁね」
そんなやり取りをする二人。そして部屋から響く音が家中に響いていた。
壱時家、玄関先にて。
「ほんっとうにありがとうございましたっ」
きっちり九十度お辞儀である。
「いや、良かったですね。俺も後で読ませてもらいます」
「いやいやっ、これ、持って行って下さい、奏介の兄貴っ」
手渡された単行本は夕日の見える学校に高校生の男女が佇んでいる。色合いが淡くて素敵な表紙だった。
それはそれとして拳に赤い液体がついているのが気になる。触れない方が良さそうだ。
「あの、その……兄貴っていうのは」
「さすが、真崎の兄貴のダチっスね、本当に言いたいことを全部言ってもらいました。お気をつけてっ」
壱時家を出て帰り道。
「兄貴か……」
「別に良いじゃん。ああいう奴なんだよ」
「で、針ケ谷とはどういう」
「そういや、約束だったよな。丁度良いからなんか奢ってやるよ。行くぞ」
どうやら言う気はないらしい。踏み込まない方が良い領域のようだ。
「じゃあ、ラーメンで」
奏介は追いかけながらそう行った。




