女湯を覗こうとするヤンキーに注意しろと強要してきた老人に反抗してみた1
一瞬固まった後ヤンキー達は、顔を真っ赤にした。
「なんだ、てめえは!? 童貞だと!?」
「なめたこと抜かすとぶっ殺すぞ!」
怒号。声に驚いて近所の人が家から出て来たり、窓からこちらの様子を伺っているのが見える。
「ああ、失礼でしたね。俺も含めそういう男性なんて山ほどいますもんね。女湯前で待機するような奴らと一緒にしたら、怒られちゃいますよね」
奏介は肩をすくめて見せる。
次々に立ち上がるヤンキー達。
「ああん? 馬鹿にしてんのか。いきなり絡んで来やがって」
「良い度胸だ、この場で絞めてやる」
「こりゃあああっ、またお前らかあ!」
こちらへ駆けてくるのは、白髪の混じったお爺ちゃん、もとい村のお巡りさん。
「今度こそ許さんぞォ」
ヤンキーが面倒そうに、
「またかよー」
「行こうぜー。てかさ、お前これで済むとおもうなよ」
こちらを睨んだ後、情けなく逃げて行った。
「……君、思ったより何も考えずに特攻するね!? ここで暴力を振るわれたらどうしてたの!?」
「こんなところで暴れたら、問題が起こるって分かってるって。心が女性だからとか、そういう複雑な言い訳するくらいだから、頭使える奴がいるんだよ」
頭が良いではなく、バカではないという印象。
「た、確かに……?」
と、村唯一のお巡りさんが到着した。
「はあ、はあ。大丈夫かいな、お前さん」
肩で息をする。
「はい、トラブルになる前に止めて頂いてありがとうございました」
ウタはゴクリと息を飲みこんだ。彼女は思う。
(君、全力でトラブル起こそうとしてたよね?)
笑顔対応の奏介はヤンキーとの対峙の時とは別人だ。初対面時は頼りない印象しかなかったのだが。
(スイッチが入ると、人格が変わるタイプ……?)
一先ず、奏介を両親に合わせることにした。
〇
銭湯の裏手にある一軒家が行部家の住居スペースだ。番台、いわゆる銭湯の受付に出ている行部母以外、行部父と祖父母が和室の居間で待っていた。
「ただいまー」
ウタについて居間へ入ると、明らかにやつれたような表情の三人がいて、すがるような視線を向けていた。
「お父さん、おじいちゃんおばあちゃん、こっちが話してた菅谷君」
三人は力なく頭を下げた。
「初めまして。ウタさんの同級生の菅谷です。彼女に頼まれて来たのですが……そんなに被害が酷いんですか?」
「……ああ。百年続いたうちの銭湯も、潮時かなと」
行部父が力なく言うと、祖父母も肩を落とした。
「若いもんに良いようにされて、常連客も減って、県外からの客も寄り付かんくなってきた」
「ネット? で口コミが酷いって話でねぇ……あたしはよく分からないけど、それを見て来なくなってるって聞いてね」
ちょっとしたイタズラ程度かと思っていたが、深刻のようだ。先ほどのヤンキー達は調子に乗りまくっているようだ。
「何か、原因に心当たりはありませんか? ここ最近なんですよね? 女湯を覗いたりイタズラや嫌がらせ」
三人は一瞬黙り、口を開いたのは行部父だった。
「彼らに銭湯のマナー違反を注意したんだ」
「そういうことですか」
注意してからの逆ギレが原因のようだ。大方予想通りだ。
奏介は少し考えて、
「どんなマナー違反だったんですか?」
行部父、ため息。
「客がかなり少ない時間帯だった。湯船に入る人がいなくなったタイミングで彼らが湯船で軽く泳いでいたらしいんだ」
「え、ああ、そういうマナー違反ですか。らしいっていうのは?」
行部祖父もため息。
「うちの一番の常連がそれを見ていて。わしらに注意するように言ってきたんじゃよ」
「なるほど。ん? じゃあ、行部さん家族が見ている前ではなく、その常連さんの証言で彼らに口頭注意をしたんですかね」
頷く行部家の面々。
「気持ちは分かるけどさ、その常連のおじいさんもズルいよね? 自分へのヘイトを回避しつつ、気にくわない奴らを注意させるっていう。着替えて出て行こうとしてるあいつらを捕まえて注意しろって強要してきたんだよ? 結局、やらされて恨まれたのはうちだもん」
