何を考えているか分からない同級生に反抗してみた9
ニュースが流れる3日前。
早朝だった。
轟家にて。横では母親が涙を流している。轟は信じられないものを見ていた。家へやってきたのはスーツ姿の警察官2人組。玄関で対応した父親の篤信に紙を見せている。見間違いでなければそこには『逮捕状』と、書かれていた。
「同行をお願いします」
静かに言う警察官達に、背中を震わせていた篤信だったが、しばらくして小さく頷いた。
「それでは、こちらで身柄は預からせて頂きますので。朝早くから失礼いたしました」
丁寧に言って、朝6時を回る頃に彼らは出て行った。
警察署長であり警視であった犯罪者の父親を連れて。
「ううう……」
母親は涙を拭いながら、フラフラとキッチンの方へ行ってしまう。
(なん、だよ、これ。なん……)
体の奥が震える。警察官である父親が、逮捕されるなんて。見えなかったが、やり取り的に手錠をかけられたのかも知れない。
(なんだよ、何がどうなってこんな。逮捕? なんで)
今までと同じように、先日クラスメートの毛塚にやったように、菅谷奏介を懲らしめてもらおうと頼んだだけなのに。どう考えても逮捕になんか繋がらないだろう。
「おかしい……おかしい!!」
やはり、菅谷奏介が罠にハメたのだろうか。クラスメートの毛塚も繋がりがあったようだし、何か裏で動いている気配がする。
スマホを取り出す。電話帳にある『菅谷奏介』の名前を睨みつける。
(親父に、何をしやがった)
直接聞くべきか、どうか。手が震える。聞いてどうすれば良いのだろう。今までは父親に頼めば、願いが叶ってすぐに日常に戻れていた。しかし、頼みの綱はもういない。
(親父……親父っ)
急に不安が襲ってくる。絶対的な後ろ盾であった父親が、いなくなるなんて思ったこともなかった。幼いころからずっと味方だったのに。
冷や汗が止まらなくなっていた。
◯
ニュースが流れた翌日放課後。
奏介は轟太志の通う高校の正門の前にいた。私服なので注目を集めているが、堂々としていると、誰かとの待ち合わせだと思われるようで声をかけられたりはしない。敷地内に入っていないのだから当然かも知れないが。
「あ、菅谷」
亜麻人が手を振りながら駆け寄ってくる。
「お疲れ」
奏介がそう声をかける。
「ああ。ていうか、本当に来たんだな。直接……話すのか?」
恐る恐るといった様子で聞いてくる。
「もちろん」
そんな話をしていると、明らかに憔悴し切っているような雰囲気の轟が正門に向かって歩いてくるのが見えた。
奏介は亜麻人の前に出る。
予想通り、奏介に気づくと鬼のような形相で歩み寄ってくる。
「菅谷、お前っ」
いきなり胸ぐらを掴まれる。相当怒りが溜まっているようだ。
周囲の生徒達がざわつく。
「やっぱり毛塚とグルでやってやがったな!?」
「とりあえず場所を変えないと目立つぞ。いきなり手を出してくるなよ、親が警察なんだろ? 暴行罪って知ってるか?」
ギリギリと歯ぎしりをする轟。
「うるさいっ」
奏介は轟の手首を掴み、強引に引きはがして振り払った。
「いいから来い」
そのまま、歩き出す。場所を移動することにする。
ここで言い合いをしてやるつもりだったが、初手暴力はまずい。私服とはいえ他校の校門で暴力沙汰は良くない。
(公衆の面前で余裕がなさ過ぎるな、こいつ)
周囲にはバレていないようだが、父親が逮捕されたのが、余程堪えたようだ。
近くの、細い路地の先にある小さな公園にて。
奏介は、怒りを抑えきれない様子の轟と対峙した。
「おま、おまえっ! 親父に何したんだ! 冤罪を吹っ掛けるなんて最低最悪だ。クズ野郎だっ」
一緒についてきた亜麻人が一瞬驚いたような顔をした後、血が出そうなほど唇を噛んだのが分かった。
