バス停留所で喧嘩を始めたカップルに反抗してみた1
※この話はフィクションです。実在の人物とは一切関係ございません。
通算何回目のデートだろうか。
神保原行忠は不機嫌そうにバスの扉が開くのを見ていた。後ろに並んでいるのは3年前から付き合っている彼女の御守カンノ。彼女も神保原と同じくらい表情がイライラしている。
「ねぇ、何怒ってんのよ?」
神保原は無視。
「1分前に着いたら遅いって怒ったからあの時間で来たんだけど?」
約束は土曜の15時駅前だったはずなのに彼女は14時半から持っていたらしいのだ。
(意味わかんねぇ。オレに遅いとでも言いたいのか?)
当てつけのように30分早く到着し、待っていた彼女に腹が立つ。
10分とか15分前なら分かるが、30分は早すぎるだろう。
「行忠? あぁ、耳が聞こえなくなったのかしら。この鈍臭男」
あからさまな悪口にカッとなった。足を止めて振り返る。
「んだと? この高速ババァ」
「うるっさ。叫ばないでよ恥ずかしい。てか先週のあの件、時間を過ぎてないのにキレてたあんたが悪いでしょ。短気過ぎんのよ」
「1分前は遅刻と変わらねぇんだよ」
「なら今日は解決でしょ? そっちこそ、10分前に着いてたじゃない。20分も人を待たせといて偉そうね。そういえば配信はピッタリに始めてなかった? 遅刻じゃん」
「待ち合わせとちげぇだろ、それ」
睨み合う。と、その時。
「あのー」
見ると、バスからおりてこようとしていた高校生が困ったように挙手していた。
「あん? なんだお前」
「うざ。口出しすんの止めてくれる?」
「じゃなくて、バスの乗り口の前で喧嘩するのは止めてもらえませんか? 運転手さんもお客さんも困ってますし……」
2人ははっとする。完全に乗降を邪魔する位置で足を止めていたようだ。
周りに奇異の目を向けられ、御守はキッと神保原を睨んだ。
「あんたのせいで、目茶苦茶迷惑かけてるじゃない!!」
「それはこっちのセリフなんだよ!」
再び周りが見えなくなり、言い合いになる。これまでの不満がこの場で一気に放出し、とまらなくなっていた。
バスを降りようとしていた男子高校生、もとい奏介は目の前で言い争いを始めたカップルに顔を引きつらせた。自分の後ろには降りたい客がいるし、彼らの後ろには乗りたい客がいて、この状況ではどうしようもない。
奏介はため息をついた。
「ちょっとこっちへズレましょうか」
奏介は、神保原の肩と御守の鞄に手を添えて、バス入口の横へ移動させた。それに寄って、客達が乗降を始める。
奏介はほっと胸を撫で下ろす。
「何よ!」
「なんだよ!」
まだやっていた。
(この人達……)
迷惑過ぎる。
「あーえーと。もう発車するみたいなので、乗った方が良いですよ。それじゃ」
奏介はそれだけ言って立ち去ろうとしたのだが。
肩と手首を掴まれた。
「え」
振り返ると、彼らがこちらを睨んでいた。
「……なんでしょうか?」
「ちょっと来いよ」
「話つけましょ」
「いや、俺は関係ないというか、別に喧嘩は止めませんから」
しかし、
「いいから来て」
「土曜半日の学校帰りなんだろ、時間あるだろ」
強引に引きずられて来られたのは駅ロータリーの端っこの花壇だった。ベンチはないが、大きな花壇の縁に座っている人もよく見かける。今は周りに人がいないので、話をするのは丁度良いかもしれない。
「って感じで、こいつは時間待ち合わせ1分前は遅刻だっていうのよ」
「……なるほど」
「待ち合わせは普通、10分前についてるだろ。ギリッギリで間に合ったとか笑顔で言いやがるんだ」
「ふっつうに間に合ってるんだから笑顔でも良いじゃない。そう思うでしょ?」
奏介へ問う御守。
「そ、そうですね」
「おい! なんで女の味方してんだよ。そいつはな、1分前に来る前の待ち合わせでも遅刻しまくってるんだ。たまたま間に合っただけで笑ってんだぞ。その前の遅刻はチャラにしろってのか? 遅刻魔のくせに」
「たかが5分10分、遅刻したからって女々しいやつ! だから今日は30分早く来てたんでしょ。なんなのよ。20分も待たせたくせに」
「てめぇ、いい加減にしろよ。こっちは10分前に来てんだよ。待たせたってなんだよ。約束の時間前だろうが」
「1分前は遅刻で10分前はセーフなわけ?」
「9分も違うんだから一緒じゃねぇんだよ。カップラーメンが3個も作れるわ!!」
奏介はその様子に遠い目をした。
(なんで俺、名前も知らない人の喧嘩を見守らないといけないんだ……?)
