『第139部』女の子の顔の火傷をからかっていた男子達after1
とある日曜日。道路を挟んだ向かい側のバス停に、見知った顔を見つけ、現在中学1年生の宮城嗣也はふんと鼻を鳴らした。
(化け物女じゃん)
2年ほど前、初めて会った時の真鍋なゆは顔に火傷を負っていて、同級生数人とその傷をからかっていた。軽い気持ちだったのに、ある時現れた高校生にわりと本気でボロクソに怒られ、それからは距離を取っている。
年上を連れてきて文句を言わせるなど、卑怯者のすることだ。小学生の中へ入って来る大人げない奴も気に食わないが。
(一人じゃ勝てねぇからってオトナ呼ぶ奴とかマジで萎えたんだよな)
澄ました顔でスマホを見ている彼女を見ていると腹が立ってくる。皮膚の移植手術を受け、今では目立たなくなっているが、肌のボコボコ感はあるのだ。
(昔の写真ネットに上げて化け物だって広めてやろうかなー。うぜぇし)
と、なゆに歩み寄った女子が見えた。
(お、晴丘)
同じクラスの晴丘ウタ。最近気になっているクラスメートだ。他の女子と違ってサバサバしていて、冗談を言い合える仲である。
小学生の頃など女子を好きになるという感覚はなかったが、中学に上がってからは急に気持ちが変わったような気がする。周りの男子達も女子とバチバチにいがみ合うことはなくなってきている。
(てか、なんであいつと仲がいいんだよ)
ウタの親友は他ならぬ真鍋なゆなのだ。
「あれ」
楽しそうに話し始めた二人に近づいたのは、宮城の友人、小羽田凌だった。
(はぁ? なんだあれ)
小羽田は一緒になゆをからかっていた男子であり、高校生に返り討ちにされてからは一緒に恨みつらみを言い合っていた。なのに。
彼はなゆ達と談笑を始めたのだ。思わず足を止める。それと同時に停留所へバスが停車し、どうやら女子二人は乗って行ってしまったらしい。
一人残った小羽田とばっちり目が合う。
そして、数分後。
不機嫌な宮城は小羽田と並んで歩いていた。
「いやぁ、偶然だなぁ。お前帰宅部だろ? この辺で何してんの?」
小羽田が朗らかに問いかけて来る。 彼はサッカー部部員であり、今日は部活の朝練だったらしい。なゆやウタ達も制服を着ていたので部活だったのだろう。
「ちょっと買い物。てか、小羽田って晴丘はともかく、いつの間に化け物女と仲良くなったんだよ」
「化け物おん……あ、真鍋のこと? まだそんなこと言ってんの? 相手女子だぞ。可哀想だろ」
「はぁぁぁ〜? なんじゃそりゃ。一緒に言いまくってたじゃん」
「う……そう言われるとなんも言えねぇけどさ。女子と仲良くすんのも楽しくね? お前だって晴丘と楽しそうにしてんじゃん」
「晴丘はあいつと違って顔変じゃねぇし」
「あー……」
もはや小羽田は、女子との交流に夢中のようだ。
(自分の代わりに高校生に文句言わせた卑怯者と晴丘を比べられるわけねぇじゃん)
「まぁ、真鍋ってさ、中身めっちゃ大人だから謝ればきちんと和解出来るんだぜ? 完全に許してはもらえなさそうだけど」
「しねぇよ」
本当に腹立たしい。
ウタと仲良くしていた小羽田に対しても、イライラしてしまっているのだろうか。
数日後。
学校帰りに公園近くの駅でなゆとウタを見かけたのだが。
(は!?)
