女湯を覗こうとするヤンキーに注意しろと強要してきた老人に反抗してみた2
「べ、弁護士ぃ?」
老人は明らかに動揺しているようだ。いつものように、軽い憂さ晴らし感覚で弱い立場の人達をいたぶっていたら、いきなり現れた他人から強めに反論された上に弁護士登場だ。この状況では半分パニックだろう。
「か、関係ない人間が、しゃしゃり出て来て!」
山田弁護士は老人の言い分に笑顔を崩さない。
「確かに。しかし、関係ない人間が仲裁に入った方が上手く行くこともあるのですよ。弁護士はそういう仕事も多いのです」
山田弁護士の意見に奏介は頷く。
「揉めてる当事者同士で話し合いなんて、できませんからね。今みたいに他人を馬鹿にして暴言吐くような人とまともな話できませんよ。平気で馬鹿だのクズだの言ってましたしね」
奏介が言うと、老人はまた頭に血が上ったのか、顔を赤くする。指をさしてきた。
「本当のことだろうが! 本当のことを言って何が悪い」
「本当のことだとしても、別に仲良くもないあなたに、言われたくないと思います。大体慣れ慣れしいんですよ。ネガティブな意見を誰かに伝えるって、親しくないと成立しないでしょ。赤の他人で、別に何の関係もないあなたに、なんでそんなこと言う資格があるんですか? 行部さん家族はあなたのこと、大嫌いだしウザいと思ってます。ですよね?」
ウタをはじめ、皆を見る。
「いや、あの、その」
ウタの父が視線を泳がせる。
「ほら、本当のこと言えない。否定もしないってことはそういうことですよ。普通は思ってても、口にしないんですよ。行部のおじさんはあなたに対して気を遣って言わないでくれてるんです。長年通ってくれてるお客さんに失礼がないように、本当のことを言ったら、あなたが不快な思いをするからって思ってるわけです。あなたには出来ないですよね? そこまで考えられない。認知能力、終わってません?」
奏介は嘲笑を浮かべて、頭をとんとんと軽く指で叩いた。
「こ、このっ」
丁寧に説明されながらの口攻撃はさぞかし、鬱陶しいだろう。長年のライフワークだった憂さ晴らしに水を差されたわけだ。
「この揉め事、弁護士の私が入りましょう。あなたの発言は名誉棄損に当たる可能性があります。どうやらこの少年が証拠も録音しているようですし」
奏介が先ほどのスマホを横に振る。
「……! 卑怯者どもめ! 覚えていろよ。お前らの銭湯なんぞ、潰してやる」
「宣戦布告ですか?」
奏介がすっと無表情になる。
「俺が受けて立ちましょう。夜道には気を付けた方が良いですよ。このままで済むと思わないことですね。……銭湯、潰せるもんなら、やってみろや、じいさん」
とんでもなく低い声に、老人はビクッと体を揺らし、青い顔で無言で走り去った。
「まずは一匹駆除できましたね。ちょっとしぶとかったですが」
行部家玄関に沈黙が流れる。
「あ、山田さん、ありがとうございました。タイミング完璧です」
「いやあ……私が来てからも君が追い払っただろう」
「いえいえ」
弁護士登場で、老人の精神が揺らいだのは確かだ。
「べ、弁護士さん。本当に、弁護士さんなんですか?」
ウタが動転したように問う。
「はい、先ほども名乗りましたが、こういう者です」
世帯代表者の行部父に名刺を渡す山田弁護士。
「山田法律事務所……ですか。いや、その……弁護士さんだなんて。依頼したこともなく、代金も高額でしょうし、うちでは」
「十五分間の相談料頂いてます。こちらの、菅谷君に」
行部家が呆気に取られて奏介を見る。
「とりあえず、プロに聞いてもらってアドバイスが必要かなと思いまして」
「そ、そんな! 菅谷君、私お金払ってもらうつもりなんか」
「甘いな行部」
「へ?」
奏介はウタの目をまっすぐに見る。
「良いか、迷惑行為をやらかす連中は生半可な制裁じゃ反省なんてしない。法律の力も借りて、二度と立ち上がれないように心をバッキバキに折らなきゃならないんだ。家族も巻き込んだり、豚箱にぶち込むつもりで行く。そのためなら、多少の出費は必要だ。それくらいの覚悟を持って臨むんだからな?」
ウタはごくりと息を飲みこむ。
「そ、そう、だね」
「いやいや、菅谷君。さすがにお金の問題は。弁護士さんの力を借りるなんてお小遣いでなんとかならないだろう」
行部父も困り顔だ。
「十万も二十万もかかるわけじゃないですよ? 山田さん、相談料は細かい料金設定されているので」
山田弁護士も頷いて、
「うちは、相談は十分から受けつけています。菅谷君の頼みですし、割引もして十五分で千五百円です。サービスもしますよ」
行部家はぽかんとする。予想外の安さだったのだろう。まあ、安くはないのだろうが。
「事情は伝えているので、皆で色々聞いて下さい。俺は、浴場の方を見てきますから」
老人の言葉が本当なら、心が女子のヤンキーが暴れているらしい。
(さて、いつまでも調子に乗るなよ?)
奏介は、ぽきっと指を鳴らした。




