学歴を比べて馬鹿にする社会人に反抗してみた4
数日後、目能はいつも通り本社に出勤していた。エレベーターを降りて自分の部署に向かう。少し前に酔って騒ぎを起こしたことなど忘れかけていた。それでもふとした瞬間に思い出してイライラする。出禁になったところであまりダメージはない。
(言われなくても、見浪が行くような貧乏くさいところなんて行かねぇっつの。てかあいつ、低能のくせに説教なんかしやがって)
と、後ろから声をかけられた。
「目能さん」
見ると、経理の赤和だった。特別親しくはない。挨拶をするくらい、名前も言われれば思い出すくらいの付き合いだ。
「門輪部長がお呼びですよ。第三会議室です」
「部長?」
「伝えましたから」
会釈をして、去って行った。
不思議に思いながら、第三会議室へ。
「失礼します」
無駄に重い扉を開けて、中へ入ると直属の上司である門輪部長と人事部部長、副社長そしてなんと、社長が待っていた。四人とも険しい表情だ。
「……あの、何か?」
急にドキドキしてきた。社長など、新人研修で話を聞いたくらいだ。
と、後から日水と青伊も入って来た。二人とも室内の様子に一気に緊張したようで、四人に挨拶だけして黙った。
「まず、これを見てもらおうか」
天井からスクリーンが降りてきて、プロジェクターが動く。
そこに映し出されたのは、見覚えのあるボウリング場の光景だった。目の部分にはモザイクが施されているが、見る人が見れば目能、日水、青伊だとわかるだろう。
「あ……」
ドクンと心臓が跳ねる。
動画の中の三人はやや呂律が怪しい状態で、少年に絡んでいる。どう見ても、自分達が異常行動を起こしていた。客観的に見て、『ヤバい連中』だ。
門輪部長がこほんと咳払い。
「調査したところ、このボウリング場は飲酒が禁止されているわけではないようだが、このように他人に迷惑をかける行動を取るのは社会人としての自覚が足りないだろう。入社して一年も経っていないのは分かるが、良い大人なのだから、それらしい対応をしなければならないのは分かるだろう?」
いつも冷静な門輪部長の声に少々怒気が混じっているのが分かった。
「あー、目能君だったか? プライベートに口を出すのは主義ではないのだがね。我が社の名前を何度か叫んでいたようだな?」
「そ、そんなことは」
丁度動画の場面が店員達に取り押さえられるシーンになった。
動画の目能が叫ぶ。
『オレは〇〇自動車のエリートだぞ! 離せ!』
血の気が引いた。酒が回っていてまったく覚えていない。
「いや、これは違うんです! その、こっちが絡まれたんです。高校生くらいの少年が暴言を吐いてきて」
副社長がため息を一つ。
「酔っ払いが高校生に絡んでいるようにしか見えませんよ。しっかり証拠があり、しかもネットに流されるなんて。おかげで我が社のSNSは炎上気味です。苦情の電話も来ていますしね」
日水はうつむいて震えているが、青伊が一歩前に出た。
「待って下さい。私は止めたんです。悪ふざけが過ぎると感じて、止めましたがきかなくて」
(こ、こいつ)
完全に自分を守りに動いている。
「ああ、最後に止めていたようだが、それまで一緒に笑っていたようじゃないか。高校生に絡んだ時点で、我が社の名誉にかけて全力で止めてほしかったものだな?」
と、社長。
「そ、それは。じゃれているだけに見えてしまって」
「クレームを入れてきた人物は責任逃れをしようとした青伊君も同罪だと名指しされてしまってね。君だけを許すという選択肢はないよ」
門輪部長が強い口調で言う。
「まったく、我が社の恥晒さらしだな」
社長はゆっくりと立ち上がった。
「ちなみに私も高卒だが、大卒とはずいぶんと頭が悪いようだ」
その言葉は自分の胸に突き刺さった。
「よして下さいよ、社長。私も大卒なのです。こういう輩と一緒にしないで頂きたい」
副社長がため息混じりに言う。
「うむ、そうだな。優秀な君と同じとは口が裂けても言えん」
そこで、人事部部長が前に出た。
「我が社の名誉を著しく傷つけたとして、目能、日水、青尹の三人には解雇処分を言い渡す」
目能はその場に崩れ落ちた。日水は茫然、青尹は頭を抱えている。
解雇、一年も経たずに解雇。
現実が信じられない。
(なんで……なんでこんなことになったんだぁああああっ)
飲酒した状態のまま、ボウリング場で暴れたからである。
〇
とある日、ファミレスにて。
奏介は見浪と向かい合っていた。
「あー、解雇ですか」
奏介はため息をつきながら言う。
見浪とはあの日、連絡先を交換していたのだが、突然呼び出されたのだ。
「ああ、例の動画が社長の逆鱗に触れたらしくてね。あの会社にいる先輩に聞いたんだ」
「そうでしたか」
動画を流したのは奏介だが、彼には言わないでおきたい。
「あの時はありがとう。内心ではスカッとしたんだ。オレもムカついていたしね」
大人な対応をしていた彼も、思うところがあったらしい。
「いいきみだよ」
見浪は言ってため息。
「大学、行きたかったなぁ」
「……思い通りにいかないことも、ありますよね」
「ああ、そうだね。今日は改めてお礼が言いたかったんだ。友達にもよろしく伝えてね」
「はい」
見浪は笑顔で頷いて、伝票を手にした。
「ゆっくりしていって」
好きなものを頼んで、と言われたのでケーキが目の前にある。まだ食べかけだったりする。
「あ、ごちそうさまです。なんかすみません」
「いいよ。それじゃ」
見浪はそう言って、店を出て行った。
(ムカつかない方がおかしいよな。……よかった)
と、横に店員が立った。
「お冷のおかわりいかがですか」
「はい、お願いします」
グラスに水を注ぎながら、店員が話しかけてきた。
「なあ、お前って菅谷だよね」
フォークに刺したケーキを口に運んだ状態で、店員を見上げる。
「……」
「ほら、あいつ。上嶺のパーティに参加してた。4年の時にクラス一緒だったろ? てか、あの時はお前も災難だったよな。皆、金持ちのあいつに流されてたからさ」
「……轟だっけ」
「そうそう。上嶺の奴、最悪だったよなぁ。オレもうざいと思っててさ。あ、今度一緒に遊ばねえ? あいついなくなってすっきりしたっしょ?」
奏介はふっと笑った。
「そっか、上嶺だけが俺のことを悪く言ってたんだ」
「ああ、金持ちだからさ。皆逆らえなかったわけよ」
「そうなんだ」
奏介笑顔。
「うん、轟、誘ってくれるんだ?」
「もちろん、上嶺消えた記念にな! 連絡先交換しようぜ」
素直に応じた奏介は終始、笑顔を崩さなかった。
轟の登場エピソードは347話になります。




