何を考えているか分からない同級生に反抗してみた5
亜麻人は奏介に連れられて、カラオケボックスに入った。もちろん、人目を避けるためだ。
ドリンクをテーブルに置いて、向かい合う。
「すみません、時間を取らせて」
そう言われ、内心戸惑う。
「……いや、別にいいけど。それであんたは」
「轟太志の元同級生です。クラスメートでした」
「クラスメート……」
ここまで着いて来て今更だが、元クラスメートが一体なんの用なのだろう。
「轟のことを調べていたら、毛塚さんとトラブルを起こしたことがあると分かったので声をかけさせてもらいました。さっきも言いましたが、俺も同じことをされたんですよ」
奏介は轟との過去話を簡単に話してくれた。
「! 僕の時と同じだ」
「はい、呆れるくらいやり口が似てるんですよね。まあ、俺の時は小学生だったので動画拡散とかはされなかったんですが、それでも他の人から白い目で見られました」
奏介はため息を吐いた。呆れの混じったその様子に、亜麻人は少し考えて、
「あ、あのさ。それでなんで僕に声をかけてきたんだ? なんか、愚痴を言い合いたいって感じじゃないけど」
「あいつ、父親の権力を使っててムカつきません?」
丁寧な喋りの中に、明らかな怒りが見えた。奏介の無に近い表情にぞくりとした。
「た、確か、同じ年齢だよな? 別に敬語じゃなくても良いけど」
内に怒りを抑えた上での敬語にかなり恐怖を覚える。
「そう? なら、普通に言うけど、警察のパパにおんぶに抱っこ、それでいてイキリまくってるあの野郎を社会的にぶっ潰したいから、ちょっと話を聞かせてほしいんだ」
亜麻人はごくりと息を飲みこんだ。もちろん、轟は恨んでも恨み切れないが、仕返しをしてやろうなどという気持ちはない。そこまでの気力がないと言うべきか。
「ぶっ潰すって……どうやって」
「あいつの後ろ盾は階級の高い警察官の父親だろ? まずはそこから攻める。息子可愛さにもみ消した事件を洗えば、失脚させるのは難しくない。事件をなかったことにするだけならともかく、奴の父親は息子の罪を誰かのせいにしてるからな」
「……えっと、菅谷、は本気で、それをやろうとしてるの?」
恐る恐る奏介の名前を呼んでみる。
「ああ。今日さ、轟は様子が変じゃなかったか?」
「! え、まさか」
「もしかして先生に怒られてたか?」
亜麻人は口をぱくぱくさせることしかできない。
奏介は人差し指を立てた。
「なんなら毛塚の分まで仇を取ってやるからさ」
協力してくれないか?
奏介はもう一度、そう言った。
〇
最終下校時刻、轟はイライラしながら昇降口で靴を履き替え歩き出した。
運動部文芸部の生徒達が一斉に帰宅する時間なので賑やかだ。外はすっかり真っ暗だが街灯が明るいので問題ない。
(くっそ。なんで)
轟自身は何もしていないのに、五津に指示をだしていたという話になってしまった。もちろん、証拠などないのだが厳重注意を受けた。
(五津の奴も出ねえしっ)
まだ警察に捕まっているのだろうか。
ふと目に入ったのは正門の横で電話をしている後ろ姿だった。クラスメートの毛塚だ。クラスで浮いていて、声をかける者はほとんどいない。
(なんだあいつ)
確か、授業終わりにすぐ帰っていったような気がしたが。
やはり、近づくとスマホを耳に当てていた。もちろん、声などかけずに通り過ぎる。
しかし。
「うん。そう。菅谷の言った通り、上手く行ったよ。ありがとな」
彼が電話の向こうに呼びかけたその名前にカッと血が上った。
「おいっ」
思わず毛塚の腕を掴む。
「!」
驚いた表情でこちらをみる毛塚は目を瞬かせた。
「え?」
「お前、菅谷とグルか」
毛塚は眉を寄せる。
「なんの話? ていうか、手痛いよ」
掴む手に、力を入れる。爪が食い込むほどに。
「ふざけんなよ、卑怯者っ」
「……」
怒鳴るまではいかないが、今日一日の鬱憤をぶつけたため、乱暴な言葉になってしまった。他の生徒達の注目を集めていることには気づいたが、
(ここで悪事を暴いてやる)
「あの、一体何? 触らないでほしいんだけど」
冷静に嫌悪の表情を浮かべる彼にさらに怒りが湧く。
「菅谷と組んで、僕の悪い噂を流しまくってるのはお前だったんだな。この不良め」
「……痛いって」
どこまでも冷静な毛塚、そしてキレ散らかす轟の図。周りの生徒にはどう映るのか。
『ねえ、先生呼んだほうが良くない?』
『何言ってるんだかわかんねー。こわっ』
『突然、絡んで怒鳴るって頭イッてるわ』
『通り魔かよ?』
トラブルではなく、轟が一方的に毛塚に絡み、暴力を振るおうとしているのは明らかだった。何が原因だろうと取り乱している方がおかしい人間に見えるのは当たり前なのだ。
この状況に毛塚亜麻人は思う。
(菅谷が言った通りだ……)
立場が逆転。少なくとも今この瞬間は、轟が白い目で見られている。
●
一日前、映画館にて。
店長に連れられて行く五津に、奏介は耳打ちした。
「俺、轟のこと嫌いなんだよな。あいつにやれって指示されたって言えば……それが本当になるかもしれないぞ?」
五津はこちらを見ずに目を見開いた。
奏介は口元に笑みを浮かべ、反対方向へ歩き出した。
(轟、友情が試されるぞ?)




