注意したカラオケ店員に嫌がらせをする迷惑客に反抗してみた1
過去話が出てきます。
上嶺親子について関連話。
227部〜
奏介父について
307部(最後の方)
とある放課後。
マイクを握ったわかばは、落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回した。
駅近くのカラオケ店の一室である。ここにいるメンバーはわかば、東坂委員長、田野井、そして奏介の4人。つまり、風紀委員会のメンバーである。
「ねぇ、良かったの? 前みたいにバイトとして潜入した方が」
「いや、古長先輩の話を聞く限り、バイトとして入るのは危ないと思う」
田野井が腕を組む。
「相談を受けた時も言っていたが、どういうことだ?」
「店側に個人情報が流れるから、ですか? 相手はお客さんですけど」
東坂委員長も不思議そうに首を傾げる。
風紀委員会相談窓口、今回の相談は、2年生の古長琉斗だった。
彼はバイト先であるカラオケ店で、特定の客から嫌がらせを受けている。バイト先のトラブルということもあり、相談する予定はなかったらしいのだが先日、学校の正門近くで待ち伏せをされたらしい。半ば脅しをかけられ、どうして良いか分からず相談をしてきたそうだ。
教師や警察へ直接相談することも勧めたが、「大人に言いつけたら、ボコる」というようなことを言われたらしい。報復が怖い、と怯えていた姿は印象的だった。
と、わかばが入れた曲のイントロが
始まったところで、ドアが開いた。
「失礼いたします、お客様」
入ってきたのは、気弱そうな少年だ。エプロンをして、ポテトとたこ焼きが乗ったトレーを両手で持っている。
「あ、お疲れ様です」
少年、もとい古長先輩は疲れたように笑い、テーブルにトレーを置いた。と、その時。再びドアが開く。
「失礼しますー。古長君、ケチャップ忘れてますよ」
入ってきたのは恐らく大学生の女性店員だ。
「野庭さん……ありがとうございます」
彼女はにっこりと笑って、
「失礼いたしました」
会釈をしてすぐに出て行った。
ふうっと息を吐き出す古長先輩。
「疲れているようだが。もういっそ、バイトは辞めれば良いのではないか。慣れている場所だとしても、切れるなら悪い縁は切るべきだぞ」
田野井の言葉に東坂委員長も頷く。
「嫌がらせをされ続けてまでしなくても良いと思いますよ。学校生活に支障が出ているのは問題です。他のバイトを探すなら風紀委員会でお手伝いします」
「古長先輩、菅谷は顔広いから、バイト先のことは相談しても良いと思いますよ。でしょ?」
わかばに話を振られ、奏介は頷くが、
「俺も皆と同意見なんですけど……やっぱり、辞めたら報復されそうな雰囲気なんですかね?」
古長先輩は力なく頷く。
「学校までバレてるし、家に来られたりしたらどうしようかと思ってさ。あいつら、めちゃくちゃしつこくって。なんでこんな……」
嫌がらせのきっかけとしては、アルコール持ち込み禁止のカラオケ店内において、大量に持ち込んで飲酒をしていたので、注意をしたとのことだ。つまりは逆恨みだ。
「ああぁっ、あの時注意なんてするんじゃなかった」
がしがしと頭を掻く古長先輩。
相当追い詰められてるののだろう。
「えっと、確かフードメニューを持っていくと、水やアルコールをかけられるんでしたっけ?」
「ああ、そのせいで注文品を落として謝罪させられるはめになったこともあったよ。店長も困って、僕のシフトをいじったりしてくれたんだけど、なんでか嗅ぎつけてくるんだ」
シフト表などの情報が漏れていることは間違いないだろう。そこまでして嫌がらせをするというのも、かなりの暇人だが。
「分かりました。とりあえず、例の奴らそのうち来るんですよね? フードメニュー持ってく時にメールで教えて下さい」
「ああ」
トボトボと、彼は仕事へ戻って行った。
「もしかして、他の店員さんの中にシフト表をその人達に見せている人がいる、と?」
さすが東坂委員長である。
「はい。なので油断出来ませんね。自分のバイト先に嫌がらせしてくるような奴らに協力してる時点で頭おかしいですから。自分の働いてる職場潰して何になるのかまったくわかりません」
わかばが顔を引きつらせる。
「た、確かに。何考えてるのかしら」
「うむ。頭がおかしいという表現がぴったりだな。理解不能だ」
「とりあえず、情報漏らしクズ野郎は置いといて、迷惑客を黙らせましょう。いつも通り俺が行くので合わせて下さい」
4人は頷き合った。
迷惑客が来るまで普通に時間を潰すことに。
「橋間は歌いたいものがあったのだろう?」
田野井に言われて、わかばはマイクを握った。
「い、良いですか? カラオケとか久々で」
「ふふ。橋間さんは何を歌うんですか?」
「あ、俺ちょっと薬局行って来て良いですか? そばにありましたよね、すぐ戻ります」
3人は不思議そうにしていたが、至急買い揃えたいものが出来た。
と、部屋の外へ出ると、奏介のスマホが鳴った。
耳にスマホを当てる。
