ドライブ中に山に置き去りにされた女性の彼氏に反抗してみた2
ヤチルの彼氏は一瞬、ぽかんとした後、堪えきれないと言った様子でブッと吹き出した。
「あはははは。自首って。いや、ここまで初対面で失礼な奴と久々に会ったな。なんか勘違いしてるみたいだけど、喧嘩してヒステリー起こして車から勝手に降りたのはヤチルだし、スマホも財布もオレが預かってるだけ。こっちは止めたんだよ? でも手がつけられなかったんだ。それに、ヤチルのその怪我は本人が自分でつけたんだよ。ちょっと病み気味で、自傷行為持ちでそういうことするやつだからさ。な、ヤチル?」
ペラペラと喋りきった後、ヤチルに鋭い視線を向ける。
姫の後ろでビクッと肩を揺らすヤチルは震えながら俯いて、コクリと頷いてしまった。
「ほら、ね。こいつは放っておくと人様に迷惑をかける構ってちゃんなんだよ。妄想癖もあるから、オレが管理しないといけないんだ。」
勝ち誇ったように言う彼氏。
「オレがいないとダメダメだからね。だよな、ヤチル? 返事は?」
「は、はいっ」
彼氏は奏介を見る。勝ち誇ったように。
「ってことだよ。分かったよね? たまに喧嘩をするってだけでヤチルとオレはお互いに大事な存在なんだ。恋人同士なんだから」
「って言う設定のプレイなんですね。理解しました」
「プレイ内容を熱く語ってんじゃないわよ。言い訳したいなら、3行でまとめなさいよ。長い、キモイ」
「はぁ!? ふざけんな! 何がプレイだ」
余裕のある態度を取るものの、すぐに崩れる。煽り耐性1である。
「本当に大事な存在なら、車降りた時点で全力で追いかけるでしょ。彼女、車道の端を歩いてたのに見失うはずないと思うんですが。てか、なんで一度立ち去ってるんですか? 探してたとか言ってたわりには、彼女の心配なんかしてないし。設定作ってプレイを楽しんでたのはあなただけなんですよ。ヤチルさんも含め、非常に迷惑です」
彼氏、舌打ち。
「はぁ、うだうだうるさい。友達だか知り合いだか知らないけど、お前らに関係あるわけ?」
「いやいや、何を言ってるんですかね。関係あるとかないとかの前に、公道に彼女を放り出してるんだから、人目につくでしょうが。干渉されたくないなら、おうちの中でやってもらえません?」
「どうせ家でもヤチルちゃんのことをバカにして罵ってるんでしょ? 暴力ふるい始めたら、逮捕一歩手前だわ。DV野郎が手錠かけられる未来が見える見える」
彼氏の表情が引きつった。こめかみに、わずかに血管が浮いて見えた。
「……ははは……。あのさ、オレ本気で怒るけど良いのかな? ヤチルとは後でゆっくり話をするとして、関係ないのに首を突っ込んで人を犯罪者呼ばわり、バカにして、許されると思ってる? 名誉毀損で訴えられたい? こっちは知り合いに弁護士さんいるからさ」
「え、弁護士? いや、待ってください」
奏介が慌てた様子で言ったので、彼氏はにやっと笑った。
「ヤチルにあることないこと吹き込まれたんだろうが、それでなんにも事情を知らないくせにオレを一方的に悪者にして暴言吐いてきてさ、許されると思うわけ?」
「いや、スマホと財布盗んで山道に彼女を放置した時点であなたが悪いでしょ。それについて、俺達に責められたから訴えたいなんて弁護士さんドン引きですよ」
彼氏は奏介を改めて睨みつけた。
「口の減らないガキが。もう良い。話が通じなくてうんざりだ。帰るよ、ヤチル。早く来い」
「は、はい。あの、二人とも、もう大丈夫なので、ありがとうございました」
ヤチルは姫から離れると、彼氏へ歩み寄ろうとする。
当然だが、姫がヤチルの腕を掴んですぐに連れ戻した。
「ひ、姫さん?」
姫はヤチルを背中に隠す。
「当たり前のようにヤチルちゃんを連れて行こうとしないでもらえる?」
「あぁ? どんだけしつこいんだよ。オレ達にこれ以上関わってくんな」
「あんたには関わらないけど、ヤチルちゃんは友達だって言ってるでしょ? 山の中で怪我して泣いてたんだからね? 恋人を大事に出来ない奴に、人と付き合う資格ないわよ」
「っ……!」
「どうせ、自分のストレス解消のためにヤチルさんをいじめて楽しんでるんですよね? 暴言吐いても、多少悪口を言っても抵抗しなさそうですもんね」
「おい、ヤチル。こいつらに何言ったんだよ」
低く、唸るような声だった。
「よっぽど悪く言ったようだな」
ヤチルはブルブルと震えている。
姫がふんっと鼻を鳴らした。
「そういえば、お仕置きでトイレに2日間閉じ込めたって聞いたわね。この変態監禁野郎が。そんなことを平気でやらかすって頭ぶっ壊れてんじゃないの?」
「それをやって平然とヤチルさんの彼氏を名乗れるのはある意味凄いです。トイレって? 生活できるスペースじゃないでしょ。いや、本当に頭が悪いんでしょうね。幼稚園生からトイレの使い方学び直して来てくださいよ」
「そ、それがなんだよ。お仕置きって言ってんだろ。夕飯がマズイって言ったら、こいつ、美味しく作れる自信がないから別れたいなんて言ってきたんだぞ。努力もせずにな! 口ごたえしやがったんだよ」
