約束をしたのに後から結婚したくないと言い出した男に反抗してみた1
陣崎はるひは意を決して彼氏と同棲中のアパートのドアを開いた。
「……ただいま」
「おー、おかえりー」
寝転がってスマホをいじっているのは鍋嶋豪気、今年38歳になる同い年のサラリーマンだ。
「あのさ、豪気」
「んー? てか、早く夕飯頼むわー」
「その前に……そろそろ、あたし達結婚を、考えない?」
内心ドキドキで切り出す。
「んあ? ……うーん。今年はなぁ。とりあえず、来年予定ってことでどう?」
「それ、去年も言ってたし、あたし、もう来月で38よ? 子供とか、もうギリギリで」
「またその話かよ。いいじゃん、今のままで楽しいし」
「だって! 結婚してくれるって約束したのに」
豪気は深い溜め息。
「いや、そんなに結婚したいなら他に探せば?」
「……へ?」
「俺、まだ結婚したくねぇし」
はるひは固まるしかなかった。
「あぁそうだ。金も貯めなきゃじゃん?」
彼の声が遠のいて行った。付き合って5年経つ。そもそも最初から結婚前提のお付き合いだったはず。
(何それ)
体が、震えた。そして、どうしようもなく悲しくなった。
○
とある日の放課後。
奏介は真崎と共に連火の家へ向かっていた。
「連火さんの知り合いの相談か……。もしかして、不良仲間?」
「どうだろうな。仲が良かったやつらとは連絡取り合ってるみたいだし、そうかもしれないが」
どうやら真崎も心当たりがないらしい。
連火の家に到着するといつも通り彼の部屋へ。
「すんません、コーヒーとか紅茶とか洒落たもんないんで」
出してもらった緑茶をすすりつつ、本題へ入る。
「それで連火さんのお知り合いの方っていうのは」
「俺も知ってるやつか?」
奏介と真崎が問うと。
「いやその、よく漫画のネタ出しに行くファミレスの店員で顔見知りなんス。3日くらい前に一人でいるのを見かけて声かけたら泣いてて」
連火は頭をかいて、
「彼氏さんと5年くらい同棲してるらしいんスけど、結婚出来ないって言われたらしくて」
「相手の人に結婚願望がない……ってことですね」
「うーん。まぁ、そういう男もいるよな。結婚て聞くと責任重そうだし」
奏介も頷く。
「奥さんと、もしかしたら子供も養うって考えると重いよね」
「式とかめちゃくちゃ金かかるって聞くし」
「そうっスよね」
連火も苦笑い。
「正直、結婚出来ないって言われたくらいで泣くほどか? と思ったんスけど、なんか結婚前提でのお付き合いだったらしくて」
奏介と真崎は呆れ顔。
「そりゃ男が悪いな」
「うん。長く付き合ってそれはちょっとね」
人間なので途中で心変わりすることはあるだろうが、5年は長すぎるだろう。
「それで、奏介の兄貴に話を聞いてもらおうかと思って」
「いや、女性の結婚問題を10代の男達だけで解決できますかね」
最も遠い存在であり、交わることがなさそうである。
3人は顔を見合わせる。
「……まじで自信ねぇっス」
「おれも」
真崎は苦笑いである。
「でもまぁ、女子が集まって立ち向かうより、俺達みたいな高校生男子に言われる方がダメージあるかも知れないですね。ちょっと姉に助言もらおうと思います」
社会人の姫なら気持ちが分かるかもしれない。
後日会うことになった。
数日後、雨の日曜日。
待ち合わせたのはよく行く駅近くのファミレスだった。
奏介、真崎、連火の3人は奥のソファ席に座る女性に歩み寄った。
「どもっス」
「あ、こんにちは」
彼女は陣崎はるひと名乗った。美人というより可愛らしい人である。メイクの仕方が上手いのだろう。
「えっと……相談に乗ってくれるっていうのは君なの?」
「はい」
不安そうに連火を見る彼女。当然の反応だろう。
「こいつ、トラブル解決のプロなんですよ」
真崎が言うと、
「そう、なんだ」
半信半疑だが、納得したようだ。素直な人である。
4人で座ってとりあえず事情を聞くことにした。
「そう。あたしは結婚を考えていて、最終的に『あなたとしたい』ってことを伝えたら了解してくれたの」
やはり結婚前提の付き合いということらしい。
「でも最近になって確認したら、する気はないって言われちゃって。私、37歳のおばさんだから、もうお見合いしてくれる人もいないと思うのよね。5年前に言ってくれれば諦めがついたと思うんだけど」
5年間お付き合いをした末にする気はないと言われたら確かに泣くかもしれない。
「若いうちにあの人と付き合ったばっかりに時間を無駄にされちゃった。子供ももしかしたらもてないかもしれないし」
「あ、いや。それくらいで出産されてる人もいると思いますよ」
「だな。芸能人でも聞くし」
奏介と真崎が頷き合う。
「あのね、君達は知らないとは思うけど」
その先の話。彼女の言い分にとても納得した。
「……なるほど。それで、陣崎さんはどうしたいんですか?」
「え?」
「彼氏さんと最終的に結婚したいのか、それとも別れる方向で文句を言いたいのか」
少し考えて、
「そう、ね。もし出来たとしてもきっとうまく行かないし、ちょっと文句を言いたいかも。……時間を無駄にされて凄く悔しいから。結婚は、諦めるしかないかな。もう、ね」
悲しげに笑ったここまで追い詰めた彼氏はあまり深く考えていないのだろう。
「決まりだな」
真崎が言う。
「女性って色んなこと考えてるんスね。すんません、陣崎さん。実は彼氏さんの方に肩入れしてたっス」
「良いのよ、連火君はまだ若いんだから。でも、将来、彼女が出来たら大事にしてね」
「うっス!」
仕事が休みだという今日に、会いに行くことにした。
はるひについてアパートのドアを開けると、短い廊下の先のワンルームに問題の彼氏がいた。テレビを見ていたようだ。
「おかえりー。ん? なんだそいつら」
眉を寄せる彼氏、もとい鍋嶋。付き合ってる彼女が男を連れてきたらその反応も納得だ。
「バイト先に来てくれる子達なんだけど、雨が降ってたから寄ってもらったの」
「はぁ? なんだそりゃ。男なんて連れてくんなよ」
あからさまに不機嫌になった。
「……あのね、男の人の気持ちとか分からなかったから、色々と相談に乗ってもらったのよ。ほら、結婚のことで」
「またそれかよ」
舌打ち。
「だから、する気ねえって言ってんだろ。いい加減しつこいっつってんの! そんな頭の悪そうなガキどもに分かるわけないだろ」
「確かに分からないですね」
ふんと鼻を鳴らす鍋嶋。
「特にお前みたいなやつには分からねぇだろ」
奏介は肩を落とす。
「はぁ。陣崎さんがなんでしつこいか分かります? あなたがなんで結婚する気がないのかちゃんと説明しないからですよ」
「はぁ? 説明しなきゃ分からないのかよ」
「それは……当たり前なんじゃないっスかね」
「だな」
頷く真崎と連火。
「普通わかりません。約束してないならともかく、結婚前提でのお付き合いなのに、後からしないとか言い出すボケ野郎の気持ちとか」
男性にも色々な事情があるので必ずしも批判は出来ませんが、今回は約束する→5年後にしたくないと言い出したシチュエーションで進行しております。