彼女達と会話をしているのはいつかの高校生だった。桃華の制服姿、2年前とあまり変わっていない。見間違えようがない。
(あの化け物女ぁ〜)
ウタを洗脳しているとしか思えない光景だ。
(よし……)
○
とある放課後。
ウタを見つけ、昇降口で声をかけた。他の生徒はまばらで、今日は一人のようだ。
「どしたの、宮城」
「い、一緒に帰らねぇ?」
「あー、良いよ。今日一人だし」
にこっと笑うウタ。
宮城は決めていた。今日、忠告する。なゆやあの高校生から引き離さなければと。
一緒に正門を抜け駅の方へ歩き始める。
「晴丘ってさ、真鍋と仲良いよな」
「ん? まぁ。そだね。友達」
「あいつと関わるの止めたほうが良いぜ?」
ウタは、目を瞬かせる。
「え、いや、なんで? 突然何」
眉を寄せるウタ。
「あいつさ、整形してんだよ」
「……」
少し大袈裟言ったほうが良いだろう。
「小学校の頃、顔に火傷のあとがあってさ、マジで化け物みたいで。キモくてさ。だから、ほんと付き合うのやめた方が良いって」
ウタは冷たい目でこちらを見ていた。
「前から思ってたけど、あたしの1番の親友をめっちゃ下げてくるよね。そーやって陰で人の評判下げに来てんの、マジ無理なんだけど〜」
「え、いや、オレはただ」
「テンション下がっちゃった〜。んじゃ、一人で帰るわ」
ひらひらと手を振って、走って行ってしまった。
「っ! あの卑怯者女ぁ」
かなり深く洗脳されているらしい。怒りのあまり、ふと思いついたことがあった。
「ネットで昔の顔写真ばらまいてやる」
「!」
宮城は、頭の中で考えていたことを誰かに声に出され、慌てて振り返る。
「ああ、やっぱり。そう考えてそうな顔してるな」
例の高校生、もとい奏介だった。対峙するのは2年ぶり、そして先日見かけたばかりである。これでもかというほど、呆れ顔だった。
「っ! お前! なんでここにいんだよ!」
「まぁ、偶然じゃないよ。タイミング良すぎるしな」
奏介は肩をすくめる。
宮城は身構えた。先日奏介と女子二人が話していたので何か関係があるのだろう。
奏介は目を細める。
「お前さ、誰かの悪口言わなきゃ女子と話も出来ないのか? 晴丘さんが真鍋さんと仲良いのを知っててなんでそういう頭の悪いことするんだよ。晴丘さんはな、真鍋さんが火傷を負って落ち込んでたとき、ほぼ毎日お見舞いに来てくれてたんだってさ。真鍋さんの辛い気持ちに寄り添ってた晴丘さんにさっきみたいなこと言ってみろ。内心キレてるぞ」
宮城は固まる。
「そ……そんなの知るわけないだろ!! 聞いてねえし!」
少し焦る。ウタが例の火傷のことを知っているとなると、宮城達がなゆに対して行ったこともバレているのではないか、と。
「嫌がらせするくらい真鍋さんが嫌いなのに、なんで知らないんだよ。楽しそうに悪口聞かせる前に、晴丘さんに確認すれば良かっただろ。真鍋さんとなんで仲が良いの? ってさ」
「ぐっ……」
仲が良い理由など考えたことがなかった。ただのクラスメートでただの友達関係だと勝手に思い込んでいた。
「ふ、普通聞かねえんだよ、そんなこと!」
「普通なら聞かないけど、友達関係の片方に、もう一方の悪口吹き込もうとしてるんだから確認くらいするだろ。小学校卒業したのに、それをやったら後でどうなるか、予測出来ないのか?」
説教が始まった。2年前と同じだ。
宮城は拳を握りしめる。
「うるっせぇ!! 高校生が小学生のゴタゴタに首突っ込んで来るんじゃねぇよ。大人げなさすぎるだろ。てか、小学生相手にドヤ顔説教してる時点でマジ空気読めねぇ奴じゃん!」
奏介は宮城に冷たい視線を向けた。
「お前、何言ってんの? 小学生がやってることだからって放置した結果、自殺してる子が何人もいるんだよ。俺はいじめやってる小学生のガキを見つけたら、そいつらの未来潰す気で行くぞ。大人げない? 言ってろよ。お前らより大人な分、どんな手段使っても苦しんでる子を助けるからな」
「……!」
本気の目だった。湧き上がったのは恐怖。
「ツラかせよ。2回目は見逃さないぞ」
奏介はそう言って背を向けた。
続きます。




