責任のない立場からきつい文句を言うパートに反抗してみた1
199部に出てきた東坂委員長のバイト先が今回の舞台です。
風紀委員会議の後、奏介は東坂委員長に呼ばれていた。
いつものように、わかばと二人で委員長用の机の端前へ。
「すみません、時間取らせてしまって」
「いえ、相談ですか?」
東坂委員長は困ったように笑う。
「ええ、今回はわたし個人の相談なのですが」
奏介とわかばは顔を見合わせる。
「珍しいですね、委員長が相談とか……もしかしてバイト絡みとか?」
わかばが首を傾げる。
東坂委員長のバイト先と言えば、ステーキハウス、少しお高めのファミレスだ。とあるバイト店員に店の評判を落とすような動画をアップされたにも関わらず、反社会的な人間の息子のため注意が出来ないという状況に陥っていた。
「鋭いですね、橋間さん。バイト先の店長さんが長い入院をすることになりまして、助っ人で来ている店長代理さんが大変そうなのです。……癖の強いパートさんに責められてるところも何度も見ました。なんとか、してあげたいんですよね」
東坂委員長も経験があるので、感情移入しているのかもしれない。
「分かりました。俺になんとか出来そうなら」
「今度、人が少ない日があるので助っ人で話を通しておきます。よろしくお願いします」
東坂委員長は頭を下げた。
○○
後日、放課後。
前回の相談は反社会的勢力が関わっていたので真崎にも頼んだが、今回は一般人同士の揉め事らしいので風紀委員であるわかばと二人で行くことになった。東坂委員長はすでに出勤している。
「あそこの店長って堀さんて人よね?」
「あぁ、優しい感じの」
頼りなさそうとも言える。
「大丈夫なのかしら。入院で大きい病気?」
「委員長に聞いたら骨折って言ってた。階段から落ちたんだってさ」
「あー。そういうことなのね。てかあんた、なんか余裕そうね。この前は針ヶ谷も連れて結構臨戦態勢じゃなかった?」
「それは反社の人が関わってるかも知れないって言われたら気合入れるだろ。今回は一般人だし」
「普通は厄介な一般人をどうにかするのでも手こずるでしょ……」
事前に聞いていた厨房の裏口から中へ。
「お疲れ様です」
声をかけると、東坂委員長と共に少し緊張した面持ちの青年が出てきた。
二十代半ばといったところだろうか。
「お疲れ様、です。あー、えーと、助っ人で来てくれた」
奏介とわかばが自己紹介をする。
それから東坂委員長が口を開く。
「二人共、わたしの高校の後輩です。少し前にも来てもらったことがあるんですよ」
「そ、そうか。助かります。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼は代理店長の波葉樹生。堀店長の入院期間中に助っ人で入ってくれているらしい。
「代理って大変ですね」
奏介が声をかけると、力なく笑う。
「あ、ああ。慣れないからね」
と、その時。
「ちょっと、波葉さん。ステーキソースの在庫がないんだけどー?」
歩み寄ってきたのは年配の女性である。不満げに眉を寄せていた。
「え?」
波葉がサッと青ざめる。
「す、すみません、発注してませんでした。後どのくらい持ちますかね?」
発注、つまり食品を取り扱う業者に、店で使う食材の注文をするということだ。
「持たないわよ。もうないの。すっからかん」
「ないって……最後の一本を開けたら報告をして頂かないと」
「はぁ? あたしのせいってこと? 最後の一本とかなんとか言ってるけど、自分で毎日確認しないのが悪いんでしょ。いい加減、自分で気づきなさいよ」
「そ、そんな……。困るのはこの職場で働いている全員ですし、皆で管理をしていかないと」
「そうですよ、鮎知さん。波葉さんは代理で来て下さっていますし、サポートしてあげないと」
