母に攻撃する小姑と娘に反抗してみた4
突然現れた洋輔に目を瞬かせる市子。
「は……? 洋兄? ……はあ!?」
「何驚いてるんだ。母さんが体調を崩したと連絡してきたのはお前だろ、市子」
「そ、それはただの報告で」
「看病は大変だから、来てほしいと言っただろう。だから、安友子に頼んだのに」
「あら……そうだったのね。悪かったわね、洋輔」
困ったように言う里子。
奏介と姫は同時に鼻を鳴らした。
「何こいつ、自分で看病できないって言ったの?」
「父さんは海外にいるんだから、すぐには来れるわけないのにな。しかも、来てくれた母さんの作ったご飯捨ててるし、何が目的なんだよ」
「どうせお母さんをいじめてストレス解消しようとしてたんでしょ」
「真性のクズだな。なんだ、このやばい大人は」
市子は言いたい放題の菅谷姉弟に怒鳴りそうになって、ぐっと堪えたようだった。
「それで? 安友子が疫病神だって?」
「や、やだなぁ、洋兄ってば。ちょっと口喧嘩しちゃっただけで」
「洋輔さんっ」
安友子が市子の言葉を遮った。
「今まで我慢してきたけど、わたしはこの人に嫌がらせをされたり、嫌味を言われたり、他にも色々色々っ! わたしは何もしていないのに、一方的に! ……言われてた」
うつむいた安友子、市子は鬼の形相だ。
「てめえっ! ちくってんじゃねえよ! 卑怯者っ」
そう怒鳴ってから、すぐに我に返ったようだ。市子は洋輔に駆け寄った。
「よ、洋兄は騙されてんのよ。こんな女、絶対釣り合わないって思ってたんだから。しかも、子供がどっちもこの女に似ちゃって、キモいしさ」
奏介、姫が同時に市子を睨む。
洋輔は呆れたように肩をすくめた。
「お前なあ、安友子が何年俺の嫁をやってると思ってるんだ? というか、おれの家族を全て否定しておいて、騙されてるって?」
「だって、こいつ、片親で育ったんでしょ? そんな奴を」
そこで市子がはっとする。
洋輔は冷たい視線を向けた。
「やっぱり安友子が母子家庭だったことが元か」
奏介は呆れて言葉も出ない。
(今時母子家庭育ちを罵倒するとか。てか、二十年以上前だし、何より)
安友子が市子に人差し指を向けた。
「それが嫌がらせの理由だとしたら、今の市子さんはどうなんですか?」
「う、うっさい。あたしは……マミカとお母さんとここで暮らしていくんだから、母子家庭じゃないし!」
嫌がらせの元となった母子家庭育ち、だが今は市子自身がシングルマザーなわけだ。二十年前のきっかけをすっかり忘れていて、今思い出したのだろう。分かりやすく顔に出ていた。
(頭悪いな、この人)
里子がふうっと息を吐いて、立ち上がった。
「一緒に暮らしていく、ね。もしかしてこのままこの家に転がり込む気なのかしら? 何も言わないでいたけれども、そろそろ一か月でしょう? 働いたら? それにお料理もお洗濯もお掃除もやらないじゃない。わたしみたいな風邪引き老人のお世話もままならないなら、出て行ってもらって結構よ」
「こ、ここはあたし達が育った家でしょ!? 出てけって、お母さん、本気!?」
姫が舌打ちをした。
「ああん? あんた、無職ってこと? やらないなら家事手伝いでもないじゃん。ニート? ニート様が会社員のあたしによくそんな口をきけたわね。しっかり金稼いでから言いなさいよ」
姫のイライラが伝わってくるようだ。
「う、うるさいっ、全員、うるっさいのよ! よってたかって、あたしを攻撃して」
奏介は首を傾げた。
「叔母さんが雑炊をゴミ箱に捨てなければこんな袋叩きに合ってないと思うけど」
「っ!」
そこで言葉が出せなくなるところが最高に無様だ。
「安友子のことが気に入らないなら、直接おれに言えばいいだろう。そこで安友子に攻撃するのが、不愉快だ」
「ま、待ってよ。洋に……お兄ちゃん! 誤解なの。お兄ちゃんのことが心配で」
「嫉妬? きっしょ」
姫が吐き捨てるように言う。
「どうしようもねえな。嫉妬でのいじめが一番クズだ」
「最っ低! 見苦しいわっ」
最後に安友子が言い放つ。
洋輔がこほんと咳をした。
「さて、市子。良い仕事を紹介しようか」
「へ?」
「泊まり込みで、マミカちゃんと一緒に寮に入れる。仕事は工場勤務だ。女性も多い職場だから、心配はいらない。健全な職場だ」
「へ? あ? え?」
「話は通しておいた」
と、玄関が騒がしい。バタバタと入って来たのは数名の作業着の中年女性たちだった。
「お邪魔しまーす。あなたが菅谷市子さんかい? よろしくねえ。いやいや助かるわぁ」
両腕をがっちり掴まれ、引っ張られて行く。
「え、え? ママ? あれ? え?」
どさくさに紛れてマミカも女性達に手を引かれ、玄関の方へ引っ張って行かれた。
しばらくして車が走り去る音がして、シンとなる。
「母さん、後で荷物を送っておこう。これで少しは反省するだろう」
里子は苦笑いだ。
「働くきっかけになれば良いわねぇ」
奏介はごくりと息を飲み込んだ。
(さすが父さん)
やはり、人脈を作るのは大事なのだと学ばせてくれた。
「洋輔さんっ」
安友子が洋輔へ近づく。それを軽く抱きしめる。
「悪かったな。もう大丈夫だ」
「ううん。ありがとう」
奏介と姫は顔を見合わせ、笑いあった。
「それにしても母さんも言ったね。俺達のことで怒ってくれてよかったよ」
「うん。ばっちり。叔母さんちょっと押され気味だったし、すっきりしたわ」
「そう? 無我夢中で。でも、もう負ける気がしないわ」
そこで里子がぱんぱんと手を叩いた。
「皆そろったことだし、ご飯食べましょ。安友子さんが作ってくれたんだから」
雑炊だけでは寂しいので、おかずをもう一品作ることにした。
●
市子は作業着に身を包み、ベルトコンベアの前にいた。独特の匂いがする食品工場で、作業は非常に単調だ。
(なんでこんなことしなきゃならいのよっ)
食品を握りしめてしまい、隣に大柄な女性が立った。
「菅谷さん? もう少し真面目にお仕事しましょうね? 洋輔さんの妹さんだもの。無能じゃないと信じてるからね?」
「ひっ」
残念ながら商品を一つ駄目にしてしまったわけで。
「ご、ごめんなさいっっ」
声が空しく、工場内に響いた。
強いメンツばかりでカオスになってしまいました……。




