前の職場と今の職場を比べたがる保育士に反抗してみた1
とある日の放課後。
奏介は詩音と共に自宅の最寄り駅より二駅先にある大桃駅のホームにいた。
「いつみさん忙しいんだね」
「今日はトラブルがあって残業確定らしい。かなり焦ってたから」
「あのいつみさんが?」
「うーん、後輩? がヤバイミスをしてフォローしないといけないって」
つまり、保育園へあいみを迎えに行ってほしい、と。
「取り乱して何度も謝ってたから、余裕ないんだと思う」
詩音は少し考えて、
「いつみさん、突然ワンオペ育児ってやつをやってるんだもんね」
最近よく聞く言葉だ。いつみ達の両親、つまりあいみの祖父母は遠方に住んでいるそうなので頼れないらしい。もし、頼れる人がいなかったら、そう考えると本当に大変だ。
雑談をしつつ、以前訪れた保育園に到着。
門をくぐって、5歳児クラスの玄関へ。
「あ、こんにちは〜。おかえりなさい〜」
顔知りの保育士さん……野並先生が笑顔でテラスへ出てきた。
「菅谷です。高坂さんに」
「聞いてますよ。あいちゃんのお迎えですね」
切羽詰まりながらも保育園へ連絡済み。さすがいつみだった。
「あいちゃん、お兄ちゃん達来たよ」
すると、5歳クラス担任の渦目先生があいみと一緒にテラスへ出てきた。
「あ、そうすけ君、しおんちゃん」
何も聞かされてないのか、ぱっと表情を輝かせる。
「どうしたの? 叔母さんは?」
「いきなり仕事が忙しくなっちゃったんだって。今日は奏ちゃんちで晩ご飯だよ」
詩音が言うとあいみは嬉しそうに笑った。
「そうなんだ、そうすけ君ち久しぶり」
すると先生が、あいみの頭を撫でる。
「それじゃ、お帽子とカバン持ってこようね」
「はーい」
「菅谷君、これ連絡帳なんだけど高坂さんに渡してもらえる?」
クリアファイルにノートと何枚かプリントが挟まっているようだ。
「わかりました」
そんなやり取りをしていると、園庭にいたとある保育士が何やらむっとした表情でこちらへ歩み寄ってきた。
「ちょっと野並先生、誰です? この子達は」
別のクラスの保育士だろうか。何度かお迎えに来ているが、見たことのない顔だ。
20代半ばといったところだろうか。
「ああ、5歳クラスの高坂あいみちゃんのご親戚の菅谷君と伊崎さんです。高坂さんの代わりにお迎えを」
「何を言ってるんですか!」
野並先生は少し呆れたように黙る。親戚ということにしてもらっているので、何も問題ないはずだが。
「この子達は高校生というか未成年じゃないですか。子供が子供をお迎えに? 冗談じゃありませんよ。私がいた保育園では同居している保護者以外に園児を引き渡したりはしていませんでした」
あいみと一緒に戻ってきた渦目先生が目を瞬かせる。
「石取先生、どうかされました?」
「野並先生がこの高校生達に高坂あいみさんを引き渡さそうとしていたんです。前の保育園は徹底していましたよ? 例え祖父母だとしても同居していなければ他人ですからね!」
極論過ぎる。
「あのですね、高坂さんがどうしても仕事を抜けられなくなったので代わりにお迎えに来てもらったんですよ。7時半を過ぎてしまうから、と。それに、高校生は義務教育を終えてますし、問題ないと思いますよ。」
「そんなの、なんとしても保護者に7時に来るように念を押せば良いでしょう。時間を守らせる。そうしないと保護者は甘えて来ますからね! 前の保育園はきっちり管理していました。出来ないなら退園勧告でしょう」
野並先生と渦目先生は困ったように顔を見合わせる。
新しく入った保育園なのだろう。どうしても前の保育園と比べたいようだ。
「もちろん、そういった園もありますけどこちらの菅谷君はお迎えに来る可能性があると高坂さんからお話を頂いていますし、名前も園の方に登録済みですよ」
「そんなことをしてるから、誘拐やらなんやらで子供達が危険に晒されるんですよ。保護者も保護者です。自分で来られないなら子供なんて預けなきゃ良い」
「なっ、保育園は働く親御さんのためにあるんですよ?」
「何言ってるんですか。ここは子供が社会性を学ぶための場です」
「そんな考え方」
「前の園はそういうスタンスでした。ここの保育園は何から何まで成っていませんよ、まったく」
石取は奏介達をじろじろと観察し、
「こんな子供に、しかも性犯罪を犯しそうな輩に引き渡すなんて」
と、奏介が自分のカバンを思いっきり地面に叩き落した。
「!」
びくりと肩を揺らす石取。
「もう一回言ってみろよ」
「は?」
「今の言葉、もう一回言ってみろって言ってんだよ」
奏介は射抜くような視線で、石取を貫いた。
保育園や保育士がテーマというより、異動してきて、前の職場と比べる人の話ですね。




