何を考えているか分からない同級生に反抗してみた10
喧嘩慣れなどしていない、素人の拳が目の前に迫る。
(しかたない)
やはり、ここで暴行されて病院送りは想定外だ。奏介は一歩下がりながら、ポケットに手を突っ込んだ。
しかし、その瞬間、再び胸ぐらを掴まれた。引き寄せられて頬を、
「っ!」
殴られそうになった瞬間、横から伸びてきた手が奏介から轟を引きはがした。
「この野郎! やめろォォっ」
一緒にいた亜麻人が轟の腕を持って、そのまま道連れに倒れ込んで腕を地面に押し付けた。
「な、何すっ、ぐぐっ」
亜麻人は轟の腕を押さえながら、奏介を見上げた。
「は、早く誰か呼んで来てくれっ」
「!」
奏介はポケットからスタンガンを取り出した。しかし、
「こらー、そこ! 何してるっ」
遠くから走ってくる若めの男性にはっとしてスタンガンをしまった。
「何を揉めてるんだ。一年だな?」
ワイシャツネクタイにジャージを上から着ている。どうやら、亜麻人と轟の学校の教師のようだ。校門前のやり取りから、追いかけてきたらしい。制服姿で問題でも起こしたら、面倒なことになるためだろう。
「大賀先生、僕の友達がこいつに殴られたんです!」
大賀というらしい教師は奏介を見やった。
「! 血が出てるじゃないか」
奏介ははっとして、口元をぬぐった。
「あ、いや。口の中が切れただけです」
明らかに殴られたのが分かる状態だったらしく、大賀は顔を引きつらせた。かなりズキズキしていたので、腫れていたのだろうと。
「離せ! そいつが悪いんだ! 親父に冤罪を押し付けやがって」
見るからに目が血走っていて、正気ではないことが知れる。その暴れっぷりは狂気を感じる。
「っ……! ほ、他の先生も呼ぶから少し待ってなさい」
それから、数人の教師によって轟は連行されていった。あの後、轟は錯乱していたこともあり警察に引き渡されたが、どこかの病院に運ばれたらしい。
奏介と亜麻人も事情を聞かれたが、例の『轟篤信警視』の息子ということもあってか、奏介達が一方的に絡まれたと思ってくれているようだった。
その日の夜。警察から解放された奏介と亜麻人はファーストフード店に立ち寄っていた。
「メッセージアプリのクラスグループトークの話に寄ると、他校の生徒に暴力振るって錯乱してどこかの病院に連れて行かれたんだって」
「随分情報が早いんだな」
奏介は炭酸ジュースをストローですすった。
「クラス噂好きの情報通がいるから。なんか、トークが凄く賑わってる」
そう言って、小さくため息を吐いて暗い顔をした。情報通のクラスメートと何かトラブルでもあったのだろうか。
「そうか」
奏介は少し考えて、
「毛塚、さっきは言えなかったけどあの時はありがとう。……護身術?」
亜麻人は照れくさそうに笑う。
「僕、合気道習ってるから」
「ああ、それで」
スタンガンで黙らせようとしたのだが、あまりにも綺麗な関節技で地面に組み伏せたので一瞬動揺してしまった。
(姉さんとか針ヶ谷とはまた違った格闘技なんだな)
相手を傷つけずに動けなくするのは中々使い勝手が良さそうだ。
「……あのさ。こっちこそありがとうだよ。あいつ、もう学校に来られないんじゃないかってくらい悪い噂が回ってる。本当にすっきりした」
奏介はふっと笑った。
「すっきりしたならよかった。とりあえず、殴られたのは事実だから被害届は出すけどな。それに」
奏介は少しの間考え込む。
「? 菅谷?」
「いや、なんでも」
その日は、そのまま亜麻人と別れた。
●
轟家にて。
轟みきこは、リビングで頭を抱えていた。夫が逮捕され、今度は息子が警察のお世話になった上に心療科のある病院に入院させられた。まだ逮捕されたわけではないし、精神病棟ではないようなので、面会も可能だが、どうやら人を殴ったらしい。
「……っ」
体の震えが止まらない。もしかすると、息子は傷害罪になるかもしれないらしい。
「なんでこんな」
警察官の夫と優秀な息子、裕福よりで不自由のない専業主婦生活がつづけられなくなるかもしれない。ご近所トラブルなども夫が解決してくれて、日々の暮らしも快適だったのに。
「ふざけないでよ。わたしの生活が」
と、その時。玄関のチャイムが鳴った。
「!」
体が震える。
「誰……?」
●
とある病院の個室にて。
轟太志はベッドの布団に潜り、スマホでクラスのメッセージアプリのグループトークを見ていた。鎮静剤を打たれ、先程まで寝ていたのだが。隠し持っていたスマホはどうにか没収されずに済んでいる。
「なんだよ、これ……違う、妙な噂立てやがってっ」
クラスメート達は言いたい放題である。
何かメッセージを打ってやろうかと思った時、母親からの着信が。
「あ……?」
個室なので通話は可能だ。現在夜の八時である。
「……」
通話ボタンを押す。
「も、もしもし」
『よう、ちゃんと出たか』
「!」
それは忘れもしない。
菅谷奏介の声だった。