東坂委員長もそう声をかける。
「パートに何を求めてんの? 給料多くもらってるんだから、やりなさいよ。後、発注ミス多すぎ。昨日なんて間違ってステーキ用の豚肉が届いてたでしょ。なってないんじゃない?」
「す、すみません」
鮎地と呼ばれたパート女性は不満気に去って行った。
「……はぁ」
「大丈夫ですか?」
わかばが声をかけると、
「ああ、うん。いつものことなんだ。給料多くもらってるのも本当だし、発注ミスが多いのも僕の責任だからね」
「そうだとしても、あの言い方はないですね。上の人に相談してみては」
奏介の提案に、波葉は首を横に振った。
「本社の上司に、食材の在庫が少なくなってきた時に、報告してくれないと相談したら、自分で気づけない僕が悪いって言われちゃってね。なんていうか、助けてもらえないから辛いよね。だから東坂さんがいると助かるんだ」
東坂委員長の性格的に協力的ではあるだろうが、高校生のバイトだ。シフトの時間も少ないのですべてのサポートは無理だろう。
この時点で状況は理解できてしまった。
厨房の調理補助に入った奏介は波葉の様子を窺っていた。
「ちょっと波葉さん、そのメニューの作り方間違ってる。牛ヒレ肉をごま油で焼かないと」
「あ、あっ、すみません、樺島さん」
「代理さん、さっき使った包丁とまな板ちゃんと洗って」
「え……でも洗浄は吉野さんの仕事」
「何甘えてるの? 使ったものは自分で洗ってよ」
鮎地以外のパートからの対応も中々キツイ。鮎地の影響でいじめが始まっているようだ。
奏介はサラダの盛り付けを終えて、カウンターへ皿を置いた。
「サラダ2、出ます」
フロアに出ているわかばが戻ってきた。
「3番テーブルの?」
「あぁ。6番の方はこれから作るから」
「分かったわ。それで波葉さんの様子は?」
「思ったよりきつそうだ。もう少し様子を見て」
と、その時。
「そこのバイト君」
語気が強い。奏介はわかばに目配せして、フロアへ戻らせた。
「はい」
振り返ると、先程のパート、樺島と吉野が眉を寄せて立っていた。
「何女の子とお喋りしてるの? 彼女連れて助っ人って随分良いご身分ね」
「ああ、すみません。不慣れなので、フロアの人と料理の確認をしてました。後、あの子は彼女じゃないので」
そんな会話をしていると、鮎地が厨房に入ってきた。
「波葉さん、サラダ用のキャベツが生で届いたわよ? 袋詰の千切りキャベツじゃなきゃ手間が増えるでしょ」
「! す、すみません。野菜だったので農家さんに頼んでしまって。冷蔵食品の業者さんだったんですかね?」
「なんでこういう下らないミスするのよ。こんなことも出来ないなんて、もう少し自覚を持ったら?」
「あの……本当に申し訳ありません。僕、本当にミスが多くて。良ければ、何か気づいた時に助言もらえませんか?」
鮎地は、ふんと鼻を鳴らした。
「もうこの場で辞めたら?」
絶望に染まった波葉の顔を見て、奏介は彼らに歩み寄った。
「鮎地さん、でしたっけ? あの、波葉さん慣れてないみたいですし、声をかけて、助けて上げるくらいしてあげても良いんじゃないでしょうか。高校生の俺が言うのもなんですが、鮎地さんはベテランさんみたいですし」
「いきなりなんなの? 仕事出来ない奴をなんで助けなきゃならないのよ。ていうか、あんたみたいなのがバイトに入るの不愉快なんだけど」
奏介はすっと細めた。
「仕事出来ないのはあなたなのでは?」
「はぁ? 何言ってんの? 仕事が出来ないのはそこの」
「じゃあ、波葉さんがやってる店長の仕事を完璧にこなして見て下さいよ。そこまで言うんだから、やれるんですよね? 全部一人で」
199部に出てきた東坂委員長のバイト先が今回の舞台です。




