何を考えているか分からない同級生に反抗してみた6
奏介は届いたメッセージをすぐに開いた。
『あいつ、僕にヒステリックに絡んで先生に連れて行かれたんだ! 皆に白い目で見られてさ。頭おかしいとか言われてて。いいきみだったよ』
奏介は少し考えて、
『ありがとな。後はこっちでなんとかするから、また絡まれたら俺の名前を出して、とりあえず煽っておいて』
そう返信をしておいた。
(ヒステリック、ね)
やはり、追い詰められるとヤバイ本性が出るタイプのようだ。
「奏ちゃん……」
ふと横を向くと、一緒に帰宅中の詩音が不思議そうにこちらを見ていた。
「何かの作戦実行中?」
「ああ。轟のやつ」
「そっか、まだ決着ついてなかったんだね」
「警察パパもいるからね。長期戦になってる」
「ん?」
奏介は前方に見知った顔を見つけて足を止めた。公園の入口の前で待っている。
「どしたの?」
「直接対決にでも来たか」
仏頂面でスマホをいじっている。誰かを待っているのだろう。誰なのかは分かる。
「あ、轟君」
「しお、遠回りして先に帰ってて」
「え、でも奏ちゃん」
「目をつけられても面倒だから」
詩音は少し考えて、
「分かった。死なないでね!」
「……変なフラグ立てようとするな」
詩音は親指を立てて、横道へ入って行った。
奏介は深呼吸。歩きだす。すぐにこちらに気づいたようだ。
「待ってたよ」
やや芝居がかった口調で言い、スマホをカバンに仕舞った。
「待っててほしいなんて言ってないけどな。何の用だ? あの時の件はお互い水に流すってことなんだろ?」
「……お前、ふざけるなよ。裏から手を回して僕や親父をハメようとしてるくせに」
「裏から手を回す? それはお前ら親子の話だろ。権力使って、お前のやらかしをもみ消してるくせに」
「もみ消し? あんなの、小さいことだ。人聞きが悪いことを堂々と。窃盗したとか言われてるんだぞ。冤罪を作り出すなんて卑劣だ」
「そういえばネットに書き込みがあったっけ? 今までやってきたことを考えると自業自得だろ」
「ネット……」
轟は昨日、父親と話し合ったのだが、掲示板に名誉毀損に当たる書き込みがあったらしい。
「……ああ、そうか。書き込みで噂を広めたのはお前なんだな?」
「そんなわけないだろ。決めつけは止めろよ」
奏介はふんっと馬鹿にしたように笑う。
「っ!! 卑怯者がっ」
轟は背を向けて、そのまま走り去った。
轟は走りながら、仕事中の父親に電話をかけた。
「親父、書き込みの犯人が分かった!」
轟篤信は息子からの通話を切り、スマホをぎゅっと握りしめた。
(菅谷、奏介……。なめてくれたものだ。開示請求が出来ないように小細工したようだが、これで逃げ切れると思うなよ)
篤信は半個室の署長室のデスクに置かれた内線電話を取った。
番号を押して、耳に当てる。
呼び出し音の後、相手が出た。
「桃糠署の轟です。ああ、君か。サイバー課の間尻警部補に繋いでくれ」
保留の音楽を聴きながら、篤信は鋭く瞳を細めた。
(高校生の分際で警察をなめて、許すわけにはいかない)
そう、心の中で呟いた。
翌日の昼休み。いつもの風紀委員会議室。
奏介は自分のパソコンをいじっていた。
隣で覗き込んでくるのは、ヒナである。
「多分、これだな」
奏介が開いているのは、映画館の事件の犯人について告発の書き込みをしたネット掲示板だ。そこに最新の書き込みがある。
『縦読みでばらされてるけど、普通に書くわ。映画館窃盗の犯人は桃糠署署長の息子だよ。轟ってやつ』
そう、堂々と書かれていた。
「うわ……。これは名誉毀損」
ヒナが引いたように呟く。
「今時、こんな書き込みをしたら、裁判沙汰だな。じゃあ、頼むよ、僧院」
「うん、ボクに任せて」
轟と別れた昨日の夜のこと。パソコンのウイルスソフトが警告を発していた。不正に操作された可能性がある、とのこと。
動作不良はなく、普通に使えるが、その時点でwifiを切り、ネットを切断した。
「でも、本当なの?」
「ただの予想だけど、揉み消しをやってるクズの考えることはなんとなく分かる。多少の犯罪行為に抵抗はなくなってるはずだからな」
奏介は拳を握り締める。
(一般人、なめんなよ)
「本当だとしたら、徹底的にやらないとだね!」
この書き込みは、恐らく轟篤信桃糠署長本人の書き込みだ。ただし、奏介のPCをハッキングして、奏介のPCで掲示板に書き込んでいる。つまり、持ち主である奏介が書き込んだことになる。これだけはっきり書かれていると、情報開示請求が通るだろう。
「多分だけど、協力者がいるな」
「ハッカーみたいな?」
「ああ」
◯
数日後、朝。
先日32歳の誕生日を迎えた警官の間尻トモナはご機嫌で出勤した。ロッカールームに入ると後輩が何人か。
「あ、おはようございます」
ぺこりと頭を下げる彼女達に笑顔で返す。
「お先ですー」
後輩達が出て行ったところで、息をつく。今日も仕事三昧の一日が始まる。
「ふふふーん」
着替え途中でロッカーの鏡に胸元を映す。誕生日プレゼントだ。有名ブランドの物で10万ほどする銀色でハート型のネックレスである。
「篤信さんてば、気前良いんだから」
非常に嬉しい。
トモナは肉体関係は一切ない、いわゆるパパ活をしている。相手はとある場所の警察署長だ。PC関連は強いので何かと教えているうちに仲良くなった。
時々こうしてお礼の品を送ってくれるのだ。
その日から2日後。
窓口の事務員に呼ばれたトモナは不思議に思う。待っていたのは高校生の少年だった。
「……? 名指しのようですが、私に何か?」 高校生はにっこりと笑う。
「菅谷と申します。ちょっと、パソコンについて聞きたいんです。ハッキングとか……不正アクセスとか」
「……!」
トモナはゴクリと息を飲み込む。数日前、持ち前の知識で個人のPCにハッキングをかけた。PCに痕跡が残っているかもしれない。
見ると奏介はふっと笑った。
「聞きたいことがあるんですよね」




