『第139部』女の子の顔の火傷をからかっていた男子達after2
宮城は反射的に奏介と反対方向へ駆け出した。足音に気づいた彼が振り返るが、構わない。
「はぁ、はぁっ」
逃げてしまえばこちらのものだ。怒鳴り声や足音は聞こえない。とっさに追ってこられなかったのだろう。
「へへっ」
このまま逃げ切る。細い路地や回り道をしつつ、追ってこられないように出来るだけ複雑な道を通って、いつもより帰宅が遅めになりそうだ。
ようやく家の近くの路地へ出たときである。スマホが震え始めた。
「!!」
文字通りビクッとなり、慌てて画面を確認する。
「な……なんだよ……」
登録名はフルネーム表示だが、番号は母親だった。
「もう家だっつーの」
この距離では出る気になれない。無視をして、家へと歩き始める。
「……てか、電話してくんの、珍しいな」
大抵はメッセージアプリかメールだ。
「……」
宮城は少し考えて、スマホの画面をもう一度見る。着信音はまだ鳴っている。中々しつこい。
「たく」
通話ボタンをタップして、耳に当てる。
「なんだよ、今に帰るところ」
ツーツー。
さすがに切れてしまっていた。
「はぁ〜」
力が抜けてしまった。さっさと家へ入ろう。そう思ったのだが。
「学校から帰るまでに何十分かかってんだよ」
そう声をかけられ顔を上げると、自宅の前に先程の高校生が立っていた。こちらを、呆れ顔で見ている。ぶわっと鳥肌が立った。
「な……なな!? なんで家」
「真鍋さんと晴丘さんに聞いた。お前をどうにかしてほしいってのが相談だったからな」
「はあっ!? またあいつかよ! 人んち勝手に教えるとかプライバシーの侵害じゃん」
「息を吸うように真鍋さんの悪評広めてる奴に文句言う資格ねぇんだよ。お前が誰彼構わず過去の火傷のことを言いふらすから、何人かと人間関係が崩れたって困ってたんだぞ」
「はん、知ったことじゃねえんだよ」
「お前の意見は聞いてない。真鍋さんが困ってるって言ってんだろ。お前の行動に困ってんの。人に迷惑かけるなっつってんだよ」
「だからさぁ、全然関係ないのにどんだけ口を突っ込みたいんだよ」
「お前も真鍋さんとは関係ないだろ。仲良くもない、友達でもない、血縁関係もない、なのに真鍋さんに関わって来るんじゃねぇよ。他人のくせに真鍋さんの人間関係に割り込んで来やがって、ふざけんなよ」
「っ……!」
一瞬息が詰まった。真鍋なゆと自分は確かに関係ない。ちょっかいをかけているのは自分だけ。
「うるせえ! 元はと言えば、2年前にお前が割り込んで来たのが悪いんじゃん。あの化け物女も卑怯くせぇし」
「酷い火傷した女の子を笑いものにしてる奴を叱るために首突っ込んで何が悪いんだよ。いじめで自殺した生徒の通ってた学校の校長やら教頭がテレビの前で頭下げてんだろ? あれが首を突っ込まなかった結果だよ。本人達の問題だから……じゃねぇんだよ。俺はいじめっ子の方をボコりに行くっつーの。調子に乗るなよ、クソガキ」
「はぁ? 調子に乗ってんのはクソ陰キャオタクのお前だろ!」
と、その時。何故か宮城家の玄関から件の真鍋なゆと晴丘ウタが出てきた。
「はぁ。最低最悪〜」
「は、晴丘? なんで」
そこで気づく。母親からの電話はなゆやウタの来訪を知らせるものだったのだ。
「さてなんででしょう? てかさ、あたしあんたのことマジで嫌いだわ」
「え……」
「なゆの悪い噂、結構広がってんのよ。ふつーに名誉毀損だから。でしょ、菅谷先輩」
「ああ、訴えたらいけるかもしれない。証拠は集めてあるし」
と、なゆが宮城を真っ直ぐに見つめた。
「もう関わって来ないで。この変態」
蔑むような目にびくっとなる。心のどこかで、真鍋なゆはどんなことがあっても反抗しないと思い込んでいたが。
「わたしの顔の火傷より、あなたの方が百倍不細工だから。キモイ、近づかないで」
なゆはそう吐き捨て、歩き出す。
「かーえろっと。じゃあね〜」
呆然とする宮城。奏介も2人について歩き出す。彼の横を通り過ぎる。
「真鍋さん、ガチギレしてるからさ、何するか分からないぞ。彼女に頼まれたら、俺も本気で潰しに行くからさ。覚えておけよ」
そして、路地に一人。宮城は座り込んだ。
なゆの顔を思い出し、恐怖が湧き上がってきた。
(……っ)
体が震えた。妙に怖かったのだ。