ウタの説明で状況がはっきりとわかった。
「湯船で泳がないようにっていうのは、他に入ってる人がいる時は気をつけましょうってニュアンスなの。誰もいないタイミングなら……いやまあ良くはないけどさ……」
確かに注意するほどでもない気がする。その場で、ならともかく、後からわざわざ声をかけて過去のことを掘り起こして注意するのはトラブルの元だ。相手の神経を逆なでする。
「常連ではあるが、クレームが多くてねぇ。あの人の扱いにはほとほと困ってるのさ」
逆ギレで銭湯を荒らす輩もあれだが、自分の手は汚さずトラブルになりそうな相手とわざと接触させるなど、悪質過ぎる。
「分かりました。まあ常連もヤンキーもクズなので、強めに締めましょう」
ぽかんとする行部家。
とその時、自宅のインターホンが鳴った。
「!」
短い間隔で何度か鳴らされている。嫌な感じだ。
皆で玄関に移動することにした。奏介は向かう途中でスマホを操作し、気合を入れる。
行部祖母が玄関を開けると、頑固そうな老人が腕組みをして立っていた。
「遅いっ、客を待たせるな」
「鈴木さん……何かありましたか」
「何かありましたじゃあねえ! あの馬鹿どもがまた浴場で暴れてるんだ。さっさと止めろ、のろま共め」
ウタが顔を歪ませる。三人は黙ってしまった。
「あんなのに好きなようにさせて、恥ずかしくねえんか? 他の客に迷惑だ。大体、商売をやってる家系にしては馬鹿ばっかじゃねえか。番台の嫁はブスでグズ、跡取り息子はビビり、老いぼれ二人は棺桶に足を突っ込んどる。もうボケてんじゃねえか? ああん?」
ウタは拳を握りしめ、今にも飛び掛かりそうだ。奏介は彼女を制して前へ出る。
「まあまあ、落ち着いて下さいよ」
奏介が困ったように老人へ声をかける。
「他人にそういうこと言うのは良くないですよ。伝えたいことがあるなら、落ち着いて話しましょうよ。俺も聞きますから」
「ああん? 誰だお前は」
「菅谷と言います。行部さんの親戚で」
「ぶっさいくなガキが首突っ込んでくんじゃねえ、黙ってろ、どんくさが」
スマホのボイスレコーダーのスイッチを切ってから奏介はすっと目を細めた。
「あん? なんなんだてめえは? もう一回言って見ろや」
低い声で言った奏介は老人に顔を近づけ、鬼の形相で睨みつける。
「!」
「初めまして、だよなぁ? んだ、その態度は。てめえに不細工だの、どんくさだの言われる筋合いはねえんだよ、暴言野郎が。なめてんじゃねえぞ!!」
とんでもない怒鳴り声に、老人が一歩後退。
「な、な、い、いきなりなんだっ! そんな大声をだして。わ、わしは客で」
「ああ? 関係ねえよ。俺はこの家の人間じゃねえんだよ」
言い返さない面々を前に調子に乗っていたためか、奏介の剣幕にたじたじである。
「大体な、てめえに他人を詰る資格があると思ってんのか。ブスだグズだビビりだ,挙句にボケてる? それはてめえだろうが。喧嘩売ってんだよな? んじゃ、ここでやるか? 生きて返れると、思うなよっ」
奏介は玄関の床を思いっきり踏んで、だんと音を出した。
「ひっ! こ、これは脅迫だ!」
奏介はスマホをタップ。
『あんなのに好きなようにさせて、恥ずかしくねえんか? 他の客に迷惑だ。大体、商売をやってる家系にしては馬鹿ばっかじゃねえか。番台の嫁はブスでグズ、跡取り息子はビビり、老いぼれ二人は棺桶に足を突っ込んどる。もうボケてんじゃねえか? ああん?』
「脅迫じゃなくて、名誉棄損な? 他人にこれだけ暴言吐いてただで済むと思うなよ」
「は、え? なん?」
と、後ろから、スーツの腕が伸びて来て、肩に手が置かれた。
振り返る老人。
「弁護士の山田と申します。ちょっと、よろしいですか?」
にっこり笑った山田弁護士は分かりやすく、胸の弁護士バッジを示した。
山田弁護士は土岐ゆうこafter1の226話~土岐ゆうこafter4の236話にて登場しています。