何か言い出す前に、奏介が亜麻人を手で静止する。
「クズ野郎、ね。冤罪とか言ってるけど、お前が不都合なことをパパにもみ消してもらってたんだろ? ここにいる毛塚にも冤罪ふっかけたらしいじゃん」
「何言ってんだ? それは毛塚が」
奏介はスマホを轟の目の前に突き出した。
「……!?」
そこには地元のネットニュースが載っていた。見出しは『かつあげグループ逮捕。警察幹部との繋がりで事実を改ざん、書類偽造などを依頼』
などと書かれていた。
「……は?」
奏介はスマホを横に振る。
「金だか脅しだかで言うことを聞かせたんだろうけど、毛塚に怪我をさせられたって被害届を出した不良が捕まったんだってさ。他校の生徒から金品を奪っていた常習犯、捕まってから警察署長との繫がりを自白したって、轟篤信警視は高校生のイキった子供とつるんで遊んでたってバレたみたいだぞ? お前の親父、低レベル過ぎないか」
轟は口をパクパクさせている。
「そもそも、人に迷惑をかけるような下らない犯罪をやってる不良が被害届? 世間をなめ過ぎなんだよ。警視の入れ知恵ってのもキモいわ。怪我させたのはてめえだろ、轟」
轟は煽りに対して少しむっとして、
「どうせ毛塚が言ったんだろう? そいつが突き飛ばして怪我を負わせたんだ。責任逃れをしてるんだ」
亜麻人が拳を握りしめて前へ出た。
「違うっ、僕は絡まれんだ。お金を渡せば終わるのに、勝手に助けに入ってきて、しかもすぐに逃げたじゃないか! 余計なことをされたせいで僕は」
「そんな証拠、どこにも」
奏介は冷たい視線でふんと鼻を鳴らした。
「捕まった不良がゲロったって言ってんだろ。お前の親父がやった事件もみ消しは、全部明るみに出るんだよ」
轟はじわじわと事の重大さに気づいてきたらしく顔を青くしていく。
この状況をひっくり返すには……『父親に頼むしかない』そう考えて、思考が停止する。
もう、権力を持った父親はいないのだ。
「まだ父親が助けてくれるとでも思ってるのか?」
「うるさいっ」
睨みつけてくる轟。
奏介は眉をぴくっと動かす。それから、睨んでくる轟に睨み返した。
「……なんで、お前が泣いてんだ?」
轟の目から涙が零れていた。
「ふざけんな! オレの家族に酷いことをしやがって」
奏介は舌打ちをした。
「家族に酷いこと? どういう頭をしてたらそんな結論に至るんだ。お前の父親は、権力を使って罪のない一般市民に冤罪を擦り付けてたんだぞ。こうなるのは当然だし、てめえは泣く立場じゃねえんだよ。随分と被害者面するじゃねえか。その都合が良い思考はどこから来るんだ?」
半歩後ろにいる亜麻人が体をぶるぶる振るわせている。怒りの震えだろう。
奏介は何も言わず、唇をぎゅっと結ぶ。
(分かる。泣きたいのは、こっちだよな)
と、轟が拳を握って、間合いを詰めてきた。
「!」
不意打ちにやられた。拳は奏介の右頬に直撃し、
「ぐっ」
反動でその場に尻もちをついた。
「菅谷!」
亜麻人が心配そうに声をかけて来る。
(こいつ)
奏介は口の中に広がる血の味に、顔をしかめた。唇の端っこを袖で拭う。
「はあ、はあ、はあ」
轟の目は血走っている。
「うるさいんだよ、この野郎! 親父に言って、この町に住めないように」
再び思考停止する轟。父親への依存が狂気的だ。
奏介は亜麻人に手を借りながらゆっくりと立ち上がった。
「さっきわざわざ暴力沙汰を止めてやったのに、これをやったら犯罪だって言ってんだろ」
「黙れ!」
もはや半狂乱だ。拳を握り、再び詰めてくる。
「!」
ここで思いっきりボコられてしまえば、確実に轟を地の底へ突き落せる。
しかし、今回、それは計画にはない。
(どうする)
正気を失った轟は、止まらない。
仕向けたわけでもないのに殴られて、皆の顔が浮かぶ奏介です。