「もしもし」
『おう、奏介か』
「え、父さん? ああ、そっか。今日は家にいるんだっけ」
父、洋輔だった。
丁度昨日の夜遅くに帰ってきて、今朝は彼が寝ていて会わなかったのだ。
『今日は帰り遅いのか?』
「ああ、まぁ。友達と約束があって、時間かかりそうかな」
最悪警察沙汰も覚悟である。
『そうか〜。ちょっと時間が出来たんでな、ほらなんて言ったか。カミカミ議員だっけ』
「上嶺議員ね。息子がクズで俺に突っかかってきて返り討ちにしたら、逆恨みされてるっぽいってところまで話したっけ?」
『ちょっとその議員様のところへ行ってこようと思ってな。このまま黙って会社をクビになるのはしゃくだろ?』
「え、あ、乗り込むの!?」
『心配するな、お前からもらった情報から色々分かったからな』
「明日なら俺も付き合うけど」
『明日は同級生と飲みに行く約束をしてるんだ。じゃあ、あまり遅くなるなよ』
中々にノリが軽い。通話はそのまま切れた。
●
上嶺祐誠は、選挙活動のため、秘書1人、ボディガード1人と共に事務所を出て、駐車場に停めている車に乗り込もうとした。
「やっと出てきましたね、上嶺祐誠議員」
突然通行人に声をかけられ、とっさにボディガードが前に出る。
声をかけていたのは中年の男だった。
「ん?」
見ない顔だ。
ノーネクタイワイシャツにスーツ姿。ポケットに手を突っ込んで、笑みを浮かべている。
「先生、お知り合いですか」
ボディガードの若い男が聞いてくるが、
「いや。知らない顔だ」
そう言った。この仕事をしていれば、相手が知っていてこちらが知らないというのはよくあることだ。
「失礼。私はこういうものです。すが」
「申し訳ないが、アポイントを取ってからにしてもらえませんか。こちらも忙しくてね。待たせている人がいるので、これで失礼」
名刺を出そうとする男、祐誠が自己紹介を遮った。
「アポイント? ほう? なら、手短に、単刀直入に聞きましょうか。とある会社の社長に菅谷洋輔というエンジニアを解雇せよと命令しましたよね?」
「……」
「その理由を聞かせてもらいましょうか。この私、菅谷洋輔を何故クビにしたいのか。非常に興味がありますからね」
「なんのことだね? 言いがかりは」
「そういえば、昨日、桃糠ホテルのパーティ会場に女性を呼んで数十人の政治家と楽しそうにパーティをしていましたよね?」
洋輔は人差し指と中指で何やら写真を挟んでいた。
「なっ……」
「なぁに、脅しに来たんじゃないんですよ。顔も知らない相手を解雇させるよう圧力をかける……余程の理由があるのだろうと思います。是非お聞かせ願いたいと思いましてね。上嶺大先生?」
●
古長琉斗は注文の入っていたフライドポテトをトレーに載せ、部屋番号012のドアの前に立った。
「……」
一瞬躊躇ってから、
「失礼します。フードお持ちし」
ばしゃんっ。
そんな音がして、気づけば全身ずぶ濡れになっていた。
目を閉じた瞬間にポテトを落としてしまい、足元に散乱している。
(……やっぱり)
部屋の中を見ると、先程提供されたビールジョッキを構えてにやにや笑っている男女合わせて3人の姿が。
「おいおい、ポテト落としてんじゃーん。せっかく頼んだのになんなんだよ、この間抜け店員は〜」
大声に、受付カウンターやドリンクバーにいた客達が一斉にこちらを見る。
「申し訳、ございません」
「ああん? 声小さくね?」
黒髪刈り上げでピアスをした若い男、会員証によれば名前は下里という。
「す、すみません」
「謝っても、このポテトもう食えないんですけどー?」
女が言って、もう一人のロンゲ男が大笑いする。
もう一度謝罪しようとしたところで、
「うわっ」
後ろで声がした。振り返ると、奏介が尻もちをついていた。
「ちょっ、大丈夫? 菅谷」
わかばが慌てた様子で声をかけていた。
「あ、ああ」
運良く床のビールに尻をつくことはなかったようだ。
「なんなんだ、この水」
奏介が眉を寄せる。
「見ていなかったのか? そこの部屋の客がそこの店員に液体をかけてたろう」
「田野井さん、色々事情があるのですし、あまり口を出すのは」
東坂委員長がたしなめるが、不快感は拭えないようだ。
奏介はゆっくりと立ち上がった。
「橋間」
「何、どうしたのよ……ん?」
わかばが怪訝そうにする。
「なんか、ちょっと変な匂いしない?」
「む? 確かに」
「これは……」
わかば、田野井、東坂委員長がそれぞれ発言したところで、奏介は部屋の中の3人へ視線を向けた。
ビールの床をびちゃびちゃ音を立てて歩いて、古長と下里の間に立った。
奏介は呆れ顔。
「お兄さん、さすがに自分の排泄物をお酒に混ぜて人にかけるのはヤバくないですか? 暴行罪で警察に連絡しますよ」
廊下に漂っているのは、微量のアンモニア臭だった。
奏介の作戦なので、ニオイだけです(笑 ご安心下さい。
過去話が出てきます。
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