「はぁ? 頭と同じで味覚もヤバイんじゃないの? ヤチルちゃんの料理がマズイはずないでしょ。ふざけないでよ」
「どうせ、料理出来ないくせに偉そうですね。そんなにマズイと思ったなら手本でも見せてやって下さいよ。口を出すだけなら3歳児でも出来るんですよ」
「こ、このっ」
彼氏がギリリと歯噛みした。姫は肩をすくめた。
「ていうか、そんなにイライラするなら、この場で別れなさいよ。実際、ヤチルちゃんも別れたいって言ったんでしょ? どう? 別れたいわよね?」
「ヤチルさん、正直に言った方が良いですよ。トイレに監禁する彼氏とか正気の沙汰じゃないですから」
奏介、姫はヤチルの口から別れの言葉を待つ。すると彼氏の方はピクリと眉を動かした。
「おい、流されるなよ。分かってるよな? オレ達は好きあって一緒にいるんだ。こいつらにちゃんと言えよ?」
ヤチルは胸元に手を組んで、浅く呼吸をしている。
「はぁ、はぁ……わ、私は」
冷や汗をかいていて、青い顔をしている。
「ヤチル、お前が本当の気持ちを言わないとこいつらがつけあがるんだよ。分かってるよね?」
念押し。
奏介と姫は黙ってヤチルを見守る。
「もう、いやだ。誠実さんとは、別れたい。もう、離れたいっ」
奏介と姫は目配せをする。
「はい、これで問題は解決したわね」
「解散ですね。世の中に女性はたくさんいますから、相性の良い人を見つけて下さい。あ、ヤチルさんのスマホと財布はちゃんと返してくださいね」
「!!っ、この無能女っ」
「ちょっ、きゃっ」
不意打ち。姫を押しのけて、ヤチルの胸ぐらを思いっきり掴む。
「う……」
「本当にダメだな。一度痛い目に合わないと分からないみたいだな?」
振り上げられる拳。
「あ……」
ヤチルの絶望に満ちた顔に、彼氏、もとい誠実は優越感を覚える。
(この際だ、分からせてやる)
頬に向かって振り下ろす。しかし、
「何血迷ってんのよ」
その腕を横から掴まれた。体勢を立て直した姫が拳を止めたのだ。
「この! 離せ!」
姫は握力全開で誠実の動きを止めている。恐らく、姫は大丈夫だろう。
「ヤチルさん」
奏介はヤチルの手を取った。
「走りましょう」
手を引いて、警察署の入り口へ駆けだす。すでに騒ぎに気づいた制服警官がこちらの様子を伺っていた。
「助けて下さいっ」
奏介が、慌てて外へ出てきていた警官にそう声をかける。
「だ、大丈夫か? 一体何が」
「それが」
奏介が説明しようとした時、ヤチルが警官にしがみついた。
「助けて下さい。あの男の人が襲ってきたんです。この子とあそこの女の子が助けてくれたんですけど、凄い迫力で殴られそうになりましたっ」
そう大声で訴えた。
すると姫の手を振りほどいた誠実がものすごい形相でかけて来る。
「お前っ、ただじゃおかないぞ!!」
その後の展開はもはや、お約束だった。襲いかかってきた誠実は何人もの警察官に取り押さえられ、ヤチルから引き剥がされる。
我を忘れて暴れまくっていたがひとまず、署内へ連行されて行ったのだった。
「とりあえず、事情を聞かせてもらえるかな?」
奏介と姫の証言、今まで誠実がヤチルに対してやってきた仕打ちなど全てを吐き出したのだった。
それから色々な証拠が出て来て、逮捕に至ったそうだ。
◯
数日後。
とある喫茶店にて。奏介、姫、ヤチルの三人が集まっていた。
「というわけで、あの人はしばらく外へは出てこられないと思います」
同棲していたアパートから手錠や縄、鍵がかかるクローゼットやトイレのドアの外付け鍵などが発見され、お仕置きと称してヤチルを拘束監禁、土下座を強要したうえ頭を踏みつけるシーンの動画や写真なども押収され、結果、逮捕されたとのことだ。
(壮絶だな。というか、あのクソ野郎が疑いようもなくクズ)
思ったよりも酷いことをされてたようで、心が痛んだ。それが当たり前になるのが、洗脳なのだろう。
「良かった。もう忘れた方が良いわよ。奴がシャバに出てきたら、また連絡来ると思うけど、その時は絶対会っちゃダメだからね?」
奏介はため息を一つ。
「まぁ、長くても数年で出てくるよな」
無期懲役にするには罪が軽すぎるだろう。この手の行き過ぎたモラハラやストーカー犯罪者は一生出てこないでほしいものだ。何度でも繰り返す予感しかない。
「はい。まずは姫さんや奏介君に連絡したいと思ってます。そしたら、味方してくれますか?」
「するわよ! 次は正当防衛装って玉潰すわ」
「俺も素顔で外出歩けないように手を回しますから」
ヤチルが真顔になる。
「じょ、冗談に聞こえないのですが」
「ああいう輩は復讐してくるのが目に見えてるから、やられる前にヤるくらいの心持ちでいないとね」
「ま、返り討ちにするのは基本だよね」
菅谷姉弟の発言にヤチル、冷や汗が止まらない。
しかし、すぐに笑いがこみ上げてきた。
「ふふ。ありがとうございます。助けてくれたのが2人で良かった。味方してくれて、嬉しかったです」
モラハラの洗脳は、一人では解けない。少しでも辛いと思ったなら、誰かに相談する勇気も必要だ。ヤチルはきっと前向きになれただろう。
3人は顔を見合わせ、笑い合った。




