何を考えているか分からない同級生に反抗してみた3
轟は夕飯と入浴を済ませ、自室へ戻っていた。
ベッドにごろごろしながら、スマホをいじる。
「なんか小腹減ったなー」
そう呟いた時、自室のドアが勢いよく開いた。
「!」
そこには深刻そうな顔をした父親が立っていた。
「え? 親父? どうしたんだよ」
「太志、今日、映画館に行ったのか? 何かあったのか?」
轟はぽかんとした。
「映画館、確かに行ったけど何かって?」
日頃の疲れからか眠ってしまって、半分以上見られなかった。その間に五津が何か粗相をして映画館スタッフに連れて行かれたことを思い出す。
「ああ、一緒にいた友達が問題起こしてちょっと揉めてさ。僕は関係ないからそのまま帰って来たんだけど、もしかしてそれ?」
いざこざが大きくなり、警察が出動したのかもしれない。そうであるなら、警察官である轟の父親の耳にも入るだろう。
「そ、それは、お前は関係ないんだな?」
「ああ」
「そうか」
ほっと胸を撫でおろす父、篤信。
「そういうのってやっぱり、警察無線とかで入ってくるのか?」
役職が比較的上なので現場に出るイメージがないのだが。
「いいや。ただ、帰り道ですれ違ったお前の知り合いらしい高校生に、映画館でお前が騒ぎを起こしてたみたいだと言われてな」
「え」
映画館はそれなりに混んでいたし、中学校の学区内だし、今の高校も近い。誰かに見られても不思議ではないだろう。
(でもなんでうちの親父に……?)
と、そこへ母親が割り込んで来た。
「ねえ、太志。電話なんだけど、あんた、五津君て子知ってるわよね?」
複雑そうな表情で部屋を覗き込んで来る母親に、少しどきりとした。
「五津?」
篤信が首を傾げる。
「え、あ……中学生の頃の同級生、だけど」
今まさに話題に上げていた盗撮で捕まった友人の名だ。
「五津……君からの電話?」
母親に問うと、少し躊躇い、
「五津君の、お母さまから、なんだけど。何を言ってるかよく分からなくて。映画館で何かあったの?」
「太志に、それを今聞いていたんだ。よし、オレが代わろう」
固定器の子機を手にする篤信。
轟はごくりと息を飲む。
(別に、何もしてない、よな?)
映画スタッフにも疑われた覚えはない。後になって五津が轟を巻き込むようなことを言ったのだろうか。
(あいつ、まさか)
共犯だったなどと証言されたら堪ったものではない。
電話を受け取った父親の動向を見守るしかない。
篤信は妻から子機を受け取って、耳に当てた。
「もしもし。お電話代わりました」
『ちょっと、どれだけ待たせるつもりです? というか、あなたは?』
ヒステリックな雰囲気が伝わって来る。これは面倒くさそうだ。
「お待たせしてしまいまして失礼しました。太志の父親です。うちの息子が何か?」
『うちの息子が映画館で窃盗と盗撮の疑いで警察の方にお世話になりまして。聞くところによると、お宅の息子さん、太志君の指示だそうですね? そりゃうちの息子もバカですけども。犯罪を強要して責任逃れをするのはどうかと思います。犯罪を無理矢理やらせるイジメが流行っているのかしら?』
「い、いや。うちの息子はそんなイジメをするような」
『あら、失礼。実際、お宅の息子さんはやっていないのだから責めるのは筋違いですね。うちの息子はぶっ叩いて反省させますけど、お宅も何か対策を考えた方がよろしいかと思います。それでは』
そのまま流れるようにガチャ切りされたのだった。
篤信は茫然と子機を見つめ、
「太志」
「な、なんだよ」
「五津君に指示して映画館で窃盗や盗撮をさせたという話になってるようだが」
「そんなこと、するわけないだろ! た、多分、五津が僕を巻き込むために適当なことを言ったんだ」
実際にそうとしか考えらない。そうだった場合、今まで付き合いを続けてきたことが悔やまれるくらい最低だ。
すると篤信は頷いた。
「わかった。オレもお前がそんなことをするとは思ってないからな。この件は担当の部署と警察官に話しておこう」
「あ、うん。ありがとう。親父」
疑われて事情聴取を受けるかもしれないが、篤信に任せれば問題なさそうだ。
〇
父親の篤信は警察の上層部に近いところにいる。
そんな安心感でその日は穏やかに寝られた。
しかし、翌日、学校に登校した途端に校長室に呼び出されるという初めての経験をする羽目になる。
担任に連れられて中へ入ると教頭も一緒にいて、険しい顔をしていた。
「あ、あの……一年五組の轟です」
「座りなさい」
担任は立ったまま、轟は校長たちの真向かいに座った。
「さて。君は昨日、映画館にいたそうだね」
「そ、そうですけど何か」
「窃盗と盗撮で捕まった他校の高校生がいたようだが、轟君、君も一緒だったそうじゃないか」
「そ、それは、そうですけど、僕は何もしてません」
教頭がため息を吐く。
「何もしていない。何もしていないけど、そうするように指示をしたのでしょう?」
どこの情報なのか、昨日の五津の親もそのようなことを言っていた。
「し、してません。僕は巻き込まれただけで何もしてませんっ」
校長と教頭は顔を見合わせる。
「まあ、結果何もしていないのでしょうね。いいですか、他校の生徒だろうと、犯罪行為の強制はいじめの域を超えて犯罪です。いや、そもそもいじめ自体も犯罪でしょうかね」
「何もしていないうちに、反省しなさい。以上」
決めつけだった。完全に犯罪行為の強制をやっていたと。
(どういうことだ。するわけないっ、証拠もないのにっ)
ふと気づく。
(そう、か。あいつ、五津が言ってるのか)
責任逃れのために、轟の名前を出しているのかもしれない。
(くそっ)
ここまで自分勝手な奴だとは思っていなかった。しかし、どこに文句を言えばいいのか分からない。
どうにかして、誤解を解かなければ。
どうしようもない焦燥感で、どうにかなりそうだった。
〇
桃華学園風紀委員会議室。
奏介は昼休みの始めに私物のPCを持ち込んで操作していた。
戸が開く。
「あれ、あんた一人?」
入って来たのはわかばだった。その内全員集まるだろうが彼女が二番目だ。
「ああ。うちのクラス早めに終わって。しおと椿と針ヶ谷はパン買いに購買行ったよ」
「ふーん。って、何してんの?」
見慣れないノートPCに気づいたようだ。
「ああ、色んなところに都市伝説みたいな噂を流してる」
「と、都市伝説?」
奏介は簡単に先日のいざこざをわかばに話した。
「都市伝説ってか、人の悪い噂じゃない、それ」
「まあそうなんだけど、俺も一回やられたことあるから、お返ししてみようかと思って」
「……あんたにしてはマイルドな言い方ね」
奏介、笑顔。
「ん? 何か言いたいのか?」
「言ってないでしょ!? で、でも大丈夫なの? 匿名でも逆に訴えられたりするじゃない?」
「誹謗中傷じゃないし、何より、警察の父親が息子に甘いみたいだからな。書類改ざんとかその証拠を掴めれば、問題にできる」
「大きい組織に突っ込んでいくの、流石ね」
(裏から権力持ち野郎を、潰す)
●
同日、朝。
出勤した篤信は他の部下達がヒソヒソと話していることに気づいた。何やら部署内で、妙な噂が流されているらしい。
それを知ったのは昼のことだった。




