土岐ゆうこafter6
駒込は思わず奏介を睨んだ。
「菅谷奏介さん、刑事裁判ではそのような話はなかったようですが、何故今になって証言をしたのでしょうか」
奏介は動揺することなく、頷いて、
「話しながら思い出しました」
「それにしては、文書を読み上げるように冷静でしたよね。しかも、今の発言は被告人に不利な証言です。嘘だと分からないからと言って、事実を捏造したのでは?」
「捏造よっ! 裁判長、今のは作り話です」
裁判長は奏介を見た。
「菅谷奏介さん、土岐さんが見張っていて逃げられなかったとのことですが、たった今思い出した、ということですね?」
「そうです。当時はいきなり刃物を向けられてパニックに」
と、テーブルを叩いて立ち上がる土岐。
「嘘ですっ、彼は同級生を故意に傷つけたのです」
「静粛に」
裁判長が土岐を見る。
「今は菅谷さんの発言中ですよ」
「でも、嘘の証言は見逃せません! 私を陥れようとしているのは明白です!」
「裁判長」
原告弁護士が挙手をした。
「なんでしょうか」
「被告人は刑事裁判でも自由な発言を繰り返し、証人の発言を邪魔していたようです。言い逃れのために証言をさせないというのはいかがなものかと。証人の発言を許可なく遮る行為を禁止にすべきです」
裁判長が頷いた。
「認めます。被告人側は原告側の発言を遮らないで下さい」
土岐は唇を噛み締め、頷いた。
「駒込弁護士、続けて下さい」
駒込は冷や汗をかいていた。あれほど勝手な発言は控えてほしいと言ったのに。
(嘘だろ? 裁判官の心証が悪くなるだけだ。くっ、こうなったら)
この尋問で彼の粗を探してやろう。嘘を重ねていれば、どこかでボロが出るはずだ。
「では、証人。今思い出したとのことですが間違いありませんか? 土岐さんが廊下で見張っていたというのは」
すると奏介は一瞬言葉に詰まった。
「……ま、間違いないです」
攻め込むチャンスだ。
「随分と自信なさげですね? 曖昧な証言は混乱を招きます。もう一度聞きますが、土岐さんは廊下にいたんですね?」
奏介は黙ってしまう。
「証人答えて下さい」
と、原告弁護士が挙手した。
「裁判長、証拠品の提出を求めます」
「証拠品ですか? ……わかりました。認めます」
原告弁護士が皆に見えるように掲げたのは、落書きだらけの上履きや教科書だった。もちろん、奏介が小学生のころに使っていたものである。
「こういった嫌がらせを受け、精神的に追い詰められていた証人に正確な判断ができたとは思えません」
裁判長の表情が険しくなる。そのいじめの証拠品はどこからどう見ても当時の凄惨さを物語っている。
「また、その辛さから記憶が曖昧になってしまい、たった今、記憶が蘇ったとしても不自然ではないと思われます」
見ると、奏介はバカにしたようにこちらを見ていた。
(なっ!? まさか、証拠品を提出するために)
自然な流れで、いじめの証拠品を晒し、裁判官たちの心証を下げようというのだろうか。
(嫌がらせかよっ)
さすが問題児だけある。やり方が卑劣だ。
「酷いですね。菅谷さん、当時を思い出して話すのは辛くないですか? 思い出したくないということなら」
すると奏介は首を横に振った。
「大丈夫です。これだけのことをされても止めてくれなかったのに、さらに僕を晒そうとしている土岐先生を許したくないので、裁判長さん達にきちんと判断してもらいたいです」
立ち上がろうとする土岐をどうにか抑えた駒込は頭を巡らせる。
(流れが悪い。しかも、あの証拠品が厄介だ)
物理的に残っているいじめの証拠、どう頑張ってもなしにはできないだろう。
「わかりました。駒込弁護士、反対尋問を続けますか?」
隣を見ると、ぎりぎりと唇を噛み締めている土岐の姿が。これ以上は危険だろう。
「いえ。こちらの尋問は終了です」
次は被告人、つまり土岐への尋問である。
(大丈夫、なのか?)
まるで隣に大きな爆弾が置かれているかのような感覚だ。




