前の職場と今の職場を比べたがる保育士に反抗してみた2
「は……はぁ? ちょっと何なんですか、この子はっ」
野並先生と渦目先生は限りなく呆れ顔だ。
「言って良いことと悪いことがあるって話ですよ。俺の下の名前すら知らないくせに、犯罪者呼ばわりっておかしいんじゃないですか? しかも子供の前で、堂々と」
小声なのは他の園児や他の保護者に迷惑をかけないため、である。
「あいみちゃん、奏ちゃんをいじめるようなこんな先生の話聞いちゃだめだよ」
「う、うん。今、そうすけ君の悪口言った……」
詩音が気をきかせて、あいみを連れて離れて行った。
「あなたこそ、子供の前で汚い言葉を使って」
動揺したのもつかの間、平静を取り戻した石取は見下したような目線を向けてきた。
「人殺しに言われたくないですね」
「なっ!? なんてことを言うの!?」
奏介は石取の顔に人さし指を突きつけた。
「ほら、自分がやってもないのに犯罪者呼ばわりされるのは滅茶滅茶腹が立つでしょ? 人殺しなんて、今日が初対面の人に向かって言う言葉じゃないって分かりますよね? 性犯罪も同じですよ」
「っ!」
悔しそうにするも、
「……はぁ。嫌だ嫌だ。目上の人間に失礼なことを言って。この保育園のレベルがしれますね? 先生方?」
野並先生と渦目先生を睨む。二人もさすがにむっとした。
「目下の人間を犯罪者呼ばわりしても許されると思ってる人は教養が知れると思います。初対面の俺にもこんな対応だし、気に入らない園児には暴言吐いてそうですよね」
「はあ? 子供達に暴言を吐くわけないでしょ?」
「誰に対しても吐かないで下さい。常識でしょ。あなたは子供じゃないんだから、他人に言って良いことと悪いこと分かりません? ていうか、前の保育園では同居家族以外がお迎えにきたら性犯罪者呼ばわりしてたんですか? とんでもないクソ保育園ですね。頭おかしいんじゃないですか?」
「ちょっと! 前の保育園は園児、保護者との関係はしっかり管理されて完璧だったわ。こんなずさんな管理をしている保育園と一緒にしないで頂ける?」
「ああ、お迎えに来られないなら退園勧告でしたっけ? まあ、確かに延長保育以上にいられたら困るし、それが何度も続いたら退園勧告する園もあるでしょうね。だからこそ、代わりにお迎えに来てるんですよ。退園して下さいなんて言われたら困るから」
「それは甘えよ。親なら、保護者ならなんとか時間を調整するでしょう」
「園に迷惑がかからないように、代わりにお迎えを寄こしていることの何が甘えだと? この保育園では迎えに来る可能性がある祖父母や兄、姉、親戚の名前を登録し、当日に電話をすることになってます。お迎えでの連れ去りを防止するための制度は確立してます。前の保育園のルールなんて知りませんよ。そもそもクソ保育園のやり方なんて真似してたらこの保育園がダメになるでしょ?」
「はあ? こんな保育園より前の」
「子供を持つ働く女性をバカにしまくってる保育園なんてろくなところじゃないですね。ていうか前の保育園へお帰り下さい。そんなに前のところが良いなら一生そこで働いてて下さいよ。ここの園長先生のやり方を批判して何がしたいんですか?」
「ぐっ」
「ていうか、なんでここに来たんですか? 大好きな前の保育園にいればよかったのに」
「!」
と、黙っていた野並先生が困ったように笑う。
「石取先生がいた保育園は閉鎖になったそうなの。それでここへ」
拳を握り締める石取。
「まあ、評判最悪だったみたいだから仕方ないけど」
渦目先生も言う。
二人でトドメを刺しに来ていた。
「へえ、待機児童とかよく聞くのに、閉鎖ですか?」
「名誉棄損よ! 園長先生にお話しさせてもらいます」
石取はそう叫んで去って行った。
「ヤバくないですか、あの人」
奏介、呆れ顔。
「ああ、うん。合わせるの苦手みたいで、ずっとこの保育園の悪口言ってるの」
「頑固過ぎて園長先生も困ってたから」
苦笑気味である。後一か月も持たない気がする。
「そうすけ君!」
戻ってきたあいみが抱きついてきた。
「大丈夫だった?」
心配そうに見上げてくる。
「平気だよ。帰ろっか?」
「うん!」
「あいちゃん、バイバイ」
「先生ばいばーい」
二人の笑顔に見送られ、正門へ向かう。詩音が待っていた。
「しおんちゃん、連れて来たよ!」
「ありがとね。奏ちゃんお疲れ。いやあ、白熱してたね」
「ああ、頭のネジ飛んでる人だった」
「何をと言わないけど引き寄せ体質だよね!」
「霊を引き寄せるみたいなノリで言うな」
その後、三人で手を繋いで帰った。夕焼けが綺麗だった。明るいうちのお迎えは久しぶりだったらしくあいみははしゃいでいた。
(お疲れ様です、いつみさん)
子供を持つ働く女性は大変だ。




