更生した元いじめっ子の思い出話に突っ込んでみた
日尾野ルオは尻もちをついたクラスメートの神奈のりかの顔にトイレの床を掃除したモップを擦りつけた。
「や、やめっ! 汚い」
「お前の顔が1番汚いんだよ!」
グリグリと押し付けると、のりかは泣き出してしまう。
「や、止めてぇ。痛い」
ルオは馬鹿にしたように笑う。
「ねぇ、口開けさせて」
ルオの指示で取り巻き達がのりかを羽交い締めにして口を開けさせる。
「えー? ルオちゃん何する気ー?」
「うっそ、やばー」
3人で笑い合う。のりかの口の中にモップから滴る水を落としてやったのだ。
「モップと仲良くなりなねー?」
「あぶぶっ、ぶはっ、おえっ」
苦しむ姿が最高に面白い。
「髪濡れちゃったねぇ〜。すぐ乾くように、短くしてあげる」
ポケットからハサミを取り出すルオ。
「や……やだぁっ、いやぁ! 助けてっ」
バタバタと暴れるのりかの滑稽さは笑えて仕方なかった。
その数日後、自殺未遂をした神奈のりかの遺書のせいで、ルオ達3人はいじめの実態を暴かれ、周囲やネットに叩かれ、高校を退学になり、警察に事情を聞かれ、のりかの両親に裁判を起こされ、最悪の7年間だった。
○
思い出しながら語り終わり、ルオは隣に座る菅谷奏介へ困ったように笑顔を向けた。
「まぁ、今は良い思い出だけどね。大検頑張って大学行って、就活頑張って、やっとあの頃の馬鹿な自分と決別出来た気がすんの。なんであんな下らないことしてたんだろうって今でも思うもん」
「……日尾野さん、凄く真面目ですもんね。仕事も一生懸命で」
「うん。自分でもよく改心したなって思う。親とか弁護士さんとか色んな人にたくさん励ましてもらってさ」
食品スーパーの2号店に勤務する社員の日尾野ルオは、本店のスーパーに応援に来ていた。人が足りないと応援の要請があったのだ。そこのバイトの高校生、奏介と上がる時間が被ったので駅までの道を連れ添っている。
「……まぁ、それはそれとしていじめやって相手を自殺未遂にまで追い込んだことはクズだと思います」
ルオは笑顔で固まる。
「……え?」
「日尾野さん、お仕事出来て気遣いも出来て、優しくて、ついでに美人ですけど、総合的に見てドクズですね」
空気が固まった。
口をパクパクとさせる。
「もしかして、あたし、罵られてる?」
「はい」
ルオは動揺して、ごくりと息を飲んだ。
「いや、その……これでも反省してまして」
「でも、いじめを良い思い出にするのはだめですよ。多分、相手は良い思い出になってないし、なんならモップ見ただけで思い出して泣いてるかも知れませんし」
「お、仰るとおりで」
「ちなみに俺も、自殺を考えるくらいいじめやられてますけど、何があろうと絶対に許すことはないです。なんなら今でもあのクソ野郎、苦しんでシねって思ってます」
ルオ、冷や汗だらだら。
「でもまぁ、イジメするようなドクズ人間だったとしても、日尾野さんみたいにしっかりと更生出来るんですね」
奏介の笑顔にルオは顔を引きつらせる。
「な、なんかすみません」
「大丈夫です。日尾野さんは元クズには見えないくらいしっかりしてますよ。実際元クズですけどね」
「クズ、クズ言い過ぎじゃないかな!?」
「トイレの床を拭いたモップの水飲ませて無理矢理髪を切る人を聖人と呼ぶのはちょっと」
「……尤もです……」
「というか、その人にちゃんと謝ったんですか?」
「そ、それはもちろん! 何回も頭を下げに行ったし、謝罪の手紙も何回も書いたし」
奏介は少し考えて、
「ぶっちゃけ土下座してその人の靴舐めるくらいしないと、割に合わないですよね」
「と、とんでもない事言うね」
「まぁ、とにかく、笑顔でいじめっ子体験談を語るのは良くないですよ? 自分をクズだったと認識して、慎ましく生きましょう。ちなみに、その体験談を語らなければ、いきなり俺に罵られることもなかったので、学習しましょう」
「は、はい。反省してます……」
しゅんとした。言い返して来ない辺り、本当に反省しているのだろう。しかし、いじめっ子側の認識はこんなものなのだ。
『学生時代の良い思い出』
(それで済まされてると思うと、ね)
すでに制裁済みの人でもこんな認識、片や一生ものの心の傷……残念ながら多いようです。