そもそも彼らは価値観が違いすぎるので、付き合っていくのは難しいのではないだろうか。この些細なことで言い争いになる様子を見ていると、新しいパートナーを探すほうが絶対に良い。
そうは思ったものの、
(余計なお世話だな)
自然に喧嘩が終わるのを待つしかないだろう。
「もう良いわ。奥さんとも別れる気ないみたいだし、そろそろ終わりかしら」
「言ってんだろ、別れるのは無理だってさ。現実的に考えて分かるだろ。あからさまに八つ当たりしてきやがって」
「何よ、嫁とは仲悪くて夜も何も無いとか言ってたくせに」
(……え、まさか、不倫……?)
神保原には奥さんがいて、御守はそれを知りつつ付き合い、離婚を求めていたようだ。
奏介が冷や汗をかき始めたところで、少し遠くでヒソヒソ声が聞こえてきた。
「あれってもしかして、動画配信者のマルイさん? えー、めっちゃ若い〜。50代だよねぇ?」
(マルイ……動画サイトで見たことあるな)
「娘とかかな? うけるー。めっちゃ喧嘩してるし」
「動画用じゃない? 今度家族を紹介するとか言ってたし!」
どうやら有名な動画配信者のようだ。御守が娘と間違われるのはなんとなく分かった。恐らく、彼女は20代後半か30代前半だろう。
(えぇ……)
普通の年の差カップルかと思いきや、かなりヤバイ状況のようだ。
「あのー、そろそろ止めませんか? 注目され始めてますし」
「そんなの、望むところよ」
御守はスマホを取り出し、ささっと操作をした。
「はい、これであんたは終わり」
神保原は眉を寄せる。
「何したんだ」
「あたし、週刊誌の取材受けてたのよね。あんたとのこと。全部喋って、後はメディアに情報公開するだけだったの。今、担当の人にGOサイン出したからそのうちテレビ放送するんじゃない?」
「な!?」
「避妊拒否って妊娠中絶したこともぜんっぶ世間にバラさせるからよろしくね!」
いつの間にか周辺には人が集まっていて、ざわざわしていた。皆、スマホを見ながら神保原ことマルイを訝しげに見ている。
「お、お前……ふざけるな! 俺を応援するとか言っておいて、結局潰したいだけかよ」
「あんたが離婚する気ないのに、好きだとか愛してるとか薄っぺらい言葉を吐くからでしょ!? こっちはもう30なのに、結婚する気がないのにヤリたいだけで振り回して」
御守は涙を浮かべた。
「絶対許さない」
周りもヒソヒソと。
「不倫てこと?」
「妊娠て……嘘でしょ」
「マルイさんて家族と仲良さそうだったよね?」
奏介は顔を引きつらせた。ド修羅場だった。
「ね、こいつ最低でしょ? 女をバカにしてるのよ」
「そっちが奥さんがいても良いとか言って、近づいてきたんだろうが。今更ふざけるなよ。ほら、こいつは約束を守らない遅刻魔なんだ。分かるだろ?」
2人同時に問われ、奏介は目を瞬かせた。
「あー、いやなんていうか、どっちも同じくらい悪いと思いますけど」
奏介は困り顔で頭をかく仕草をする。
「そもそも、お互い不倫すんなよってお話では? 普通に駄目でしょ。30代50代になって下半身緩すぎでしょ。本能で動く、動物か何かですか?」
※この話はフィクションです。実在の人物とは一切関係ございません。




