何を考えているか分からない同級生の友人に反抗してみた1
数年前。
小学校四年生の箱根は休み時間になると、友人達と机に集まって雑談をするのが楽しみになっていた。授業終わりに校庭へ飛び出していく同級生もたくさんいるが、少しダサいと思っていた。
「でさー、兄ちゃんが」
と、通路を歩いてくる菅谷奏介に気づいた。ロッカー事件の後、クラス全員が軽く注意され、皆ムカついていた。
隣にいた友人と目が合った。
机を通り過ぎるその瞬間に、足を差し出した。
「うわっ」
それから脛を蹴り上げる。
「うぐっ」
前のめりに倒れこんだ奏介は、すぐに立ち上がれずプルプルと震えている。
皆でくすくすと笑う。
「菅谷さあ、気をつけて歩きなよ。足首痛かったんだけど」
体を起こした奏介は涙目だった。膝には擦り傷ができていて、血が滲んでいる。
「あ、足を引っ掛けたのはそっち」
睨みつけると、びくっと彼が肩を揺らす。
「ああ? 多分、捻挫してるんだけど? 謝れよ」
そういうと、友人達も同調してくれる。
「怪我させといて、謝らないとか最悪なんだけど」
「さっさと箱根に謝れよ、クズ」
あっという間に奏介が悪いという流れになる。やはり、先日の件で奏介にヘイトが溜まっているのだろう。
奏介は擦り傷を手で押さえた。
「……ご、ごめんなさい」
「頭くらい下げろよー」
「謝り方分かってないじゃん」
雰囲気に流されて、奏介は頭を下げた。
「ごめんなさい……」
そう言って、駆け出した。
自分の机からランドセルを取り、そのまま教室を出て行ってしまった。
「ははははっ」
「泣いてたんだけど!」
「きっも」
「もう来なくて良いのになー」
「いやいや、むかつくから、叩いた方がいいだろ」
やはり、この一体感が堪らなく楽しい。
箱根はずっとこの雰囲気が続けば良いのに、と、思った。
○
カラオケ店の男子トイレにて。
箱根はトイレを済ませ、手を洗っていた。
「んー。なんかふつーだな。菅谷」
あの日の暴走気味の発言が嘘のように会話が出来る。カラオケもそれなりに盛り上がっているので、杞憂だったようだ。
「さあ、次は何を」
ハンカチで手を拭いてから出口へ向かおうとすると、目の前に奏介の顔があった。
「ひっ」
まったく気配がしなかった。
「あ、ああ、なんだ。菅谷。ト、トイレ?」
「まあ」
「んじゃ、先戻るわ」
奏介が道を塞いだ。
「お前さ、堂々と俺の前に現れて馴れ馴れしく話をする前に、言うことあるんじゃないか?」
「え?」
少し考えて、
「えーとなんか、あったっけ?」
箱根は曖昧に笑う。
奏介は、先ほどまでの雰囲気と違って、口調が刺々しい。あの同窓会での一件が思い出される。
「あったっけ、じゃねーよ。お前さぁ、四年の時に教室で俺に足かけして怪我させたよな? あの時、俺に謝らせただろ。こっちも怪我してるのに、皆で笑ってさ」
「……ああ」
箱根はため息を一つ。
「そんなこともあったけど、よく覚えてるよね」
やはり、変わっていなかったようだ。少しでも見直したことを後悔する。
「なんていうんだろ。陰湿っていうか、そこまで詳細に覚えてるの、気持ち悪いよ? 子供の頃のことをいつまでも文句言ってさ」
「何言ってんの? 人に怪我させた傷害事件の犯人に対して文句言うのが悪いって? 冗談言ってんじゃねえよ。この犯罪者が」
箱根はごくりと唾を飲み込む。
教室で涙を滲ませていたあの日の彼と同一人物とは思えない。同窓会の時はほぼ他人事で、なんならドン引きしていたが、こうして対峙すると恐怖さえ覚えるレベルだ。
「いや。いやいや。犯罪って。ただからかってただけでしょ? なんでそんなマジになれるの?」
「怪我させられた上に謝らせられて笑い者にされたことが最っ高に、ムカつくからに決まってるだろ。はっきり言うが、謝ったとしても絶対許さないレベルで、恨んでるよ」
「……あーわかったわかった。悪かったって。てか、もう学校も違うし、お互い忘れればいいんじゃない? お前もまあ、会話できるし、そこそこ普通レベルになったんだし」
奏介の眉がぴくっと動く。
「なるほど、クラスで俺をいじめてた時ってそういうノリだったんだな。この場で真剣に謝れるならと思ってたけど、根っから腐ってるみたいだ」
奏介はポケットから銀色に光る何かを取り出した。
「え……」
それはどう見ても、小型のナイフだった。
一気に冷や汗が湧き出してくる。
「ちょ、いや、何考えてるんだよ」
箱根の頭にいつかの殺人事件のニュースがよぎる。
『加害者は学生時代のいじめで恨んでいたと供述しており』
朝ごはんを食べながら聞き流してた、自分にとってはどうでも良いニュースがこの状況はあまりにも当てはまっている。
「お、落ち着きなって」
「例えばさ、俺がこれでお前の腹をブッ刺すじゃん? どう考えても痛いって分かるよな? それに対して俺が『それくらいで痛がるなよ。お互い、このことは忘れよう!』とか言い出したら、全部チャラにして忘れられんの?」
奏介が一歩進む。
「く、くるな! ひ、人呼ぶぞっ! け、警察」
奏介はそのナイフを刃の部分から破いた。紙を折って作っていたらしいナイフをビリビリにして床に散らす。
「呼べば? 別に、俺は何もしてないし。ていうか、動揺しすぎだろ」
「っ……! な、ナイフなんか見せられたら誰でも焦るし、足掛けとはレベルが違うだろ!」
「他人を傷つけることにレベルなんかねえんだよ。これくらいなら怪我させても良いだろうとか、あり得ねえっての。そういえばお前さあ、最近逮捕された石田春木君とつるんでたんだっけ? ゲーセンで、楽しくかつあげしてたんだよな?」
箱根は、息が詰まるレベルでドキリとした。
ゲーセンかつあげの件は41.42話にあります。




