女湯を覗こうとするヤンキーに反抗してみた1
「無理です」
奏介が冷や汗をかきながらそう言うと、相談者である彼女、行部ウタは絶望的な表情をした。
「な、なんで? そんなに難しい案件かな??」
同級生で隣のクラス。風紀委員相談窓口担当の奏介の評判を聞いて、相談にやってきたとのことなのだが。
「いや、難しいわけじゃないけど……」
相談の内容に少し、身の危険を感じる。
すると、ウタはくいっと眼鏡を押し上げた。小声になる。
「聞いた話によると? 君はうちの生徒の相談のためなら、変装や女装、法的にグレーなことも厭わないって」
「ああ、まあ、それはその通りなんだけど」
「だったらお願い! 女装して潜入すれば対処できるでしょ?」
冷や汗が噴き出るような感覚に奏介はわざと深呼吸をした。
「いや、冷静に考えて銭湯の女湯への潜入は無理。どう考えてもヤバいでしょ」
「何も裸で入れって言ってないよ? バイトの女子高生として掃除スタッフ姿で入るの。まあ、薄着にはなると思うけど、お客さんがいない場所の鏡を拭いたり、脱衣所で濡れてる床をモップがけしたり」
「いや、行部? それはそうかもしれないし、俺が女装して入ればお客さん達もパニックにならずに済むかもしれない。でも、俺の目には着替えたり入浴中の女の人が映るんだけど、それについてはどう思う?」
「大丈夫、君を信じる!」
親指を立てて、どや顔。
「何を信じるって!?」
思わず突っ込みを入れたが、奏介はもう一度深呼吸。
「とにかく、女装して女湯へ潜入するのはもうそれだけで犯罪だから」
奏介は少し考えて、
「ていうか堂々と女湯覗きをする村のヤンキー達を懲らしめてほしいんだっけ?」
「最初に言ったでしょ? 交番のおじいちゃん巡査じゃ、なめられてダメなんだって」
奏介は青い顔をした。
「行部の作戦だと、俺もそいつらと同罪になるわ」
彼女の事情と相談内容は下記の通りだ。
ウタは桃華学園から電車で二時間の田舎の村に住んでいる。実家が営んでいる銭湯を、近所のヤンキー達が荒らすようになったらしい。主に女湯を覗いたり、備品を雑に扱って騒いだり。騒ぐのはともかく、覗きは犯罪だ。しかし、村にある交番のお巡りさんは頼りにならないとのこと。
近くの山に登りに来た客が寄って行くらしいので、若い女性の利用客も多いのだとか。
「それに……あいつら、注意したわたしにこう言ったの。『オレ達、心は女なんだよ。性同一性障害ってやつ。体が男だからって、女湯見ちゃだめなのかよ? 差別じゃん』って」
奏介は険しい表情をする。
「……それ、真偽は」
「ニヤニヤしながら、バカにしたように言って来たから、絶対嘘。でも人の心の中はその人しか分からないじゃない? 嘘だ! って反論できなくて。でもさ軽いノリで吐いて良い嘘じゃないよね? だって、性同一性障害って実際にあるんだもんね?」
「ああ、生きづらくて辛いって、よく聞くな」
性同一性障害、心と体の性が一致せず、身体的な性的特徴に持続的な違和感を覚える状態。
誰かに話すのも勇気がいるに違いない。
「ああもう。信じられない。本当に苦しんでる人がいるのに、それを言い訳に使うなんてさ。分かっててもあいつらのせいで性同一性障害ってのに、嫌悪感を抱きそう」
「デリケートな問題をよくもまぁ、下らないことで。こうやって、関係のない奴が偏見を広めて、当事者が首を絞められていくんだろうな」
性同一性障害への偏見は昔からある。悪い印象を抱く人も少なからずいるだろう。そんな状態なのに、関係のない人間が悪印象を塗りつけるとは。
「ね、お願い! どうにか助けてもらえない?」
奏介は悩んだ挙句、考え込んで、
「女湯潜入なしで、出来るところまでなら」
「ほんと!? ありがとっ」
話し合いの結果、次の土日にウタの住む村に出向くことになった。1泊2日になるだろうか。
ウタが帰った後の風紀委員会議室。遠くで見守っていた東坂委員長と田野井、わかばが歩み寄って来た。会議の後、帰らずに待っていてくれたのだ。相談内容が気になったのもあるだろうが。
「難しい相談ですね」
東坂委員長が頬に手を当て、困ったような顔をする。
「一歩間違えれば、こちら側が犯罪……菅谷、受けて良かったのか」
田野井が少し心配そうに聞いてくる。同じ男として、思うところがあるのだろう。
「土日、予定入れちゃったのよね……。誰とも相談せずにさっさと日にち決めちゃって、あんた、一人で行く気?」
わかばも聞いてくる。予定がなければついてきてくれる気だったようだ。
「ああまぁ。今回は手伝ってくれるのが男でも女でも何かしら被害に遭う可能性があるからな」
ちなみに東坂委員長と田野井も用事があるらしい。
「でも菅谷君。やっぱり1人じゃ危ないから、同行してくれそうな人を探した方が良いですよ? 相蘇村は本当に山の中の集落なので、助けを呼んでも簡単には応援に来てもらえませんから」
「……そう、ですね。土日までに声をかけられる人がいたら」
ヤンキー相手なので腕っぷしが強い人材が良いだろうか。
「針ヶ谷にでも聞いてみるか」
そう呟いてからスマホを開く。それからすぐに『相蘇村の銭湯ってどんな感じ? 今荒らされてるらしい』というスレをネット掲示板に立てた。まずは情報収集だ。すぐに、匿名6のレスがついた。
◯
土曜日昼過ぎ。
奏介は山の中を抜けてきたバスを降りた。停留所で待っていたのは、ウタだった。
「あれ、一人?」
降りてきたのは奏介だけである。
「ああ、助っ人は後から来るから」
「そうなの?」
快晴、バス停からの道。田んぼの横の道を歩く。幸いにも銭湯は近いらしい。
「ありがとね。ほんとに来てくれて」
「東坂委員長曰く、心配事があると勉強が疎かになってしまうとのことなので」
「うん、まさに。あ!」
見えてきた古びた大きな建物、ゆきべ銭湯。そして女湯の前に3人の若者がしゃがんでたむろっていた。
「あいつら〜」
ウタが拳を握りしめている。
すでに営業妨害の域だ。おばあさんが怖がりながら中へ入っていく。
「ね? 酷いでしょ?」
それぞれ金髪、銀髪、青髪。明らかに止める人間がいなくて、調子に乗っているようだ。
「あれー、差別女じゃん」
「なんだよ、睨まれてこえーんだけど?」
ゲラゲラ笑う彼らに品性など感じられない。
「てか、オタク系彼氏? うは、キャラに萌え萌えとかやってそー」
「それ、古くね?」
一々皆で笑い合うのか普通にうっとうしい。
「行部」
「な、何?」
「女の湯の前にいるとか、見る気まんまんじゃん? そこまでして見たいかね。童貞丸出しかよ。キモ」
もちろんだが、彼らの空気が冷え切った。




