何を考えているか分からない同級生に反抗してみた1
スマホの着信音に、檜森リリスは首を傾げた。
丁度夕食を食べ終え、自室に戻って来たところ、充電中のスマホに電話がかかってきているようだ。
「なん、ですかね」
画面を確認すると、『菅谷奏介』の名前が。ひゅっと口から息が漏れた。
「わ、わたし何かしましたっけ?」
用もなしにかけてくるような元同級生ではない。
恐る恐る通話をタップして耳へ当てる。
「は、はい。檜森、です」
『もしもし、菅谷だけど』
「ど、どうしましたか?」
こちらから何もしなければ、何もしてこないはずだ。
(大丈夫、大丈夫です。菅谷さん、結構、理性ありますから)
『お前、何か失礼なこと思っただろ』
「ふえ!? な、な、なんでですか!?」
『なんとなく。それより、言っておこうと思ってな』
「え、どういう」
奏介が話し始めたのは四年生の頃の財布盗難事件のことだった。奏介が逆恨みで自分の財布を盗んだのだと認識していたが、
「あ!?」
そういえば、逆恨みに非常に腹が立って、彼の頬に一発入れたのだった。今だからこそ思う。
(もしかして、盗んだのって菅谷さんじゃないんじゃ……)
『何が言いたいかって言えば、あれの犯人は俺じゃない。真犯人はさっき警察に突き出したからさ』
「け、警察?」
『ああ、クラスにいた五津って奴だ。あいつがやって、俺に罪を着せたらしい』
冷や汗が額やら背中やらを伝うのが分かる。
「ええっと……それは……あの時は……すみませんでしたっ!!」
その場で勢いよく頭を下げる。絶対、見えていないだろうが。
『五津に騙されたんだし、そこら辺を謝らなくて良いよ。ただ、俺は盗みなんかやってないって檜森に言っておきたかったんだ』
少しだけ優し気な声にどきっとする。
「そ、そんなの今なら分かりますよ。菅谷さんは泥棒なんてやるような人ではないです。叩いてしまってすみませんでした」
一瞬の無言。
「す、菅谷さん?」
『ああ、いや。さっきもだけど普通に謝られるとは思わなかった。うん、分かってれば良い。何人もの男を騙して遊んでた女に泥棒野郎だなんて思われたくないからな。元クズにクズだと思われ続けるのは屈辱だし。それじゃ』
そのまま通話が切れた。
リリスの頬を涙が一筋伝う。
「菅谷さん、変化球で罵倒するの、やめてもらえませんか……」
〇〇
映画館にきた警察官に事情を聞かれた後、解放されたのは夜の八時過ぎだった。奏介はもちろん、連れの轟も巻き込まれた。
「は~。疲れた~。あいつ、何やってるんだか」
「……轟は財布盗られなくてよかったよね」
「ああ。まさか友達が犯罪するとか思わなかったわ。うーん、何気にショック」
呑気にそんなことを言っている轟、どうやら奏介が罠にはめたことに気づいていないらしい。
一歩後ろを歩きながら、奏介は轟の背中を睨む。ほんの数年前のことを思い出していた。
●
数年前。
財布盗難事件のことで担任の持竹に叱られた後、クラスメート達に謝罪を強要された。その日、最終下校時刻ぎりぎり。奏介は傘を差しながらとぼとぼと帰り道を歩いていた。
「……」
自然と涙が溜まってきてぽたりと地面に落ちた。雨に混じってすぐに分からなくなってしまう。
「財布なんか盗ってないのに」
例のロッカー事件で入院し、学校に復帰した時も、クラスメート達からの心配の言葉などなかったし、何かトラブルが起きればすべて自分のせいになる。それがとんでもなく辛かった。
「菅谷」
声をかけられて振り返る。
「!」
クラスメートの轟が手を振りながら歩み寄ってきた。
「今帰りか? 随分遅いな」
「……何か、用?」
こんなにフレンドリーに声をかけられたのは久しぶりで、警戒してしまう。
「ああ、いや。財布のことなんだけどさぁ。あれって菅谷じゃないだろ」
どきりとした。
「え、なんで」
思わず、彼の目を見る。
「いやあ、なんとなく? うちのおとうさんて警察なんだけど、犯人は分かりやすく証拠を残さないんだって! 誰かが菅谷のロッカーに檜森の財布を入れたのかもって」
ジワリと心が温かくなる感覚があった。
「うん……。やってない。盗ってないよ、俺」
涙を貯めて訴えると、轟がうんうんと頷いて、
「よーし、じゃあ犯人を見つけてあげるよ。なにしろ、僕は将来警察官だから」
「う、うん。ありがとう」
「じゃあ、作戦会議しよ。公園に」
走り出した轟だったが、よそ見をしていたため、道端に停車していた車に傘とランドセルをぶつけてしまった。
「あっ」
よろけそうになった彼を支える奏介。
「大丈夫? 轟君」
「ああ、うん」
すると、男が車の中から顔を出した。
「あ、ガキっ、てめっ、何してんだ」
轟ははっとして青い顔になった。
「待ってろ、今警察を呼ぶ」
「行こうっ」
轟は奏介の手を引いてそのまま逃げたのだった。
その翌日、学校で奏介を待っていたのは身に覚えのない噂。
『聞いた? 車にイタズラして逃げたって』
『全校集会、それらしいよね』
『また菅谷って子? 問題児なんだね』
それ以来轟は声をかけて来なかった。
後から知ったが、警察だった父親に奏介がやったことにして話したらしい。停車していたとは言え、ぶつかられた運転手は万が一にも歩行者ひき逃げにならないように警察を呼んだそうなのだ。轟の告発によって奏介は呼び出されて注意を受け、学校にも噂を流された。ぶつかったのは轟の方だ、なんてとても言えなかった。
●
「さーて、どうすっか? なんか食ってから帰る?」
轟が軽い感じで声をかけてくる。
「ああ、いいよ」
奏介は笑顔。
周辺の飲食店をスマホで探し始めた轟に、奏介は口元に笑みを浮かべた。




